17) 伯爵が来る!
夏も折り返し地点を過ぎ、高地に早々と秋の涼風が吹きおろすようになったある日、リスタル村に国境警備隊のヘルマン隊長がやって来た。なんでも自治領主であるコニー・オーストレム伯爵が、この村に視察にやって来るとの事。伯爵はゲストを連れて訪問するので、くれぐれも失礼が無いようにと、村人たちに釘を刺しに来たのである。
人類最北端の村、自治領最北端の村であるリスタルはつまり、亜人や魔人の国との国境に一番近い最前線である。自治領主の居城がある都『チェルハ』より、リスタル山の麓にあるニーハルーツ村まで馬で3日、そしてニーハルーツ村からのこリスタル村を経て国境線まで一日の行程。公務としてかかる日数はなかなかに馬鹿に出来ないのだが、やはり自治領主の立場として国境線の監視を怠る事が出来ない事から、年に数回はこのリスタルの地に赴いていた。
リスタル山の麓、ニーハルーツ村から山道を登り始め、中腹にはまず国境警備隊の詰め所がある。その詰め所から分岐する二本の山道の右側を行けば、数百メートルでリスタル村に辿り着くし、山道の左側を山頂に向かって進めば国境。警備隊がガードする監視所に到着する。――屈強な戦士のみを集めた国境警備隊員に囲まれて過ごす熱苦しさより、伯爵は村に作った保養所で、のんびりと足を伸ばす事を好んでいたのであった
国境警備隊のヘルマン隊長によれば、伯爵はすでに国境警備隊の詰め所に到着しているのだが、国境の視察は明日に回して本日の公務は終了。そのまま村の中央にある保養所へと入り一夜を明かすそうだ。そして後数時間もすれば伯爵は村に入るので、くれぐれも粗相の無いようにと、先んじて村長に申し入れを行なった。
毎年毎年伯爵が村に訪れている事から、村人たちにしてみれば伯爵は雲上人ではない。目を合わせる事すらはばかられるような剣呑な気配はそこに無く、伯爵も意識して村人たちと同じ視線で笑顔をたたえる事から、互いに友好的な関係であるのが伺える。――国境最前線の村であるが故に、穏やかならぬ空気に耐えられず、村人たちに逃げ出されてはかなわんと言う理由もある。だからこそ税の徴収以外に村の特産品を買い取ると言う特例も施行されている。
汗臭い屈強な戦士たちに囲まれるより、穏やかな村内に身を置いて、村人たちの笑顔と新鮮な野菜に囲まれたいと願う領主。
農奴に分け隔て無く笑顔で接してくれ、訪問の際には珍しい酒や珍しい食べ物を必ず振る舞ってくれるので大歓迎な村人たち。
両者の需要供給は完全にマッチし、秋の収穫祭以上の盛り上がるイベントと化していた。
――だが村内には、領主の訪問など一切意に介さない者が一人いた。浮き足立つ村民たちを尻目に黙々と自分の決めた作業を行う少年。そう、ラルフレイン・ベイルだ。
「ラルフ、ラルフううう!」
「ラルフうう!」
ラルフレインの背中に、彼の名を呼ぶ声が掛かる。それも二人分の声で、二人ともひどく幼い声。兄と妹の兄妹なのだが二人は近所のハウプマン夫妻の子供たちであり、名前はリュックとエダ。二人ともラルフレインを慕っていた。
「ラルフ、父ちゃんがこれ食べろって」
「とおちゃん食べろって」
ヨイショヨイショと二人が担いで来たバスケットには、カットしたスイカが入ってる。
「リュック、エダ、おつかいご苦労様。ありがたく頂戴するよ」
里から上がって来た村の入り口、盛り上がった村道の脇で作業していたラルフレイン。立ち上がって道に腰掛け、幼い兄妹にスイカをおすそ分けしながら一息つく。
「ラルフ、これ何?」
「なに、なに、ラルフ何してるの?」
「これか?これはね、道に沿って用水路を作ろうと思ってね。今その準備中さ」
「よ、ようすいろ?」
口の周りをスイカの汁だらけにしながら、顔をポカンとする兄妹。その二人が理解出来るようにと、ラルフレインはゆっくりと説明する。
「雨が降ったあと、あんまり道がドロドロにならなくなっただろ?道の外に雨水が逃げるようになったからな。そしたら今度は、逃げた雨水が畑に入らないように、水の道を作ってやるのさ」
そう、ラルフレインが手掛けた『暗渠排水』は見事に成功した。あっという間に道が乾くなどドラマティックではないものの、村道はぬかるみ難くなり、そして乾き易くなったのは確か。ひと雨来たあとの数日間、ぬかるんだ村道に諦めていた村人たちだったが、この暗渠排水に理解を示し、ラルフレインに対する認識も変わって来たのである。
「水の道!へええ」
「でも水流れてないよ」
「うん、変なヒモが張ってあるだけ」
「ぜんぜん水の道じゃない」
不思議がる兄妹をワハハ!と軽く笑い飛ばし、まだ始めたばかりだよと説く。確かにエダが言う通り、用水路になりそうな場所の両端に木の杭が打ち付けられ、杭同士に一本の紐がピン!と張られているだけで、周囲と何ら変わりは無いのだが、この張られた紐こそが後で意味を成して来るのだ。
ただ、このリュックとエダの幼い兄妹に説明するのは後日となってしまう。何故説明が先送りされたかと言えば、とうとうコニー・オーストレム伯爵が村にやって来て、ラルフレインを視界に入れてしまったからだ。




