16) ボーイ・ミーツ・猛者 後編
「何かの呪術?」
――リィリと名乗ったエルフの少女は、そう問いながらマジマジと見詰めて来る。相手が年相応の男子である事など念頭に無いのか無表情のまま。自分の知識欲に背中を押されているようだ――
村のはずれで作業をしていたラルフレイン、彼を草むらからずっと監視していたリィリは、彼の行動の理解に苦しみとうとう本人に声をかけてしまう。しかし互いに敵意が感じられない事と、土埃にまみれながら汗だくになって働いていたラルフレインが笑顔で接してくれた事で、彼の提案を受け入れて後に続く事となった。
「悪いけど話は後だ、ちょっと休憩させてくれ。汗とベト(土)でベタベタで水浴びがしたい」
それと丁度おやつの時間だから……この言葉に尖った耳をピンと反応させ、立ち上がったリィリは何度もうなづきながら彼の後に続いた。
近くの沢に到着したラルフレインは服を着たままザブンと清流に身を浸し、汗と土埃を洗い流した。
「おやつと言っても野菜だけど、食べるかい?」
作業を始める前に準備しておいたのか、清流にはカゴが浸しており、中にはみずみずしいキュウリが入ってる。
――ゴキュリ!――
それまでは警戒するように距離を取ってラルフレインから視線を外さなかったが、エルフの少女はキュウリを見た途端よだれを垂らしそうな勢いでキュウリを見詰め始めた。
「味付けは岩塩しかないけど、冷やしたモロキュウは美味しいぞ」
傍に置いてあったカバンから小袋を取り出し、キュウリと一緒に彼女に渡す。
「良かったら食べてくれ、一人じゃ食べきれないほど採れちゃって……」
そう言い終える前に彼女はもう食べ始めていた。それも途中で落ち着く事も無く、無表情のままものすごい勢いでポリポリポリと完食してしまったのだ。
「あ、あはは!食べっぷりが良いね。まだあるから好きなだけ食べなよ」
苦笑しながら自分もキュウリを手にする。この目の前で一心不乱にキュウリを食べるエルフの少女、どうやらお腹が空いていたのかなと考え、残りのキュウリをカゴごと彼女の前に置いた。
あどけない少女と妖艶な大人の境界線に立っているかのような姿、そして風に軽やかに揺れる細い銀髪と尖った耳。同世代の異性が村におらず、そして初めて見る異種族の少女を前に自然と胸が躍るラルフレイン。アニメや小説でしか登場して来ない『エルフ』をその目にすればなおさらである。
ここで、エルフの少女はようやく落ち着き、自分の名前をリィリと明かす事で振り出しに戻るのだ。――ラルフレインは一体何をしていたのかと言う疑問に
「あれはね、呪術とかのまじない事じゃないよ。暗渠排水って言う水抜き作業さ」
「あ、あんきょ……はいすい?」
ただでさえ無表情だったリィリの目が点になるも、ラルフレインは懇切丁寧に教えてやる。雨上がりの日はみんな歩けない、ぬかるんだ土を早く乾かすのだと。
地面に木の束を入れたり、糸を垂らした棒を持っていた事から、何かしらの呪術を行っていたのではと考えたリィリも、やがては素直に納得した。
「ところでさ、リィリは何で人間の村に来たの?」
「理由?……イサベルが行けって言ったの」
「イサベル?それってリィリの家族?親御さん?」
ブンブンと首を左右に振って否定する
「それでそのイサベルって人は、この村で何を調べて来いって言ったの?」
こんな辺ぴな村、エルフが欲しがる秘密なんてあるのかねえ?と、雲をつかむような呆けた顔で首を傾げる。すると彼の質問もイサベルと言う固有名詞で何かを思い出したのか、身体をビクッと震わせたリィリはおもむろに立ち上がり、全力疾走で林の中へと消えて行く。
「急にどうしたんだよリィリ!」
「人間と話ちゃダメだった!イサベルに言われてたの!」
「全く、アホっ子かよ」
「ラルフごちそうさま、またねえええ!」
人間と話すな、つまり接触するなと命令されたのに、またねえも無いだろよと、小さくなる彼女の後ろ姿を苦笑で見送った。
後に残ったのは台風が過ぎ去ったかのような静けさ。「またな」と呟いたラルフレインの苦笑はやがて、柔らかい笑みへと変わっていた。
ラルフレインが気付くはずも無いのだが、彼女はリスタル山の東面から麓に広がる巨大な森の住人。エルフ族が建国したホーデリーフ教導国にあって執行部直属の隠密であり、仲間たちから『殺戮の凍姫』と呼ばれ恐れられた訳ありの戦士であったのだ。
殺戮の凍姫、そして己に秘められた力に気付いていない【祝福されし者】ラルフレイン。
今回はまだ互いの置かれた立場を理解しないままの出会いであったが、いずれ再び二人は互いの置かれた立場を理解した上で、顔を合わせる事となる。だがそれまでには幾分かの時間が必要であった。




