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11) 決意


 盛大に燃え盛り、リスタル村を眩しく照らしていた真夏の太陽も今は息が切れ、残った力を振り絞って西の空をオレンジ色に焦がすのが精一杯。――今日も一日頑張ったわ―― そんな太陽の自画自賛が聞こえて来そうな夕方だ。

 日中は南に見下ろす里の方から上がって来た、むせ返るような熱風も今は止み、変わって乾いた涼しげな風が、リスタル山の山頂から吹き下ろして来る。汗を流してせっせと働いた村人たち、彼らも今は椅子に腰を下ろして、慰労の時間を過ごしていた。


 場所はリスタル村の北にある高台。田畑と放牧地以外は高い木々に囲まれた村なのだが、村から徒歩数分でたどり着けるこの高台は、村人たちの日々に経済活動とは全く主旨がかけ離れた理由で開墾されており、村人たちの尊敬の念を持って維持されていた。それはつまり墓所・墓地。代々の村人たちが葬られて来た神聖な場所だ。

 村の家屋の一つ一つに明かりが灯され、やがて窓の奥から賑やかな会話が漏れて来る頃、ラルフレイン・ベイルはこの墓地へと赴いて、真新しい墓石の隣に腰を下ろしていた。

 墓石と言っても故人の名など刻印されてはいない。何故ならこの時代はまだ文字が普及されておらず、文字は王侯貴族のみが許された特権の象徴だからだ。よって一般庶民が文字を目にする事は無く、普及すらされていない。……当然ラルフレインの隣に佇む墓石にも名前は彫られてはいない。だが誰が眠っているのかも分からない墓石の隣に彼が佇むのは、昨年に亡くなった母がそこに埋められているから。それだけは間違いの無い事実なのだ。


「こんな時間に来るのも珍しいだろ?今日はここで夕飯を食べてくよ」


 オレンジに映えた夕焼け空が赤紫に変わり始めると、集めた薪に松明の火を灯し、ボロボロのカバンから布に包んであった「夕飯」を取り出す。

 自分で育てた根菜と物々交換して手に入れた小麦粉、それを練って焼いたカチカチのパン。それに切れ目を入れて押し込んであるのは、塩気が効き過ぎた鹿肉のベーコンと、自分の畑から収穫したトマトのスライス。……もちろん、トマトは近代の商業トマトではなく、固くて顔をしかめるほどに酸っぱい、原初トマトだ。


「……硬いしマズイし、でもこれがこの世界ではご馳走なんだよな」


 ゴリゴリと歯を噛み合わせてベーコンサンドを食べるその表情は、苦虫を噛み潰したかのよう。それもそのはず、ラルフレイン一人の記憶しか無い頃は、笑顔の母と二人して食べたこれがご馳走だった。だがしかし、平成・令和と生きた博貴の記憶が合流してしまっては、もはや笑顔ではいられない。


「……牛丼、駅そば、カツカレー、チャーシューメンと半チャーハン、サイゼのマルゲリータにカルボナーラ……そしてフライドチキン」


 胸の内がギュッと締まり、嗚咽が口から漏れそうになる。もちろんそれは博貴の記憶が影響を及ぼして、昔を懐かしむ「懐古の情」に起因するものではあるのだが、それよりももっともっと深い理由に気付き、瞳が涙に溺れてしまったのだ。


「違う……違う!いくら美味い牛丼やラーメン食っても、美味くない時だってあった!……それよりも母さんが作ってくれたシャバシャバなカレーだ!、シャバシャバなカレーだけどそれを家族で食卓囲んで食った方が……断然美味かったんだ」


 肩が激しく揺れて、とうとう嗚咽が我慢出来なくなる。目に溜まった涙もそのまま我慢した結果、鼻水が威勢良く垂れて来た。それでも号泣しようとする自分の弱さが許せないのか、ラルフレインは嗚咽を押し殺してベーコンサンドにかぶりつく。 


 ――この村で精一杯生きよう!――

 銀貨四枚を用意して返さなくても良いから、銀貨四枚分の働きを見せてくれと村長は譲歩してくれた。だいたい肉体労働の相場が一日銅貨三枚、それなら毎日働けば一年ちょっとで何とかなる。

 さんざん迷惑かけた村の人たちだって、それでも優しく接してくれてるし、この先頑張れば今までの恥ずかしい過去だって忘れてくれる。


「そうだな、寂しいからと心を閉ざしてても、何も始まらないんだ。せっかく前世の記憶があるなら、それを活用しなきゃ!」


 まるでカクテルの「シンガポールスリング」のように透き通った紫の空もやがては闇に変わり、空には満天の星空が広がった。


「……先ずは自分の田畑はしっかり耕作する、物々交換に必要だし自分の命の源だ。それが終わったら村の仕事をする。大した事の無い村だから、仕事と言っても多分誰かのヘルプになる。オレの評判を上げて黒歴史を塗り替える。そして……」


 ラルフレインの瞳に力が宿る。焚き火の仄赤い炎にチラチラと照らし出される彼の表情は、決意に満ちた雄々しい顔付きへと変わっている。


「そして、余った時間は前世の知識をフル活用するんだ。この村をもっともっと盛り上げて、誰もが誇りを持てるリスタル村に」


(……母さん、オレこの村で頑張るよ……)


 この世界で初めて誕生した企業『合資会社リスタル建設』の代表として、そして後の世まで語り継がれる『リスタルの五傑』の一人として、ラルフレイン・ベイルはその一歩を踏み出したのであった。



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