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15) ボーイ・ミーツ・猛者 前編


 「ラルフレインがとうとう狂った!」「村の道を切り刻んでる」「あれは何かの呪術に違いない!」

 リスタル村の人々は互いにそう囁きながら眉間に皺を寄せている。ラルフレインに直接問い質そうとする村人もいるにはいるのだが、そこはそれ『暴れん坊をラルフレイン』。思わぬ逆襲を喰らいそうで近寄れないでいる。結局のところは噂が一人歩きしてしまい、今年の村の重大事件第一位になってしまうのだが、当の本人はどこ吹く風で作業に没頭している。


 ――村の中心部を走る道を横に深く掘っては、細く長く束ねた木の枝を埋めて行く作業。村の入り口から等間隔にそれを繰り返せば、否が応でも村人たちの目に入り、なおかつ怪しくて怪しくてしょうがない――


 ラルフレインが行っているのは『暗渠(あんきょ)排水』。

 水はけの悪い土地や粘土質の比率が高い土地で、排水性を高くする土地改良の一種。『導管』を地中に埋設する事で、土に含まれていた水分が導管へと集まり、やがて導管の先へと水が排出されて行く仕組みとなる。導管を埋める際、導管を水平に置かず、水平に対して多少の角度を付けると、地中の水分は導管の両端で低い方へと流れるので、土中の水分量を減らせるし、水の排出先を人為的にコントロールも出来るのだ。

 ラルフレインの場合は、細く長く束ねた木の枝を導管の代わりとし、更に束ねた木の枝の周りを粒の大きな砂利で被覆(ひふく)した。やがて木の枝が腐り果てるような事があっても、砂利同士の空隙(くうげき)さえ生きていれば、いつまでも水が流れて排水出来ると考え、実行に移したのである。


「分からない事、気になる事、恥ずかしがらずにどんどん質問して良かったよ。まさかこんな形で活きて来るとは思わなかった」


 公共工事に生コンを納める場合、現場で生コンの品質を確認する『現場代行試験』と言う仕事がある。藤間博貴だった時代に生コンの試験室に席を置かれた彼は、業務の一つとしてこの代行試験を任されていた。その際、彼は生コンに関係無い事……つまりこの部材は何に使うのかや、どんな工法で施工するのかなど、気になった事をどんどんと顧客である現場代理人や作業員に質問を繰り返した。だからこそ今の「広く浅い」知識を積み上げた彼がいるのだ。


 道を横断するような長い溝をどんどんと掘る。(くわ)を握る手は血マメだらけだがそんなの構っていられない。

 手頃な角材の真ん中に二本の長さが違う紐で結え、その先端に小石をぶら下げる。その角材を掘り終わった溝に渡して置き、溝の底の角度を見る。――短い紐の小石だけが底から離れていれば起点として合格。長い方の紐も底から離れていれば終点として合格。これで底面が傾斜した溝の出来上がり。

 後は薄く砂利を敷いて束ねた木の枝を置き、再び砂利を入れて掘った溝を埋める。


「良いぞ、良いぞ!どんどん作ってやる!排出された水もコントロールするために、道と並行に用水路も作らなきゃな!」


 血マメが潰れて手のひらは血だらけ。おまけに全身どろと土埃にまみれた少年が、汗だくになりながら独りで喜んでいる姿を見れば、様子の分からない村人たちも不気味に思うのは当たり前。

 我慢出来なくなった数名の村人が村長宅に押しかけ、ラルフレインに問い質してくれと陳情している頃、ラルフレインに周囲で事態はちょっとだけ変わる。――ラルフレインに話しかけた者、つまり猛者もさが現れたのだ。


「……ねえ」「ねえ」と、ラルフレインの鼓膜を揺さぶる声。周囲を警戒しているのか押し殺した凍なのだが、その声の方向を向いても姿が見えない。


「うん?何か女の子の声が聞こえた気が……」


 あら、気のせいか、そう言えば俺と同世代の女の子なんて村にはいなかったもんな。独り言を重ねながら作業に戻ろうとするのだが、明らかにラルフレインを呼んでいるようなその声は、止むどころかどんどん回数が増えている。


「ああん!一体誰だよ、俺を呼んでるのか」


 イライラを隠す事も無く勢いよく振り返る。するとやはり見えるのは草むらだけで少女の姿など無い。だが呆けて立ち尽くしたラルフレインがチラリと下を向くと、何やら「地面」と目が合ったではないか。


「ひ、ひいい!何、何、誰あんた?」


 キュウリを見て驚いた猫のように、電撃的に飛び跳ねたラルフレイン。その地面にはうつ伏せになった少女が彼を見上げているではないか。そして葉の付いた木の枝を両手に持って、背後の草むらに溶け込もうとする姿、彼以上に怪しくてしょうがない。

 もともと荘園制貴族主義社会において、領民は許可が無いと他の地に移動する事は許されない。つまりこんな狭い僻地の村で、見た事も無い初対面の少女がいる事こそ怪しいのだ。


「ねえ、ちょっと教えて」


 少女はうつ伏せのまま見上げ、そう問うてくるのだが、その顔を見たラルフレインは確信した。この少女は村の住人では無い事を。何故ならば、普通の人間とは全く違う特徴が彼の目に入ったからだ。


「……あれ?……君、耳が長いね……」



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