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14) そんな予感


 リスタル村は、ファウセレ王国のコニー・オストレーム伯爵の自治領内にあり、自治領の最北端にそびえるリスタル山の中腹にある、人類最北端の村でもある。

 リスタル山とは推定で標高二千メートルほどと、それほど高い山ではないものの、人間以外の亜人や魔族が聖地や霊山として讃えている事もあり、山頂を起点にバチバチの国境線が巡らされている。つまり、どの種族にとっても重要な『最前線』なのだ。


 その世界の最前線に一番近いと言われるリスタル村は、荘園性貴族社会真っ盛りのこの時代であるからして、当然のごとく農奴しかいない。家は約三十戸、人口は約百人だが、世代比率が(いびつ)な状態となっている。十数年前に大陸全土を恐怖のどん底に陥れた『オーガ戦争』に当時の村の若者たちも駆り出され、ほとんどの者が還らぬ者となった事から、老人と子供の比率が高くなっている。

 主要な農作物は根菜、そして酪農による乳製品や毛皮の生産。標高が高く気候が適していないのか小麦は作られておらず、ジャガイモに似た根菜と固くて酸っぱい原初トマトが主たる生産品目として、自治領に納められていた。――どこにでもある当時の村、変わり映えもない田舎の寒村だが、今は違う。今はラルフレインがいるのだ。


 夏も折り返し地点が過ぎたのか、肌を焼くような日差しの熱さよりも、山から吹き下ろして来る涼やかな風が身体を吹き抜け、里より早い秋の到来を感じさせる時期。村の手伝いを終えたラルフレインは、自宅近くの沢で着衣のまま頭から水をかぶり、傍らにある大きな岩に寝転んで身体を乾かしている。太陽光で熱せられた岩はプールサイドのコンクリートタイルのように熱いはずだが、山から下って来る冷水のごとく冷たい沢の水と、やはり山から下って来る爽やかな風がそれを和らげ、疲れた身体が癒されるような感覚の中、微睡むように空を眺めている。


 ――治山、治水、治安。この村のためにと決意した日から数日。この三つの単語を胸に抱いたまま、普段とは別の視点でこの狭い世界を見詰めて来た。それによって村の問題点は山のように見つかったのだが、いかんせん今は一人。単独で行える事、短期で行える事、長期的視野で進めなければならない事など……ラルフレインはその優先順位とその取捨選択に困り果てていたのだ。


 『治山から考えてみる』

 ――リスタル山は昔火山だったと言われているが、それは気が遠くなるほどの昔話らしい。今は粘土質な土に全体が覆われて、噴石や流れたマグマの跡はほとんど見かける事が無い。つまり今は火山噴火に備えるよりも、土砂崩落などの災害を予測して防止するのが望ましい。


(だけど法面(のりめん)アンカー打ちとか、落石防護フェンスなんて無理だよな。先ずもって鉄の流通が無いから、こんなの壮大な夢で終わりそうだ)


 たった一人の大規模治山工事などまさに荒唐無稽。現実的な治山方法として、ラルフレインは植栽(しょくさい)が有効だと結論付ける。植栽とは木の伐採で更地(さらち)になった場所……つまりハゲ山や緑の少ない荒れ地に木を植え、再び緑の循環を行わせながら地中に張った根で土砂崩落を防ぐ方法。この村の今において『(まき)』は生活必需品トップであり、木こりがどんどんと木を伐採した結果、あちこちにハゲ山が出来ていたのである。


 治山の方法は先ず植栽作業だと決定した。伐採で落とした芽などを植え直して育てる。今すぐ行動に移る事が出来る作業としては申し分無い。ただ植栽の結果が出るのは木が育つ数年から数十年先の話、作業も一度植えれば終わりなので、まだまだ何か出来る事はないかと模索している。

 治水は正直なところ『バンザイ』に近い。村の側を流れる沢は何本もあるが、沢や川の氾濫を抑えるための護岸工事を行うならば、パワーと物量に頼らざるを得なくなる。川の両岸に土を盛り上げて堤防とする築堤工事は重機が無いと無理。ならば川岸に水の勢いを抑える消波ブロックを並べようと目論むも、そもそもコンクリート製品が無いから現場発生の自然石で対応せざるを得ず、それにしても重機が必要不可欠となる。


(治水は優先順位を落とすしかない。ならば治安は何が出来る?)


 治安とは村人の衣食住とそして、生活環境を改善するための方策を言うのだが、平成令和の世界を生きた前世から見ればもう、全てが足りないと怒っても良いレベル。岩を積み上げた外壁と木材を置いた程度の屋根、床など無く剥き出しの土の上で生活するのが基本スタイルとすれば、どのような生活水準なのかは自ずと見えて来る。


(いずれは木材の組み方をマスターしよう、そうすればログハウスを作れるようになる)


 さすがに木材加工の知識は無いので、今後の課題とするのだが、この衣食住の改善は……なかなかに頭痛の種だ。何故ならば食一つとっても、調味料が山の岩塩と数種類のハーブしか無い。また植物油など存在すら知られておらず、猟師が仕留めた野生の獣を燻製にした肉の、その脂身がちょびっと存在する程度。村特産の原初トマトか牛乳で、根菜や燻製肉を煮るしか調理法が無いのだ。


(ログハウスは木材加工方法を独学でマスターするしかない、衣食住も常に模索を続けよう。だがまだ他にあるはずだ、オレだけが出来る事が……)


 太陽がだいぶ西に傾くと、山から吹き下ろす風が涼しさを越えて冷たく感じるようになって来た。ずぶ濡れになった衣服もだいぶ乾き、そろそろ家路の時間。


「……うん?……」


 寝転がっていた岩から起き上がって振り返る。すると自分が横になっていた場所だけまだ岩が濡れており、自分の姿形が跡としてくっきりと浮かび上がっている。


「岩は水を通さない、浸透させない。行き場の無い水はやがてコントロールされて他の場所に流れる……」


 ラルフレインは自分の吐いた言葉の意味にハッとする。

 「生活に密接に関係する場所」「水があると困る」「水がコントロール出来れば」「ベストでなくともベターであれば」……何かしら迷路の出口がチラリと見えたのか、起き上がって歩きながら独り言を繰り返す。


「雨が降ればぬかるんで、まともに歩けない道。雨が止んだ後も数日はぬかるむ道……これが何とか改善出来れば!」


 植栽による林地保護、それに続いてラルフレインのライフワークが一つ誕生した瞬間だ。


「これだ、これだよ!暗渠……暗渠(あんきょ)排水!これを施せばみんな足を取られずに歩けるし、荷馬車も車輪が泥に取られなくなる。少なくとも道路が早く乾くようになる!」


 終始思考の渦に飲み込まれ、視点の定まらなかったラルフレインであったが、希望に瞳をキラキラと輝かせながら、肩で風を切って歩いている。希望がやがて現実となる、そんな予感を覚えていたのだ。



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