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13) 三つの治


 一人で出来る事と出来ない事がある―― ひどく当たり前過ぎる言葉でしかないのだが、夢や理想が高ければ高いほどにその言葉の意味は、本人に重くのしかかる。

 落雷の事故に遭った少年、ラルフレイン・ベイルは、気を失っている間に無意識下で『前世の自分』と邂逅した。異なる時代、異なる文化で生きる両者の価値観は油と水のように反発するかと危惧されたが、それは見事に融合され一つの人格へと昇華した。そしてこの村で生きる事、より良い暮らしが出来るよう努力し、やがてはたくさんの笑顔が溢れる魅力的な村しようと誓った。

 ――ただ、そう思えば思うほど苦しくなる。乗り越えられるとは到底思えないような壁が、現実として立ちはだかっているからだ――


 一日の終わりを表現するかのように、炊事兼暖炉に入れられていた木材はやがて木炭へと変わり、ホタルの光のようにボンヤリと赤い明りで部屋を照らしている。自分の畑作業を終わらせ、村に対する借金をボランティアで相殺する事を認められ、各家庭の農地の手入れを手伝ったラルフレインも、一日の疲れや空腹を満たす時間帯。大きな食卓のテーブルに置かれた一人分の食事を終わらせ、食後から睡眠に変わる時間を物思いに耽る事に費やしていた。


 (藤間博貴の頃の知識を活かすとしても、突拍子も無い事は出来ない)

 石で積み上げた外壁の上に木を組んで屋根にした簡素な家。踏み固められた土が文字通り「土間」として存在する、床材の概念すらない農民の家。これがこの時代の当たり前、着る物や手工芸など見ても中世に入ったばかりを想像させるような時代において、超文明を持ち込むのは毒だ。社会的な話題で騒然となるし、ミッシング・リンクを疑われる。

 ミッシング・リンクとは、生物の進化を「連なる鎖」と仮定した際に、どう考えても繋がらない連続性の無い状況を示した言葉。猿がいきなり人類に進化しないのと同様、道具の使用や作成など文化面でもそれが言える。藤間博貴が生きた平成と令和をこの世界に持ち込むと、文化的ミッシング・リンクが誕生してしまう事から、極力それは避けたいと考えていたのだ。

 ただ、先ずここでラルフレインは打ちひしがれる。藤間博貴の知識を活かすと言っても、そもそもが専門的な知識などまるで持ち合わせていない。超文明のプレゼンターなど、机上の空論以外の何ものでもなかったのだ。

 

「そりゃあ兄さんを追いかけて必死に勉強したよ。国語、数学、物理、日本史世界史……だけどそれが果たして活用出来るのか?」


 受験勉強だけでなく、大学での専攻から外資系企業に就職した後の自分もそうだった。会社が日本から撤退して『派遣社員』に登録した際、即戦力になるようなスキルがまるで無かった事は、当時の博貴には地獄と呼ぶに等しい時代であったのだ。


「雑学程度なら確かに容易(たやす)いだろう、生活の知恵程度ならば。だがオレがこの世界にいる意義を考えると、意義があると考えると……。もっともっと、前世と今を繋ぐダイナミックな活躍をと、思ってしまうじゃないか」


 前世の文化的な記憶には『転生作品』と言うジャンルも存在している。職を失い抜け殻になった時期に、暇を持て余した彼はテレビアニメを見たり、中古本屋で叩き売りのライトノベルを買って読んでいた事もあった。だが実際に自分がラルフレイン・ベイルになって試してみたが、目の前にインベントリ画面など表示されないし、ステータス画面が出てきて数値化された自分の能力なども表示されない。そもそもがこの世界の人間種には魔力など無い事から超人的な活躍は絶望視。つまりはラルフレインがこの村に貢献するならば前世の知識しか無い。それを活かすしかないとしても……では実際に何が活かせるかが苦悩のポイントだったのだ。


「土建業……オレにはそれしか無いのか。いや、それか!それが今この村にはベターなのかも知れない!」


 身を置いていたのは猪山建設生コン、生コン工場の試験室に在籍していた。自分の専門こそ生コンの品質管理だが、現場試験や打ち合わせに赴いては施工業者の親方たちとコミュニケーションを重ねた過去がある。この世界に生コンは無いけれど、その培って来た現場の知識をこの村で活用しようとの考えに至った。そして彼は目を輝かせながらも、前述の「一人で出来る事出来ない事」に想いを馳せて挫けそうになったのだ。


「測量などの専門機材が無い、人間の力不足を補う建設機械・重機が無い、そもそも人足(にんそく)がオレしかいない……」


 ――それでもだ、それでも前を向くしか無いじゃないか!オレにはそれしか無いんだから!――


 土砂崩落などから人々を救う『治山』事業

 川の氾濫などから人々を救う『治水』

 そして環境を整えて人々の安心な暮らしを維持する『治安』

 この三つの『治』つまり三治を胸に秘め、出来る事から始めようと決意する。


「三つの治、三治。明日から全力で頑張る。オレのSAN値が尽きようともだ!」


 SAN値とは、ホラーゲームによくある設定でプレイヤーの正気度を示す値の事を言う。本人は上手く駄洒落でまとめた積もりなのだろうが、当然誰もそれを聞いていない。

 だが、このラルフレイン・ベイルの決意はやがて身を結ぶ事になる。村への借金である銀貨四枚など軽々と吹き飛ぶような功績を上げるのだ ――あくまでも『やがて』ではあるが



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