19) 伯爵の本当の顔 前編
リスタル村の集落中心に、領主であるコニー・オーストレム伯爵の保養所がある。土の土間に剥き出しの梁に石積みの壁と、貴族の保養所にしてはいささか貧相ではあるが、かと言ってこの辺境の地に豪奢な屋敷を建てたとしても、維持管理だけで大変なコストがかかる事から、簡素な作りとしたのである。また、普段は村人たちに解放して集会所に利用するのを認めており、村唯一の公共施設としての側面も有していたのである。
――領主コニー・オーストレム伯爵がリスタル村に入り、保養所で数日を過ごす。その間、国境線と関所の視察を行う――
村人たちにはそう発表され、伯爵が保養所に入ったその晩は村の重鎮たちが呼ばれて夕食が振る舞われた。大量に用意した『お土産』も村の重鎮たちが管理しながら村人たちに振る舞われる予定である。
これだけ聞くと、このリスタル村と村人は破格の扱いを受けているのが伺える。中世初期の荘園制貴族主義の社会において、農奴は全て「生かさず殺さず」が基本で、貴族が農奴と同じ視線で生活する事はまず無い。だがリスタル村だけは別格で、領主は農奴に目線を合わせ、同じテーブルで同じ食事も摂る。つまり辺境伯と歌われた領主コニー・オーストレムは、その温和な性格によるところだけでなく、この村にそれだけの戦略的価値を見出しているのだと判断出来る。そう、リスタル村は特別なのだ。
村の重鎮を呼んでの食事会は賑やかなまま終わった。伯爵側が用意した果実酒やパイ包みの肉料理は大好評で、初めての味や極上の酒に舌鼓を打った村人たちは、口々に伯爵を讃えながら飲めや歌えの大騒ぎ。どちらにとっての歓迎会か分からない宴はやがて終わりを告げ、村には夜の静寂が戻って来た。
……コンコンコンと扉をノックする音。保養所の応接間でくつろぐ伯爵の耳に、警護隊戦士の声が聞こえて来た。どうやら伯爵の指示で村人を連れて来たようだ。
「入りたまえ」
警護隊に誘われて入室して来たのはラルフレイン。そう、宴が終わったら彼を呼んで来てくれと、伯爵が命じていたのである。
伯爵と一対一の会談、警護隊も入室を許されない「人払い」をした上での会談。その異様さに何事かと息を呑むラルフレインだが、応接間に誘われた瞬間、更に違和感を覚える事となる。――何故ならば、伯爵との面談であるはずが、テーブルを挟んだ反対側に謎の商人がいたから。そのドワーフらしき人物は、伯爵とは対等だと言わんばかりにリラックスし、当たり前のように誰はばかる事無く酒を喰らっていたからだ。
「ラルフレイン・ベイル君だね、こんな夜更けにすまないね。ささ、座って楽にしてくれたまえ」
言われるがまま椅子に座る。長テーブルの端に構える形となったが、右側には伯爵、左側には謎の商人と、まるで二人から品定めされているようで、まるで落ち着かない。皿に盛り付けられた果物やパイ、そして酒など好きなのものを食べろと勧められるも、さすがに口内がカラカラに乾きそうなこの状態では、何を食べても喉に通らない。
「ベイル君」
「あ、あの、伯爵様?ラルフレインで良いですよ」
「そうかね、では君も様なんて付けて私を呼ばないでくれ」
「は、はあ」
「それとね、彼は我がオーストレム領のお抱え商人となった、ドワーフのタルボだ。長い付き合いになるだろうから、よろしく頼むよ」
長い付き合いになると言われても、ただの領民である自分に何の関係があるのか、さっぱり話が見えて来ない……。不審な表情で分かりましたと答えるも、表情は呆けたままだ。
「昼間君に会った時、慌てて逃げ出すような態度をとってすまなかったね。先ずは君に謝りたくて」
「いえいえ伯爵、お気にしないでください。俺も調子に乗ってベラベラと」
「君の話の内容、あの場で警護隊の者たちに聞かせたくなかったんだ、秘匿性のある話だと感じたからね。おどけたフリをして、あの場を有耶無耶にしたのさ」
――護衛の者たちに聞かせたくない?秘匿性?――
専門用語的な言葉を口走ってしまったのは反省すべきだが、警護隊の戦士たちが理解出来ないのは当たり前としても、逆に伯爵は理解した上で秘密裏に話を聞きたいと言う事か?つまり伯爵は理解出来るのか……?解せない表情のラルフレインであったが、この後に続く伯爵の言葉に、アゴを外さんばかりの勢いで驚く事となる。
「良くは知らないが、君が言ってた言葉は土建屋さんの用語だろ?どこの時代から来たんだい?昭和、平成かな?」




