18) 運命の出会い
差し入れに貰ったスイカを三人で食べ終わり、そろそろ作業を再開しようかねと腰を上げた頃、村の出入り口方向から複数の蹄の音が聞こえて来る。
「あっ、はくしゃく!」
「はくしゃく、はくしゃく来たよお!」
「こらこら、伯爵さまだろ?」
現れた複数の馬上の集団に、幼いリュックとエダはテンションが上がったのか普段以上にはしゃいでいる。苦笑しながらそれを優しく制したラルフレインは、帽子を取って頭を下げる。、、、まだ暴れん坊と呼ばれた時期。彼は頭を下げる事すら屈辱に感じていたのか、伯爵が村を来訪している間はじっと身を隠して顔を合わせないようにしていた。だが新たなラルフレインとして生活を始めた以上、乱暴な言動や自分勝手な振る舞いで村に迷惑を掛けてはならないと胸に刻んだのである。
――なるほど、道理で警備隊の隊長が慌てて馬を走らせて来た訳だ――
今日から数日、伯爵は村に滞在する予定なんだなと感じながら、何事も無い事を祈りながら、馬上の一行が通り過ぎるのを待つラルフレイン。一方、伯爵の集団は全員が馬に乗っており、伯爵も白馬にまたがっている。白馬に乗る人物を取り囲むように、ブロードソードを腰に括った戦士たちが前後左右に展開しているのだが、その後方からついて来る一台の荷馬車がラルフレインの目に留まる。
(あれ?普段来る商人は人間だけど、様子が違う。)
遠目に見れば背の低い老人が荷馬車に乗り、手綱を握っているようにも見えたのだが、近付いて来たのは立派な顎髭を先端で結えた若者。人間の平均身長を遥かに下回りそうな身長だが、それでいて鍛え抜かれたような腕回りと胸板は、異質としか言いようが無い。
(伯爵はいつも商人を連れて村を訪問していた、それも荷馬車いっぱいのお土産を持って。だからあの荷馬車の積荷もお土産なんだろうけど、あの商人はまさか……ドワーフ?)
「……君、君」
「おわっ!……はい、何でしょう!」
後方から来る荷馬車に視線が集中した結果、伯爵の一団が馬を止めてラルフレインを見下ろしていた事に全く気付いていなかった。彼は伯爵から呼ばれていたのである。
「お、お、お!お初にお目にか、か、か!私は……!」
「あはは、私が君を呼び止めて作業を邪魔してる構図なんだ、緊張しなくて良いよ」
緊張のあまり背中から冷や汗がダラダラと流れる。博貴時代もラルフレインの時代も、貴族と接する事が無かったから尚の事失礼が無いようにと顔がこわばってしまう。
「別に取って食おうとしてる訳じゃない。君のその足元に張られた紐……。それが何なのか気になってね」
戦士御用達の『なめし革』の防具など一切身に付けず、質素だが意匠が施された貴族らしい服を身にまとうも、腰には儀礼剣のレイピアを下げず、幅広剣のブロードソードを下げる伯爵。さすがは辺境伯と讃えられる人物だと感心するも、その感心はすぐに治まる。今まさに自分は質問を投げ掛けられている事を思い出し、力み過ぎたラルフレインは言葉を選ばすズラズラと説明を始めてしまったのだ。
「こ、この紐は水糸と言います!水縄とも言うのですが、工事をする際に測量を行って土地の水平値を出すのですが、その出した水平値をこのピンと張った水糸で表して工事の指標とします!」
「水糸?測量?水平値?」
この時ラルフレインが気付けば、気付いて言葉の軌道修正をしていれば、コニー・オーストレム伯爵の好奇心は別のベクトルへと向かっていたであろう。だが失礼の無いようにと懇切丁寧に説明を始めたラルフレインは、さらにアクセルを踏んで説明を始めてしまったのである。――まだメートルやグラムも無い時代、つまり人々の『どんぶり勘定』が許された時代に、設計施工の概念をブチ込んだのだ。
そもそも測量機器自体無いので、今回の用水路建設にあたってこの水糸は、用水路の天端の勾配を合わせられるように傾斜させましたので……。これは水平値を出した水糸ではなく、この水糸の高さに沿って用水路の石を積めば、水が流れて行く仕組みになります。つまり地面の傾斜に対してどの角度で土を掘削するかとか、そして……
ラルフレインの度を超えた熱弁に目を白黒させる伯爵、そして警護隊の戦士たち。リュックとエダの幼い兄妹はラルフが壊れたと心配そうに見上げている。
「よ、用水路を作るのかね?なかなかに村想いの若者じゃないか。あははは!それでは私も先を急ぐから、頑張ってくれたまえ」
彼の説明が全く理解出来ず、このまま呆けた顔をし続けるのも立場上マズイと判断したのか、伯爵は急ぐフリをして会話を終わらせ、警護隊ともども足早に立ち去って行った。後に続いて荷馬車の商人も去って行き、後には鼻息荒いラルフレインと幼い兄妹だけがポツンと残された。
これがラルフレイン・ベイルとコニー・オーストレムの運命的な出会いとなるのだが、実はもう一つ運命的な出会いが内包されていた、後に『リスタルの五傑』と呼ばれる英雄の一人が、実はこの場にいたのである。
――その異名は【剛腕】、腕っぷしも商売も向かうところ敵無し、つまりは剛の者で剛腕。近い将来、ラルフレインと肩を並べる者だったのだ。




