9
お風呂から出てくると、フィギュアの服装が変わっていました。
今日は、可愛らしいゴスロリでした。
そう言えば、今までフィギュアが着ていた服はどれもお姉さんのお家にも有った気がします。
お姉さんも、お使い様と密接に繋がりが有る気もしてきました。
私の、考えすぎでしょうか?
ですが兎に角今は、お使い様のお告げ通りに能力をコントロールするのをマスターする事が先です。
私は向日葵の下着に着替え、制服を着てキッチンに行きました。
キッチンに来たのは、スプーンを手にするためです。
五年前の事なのですが、以前学校で男の子がスプーン曲げを皆の前で披露したのです。
その男の子の名前は、春野 薺君です。
春野君曰く、テレビでスプーン曲げの仕方を指導していたそうです。
クラスの皆が春野君に教えて貰い、次々とスプーン曲げを成功する人が増えていきました。
ですが、私だけが曲がりませんでした。
その後、春野君は私の席にスプーンを持ってくるようになり、毎日熱心に付き添い指導をしてくれるようになったのです。
そして気がつくと、名前で呼び合うようになっていました。
ですが結局、スプーンは曲がりませんでした。
二年生になり、薺君は私が見える位置に居て見つめられる事が増えてきました。
何か用が有るのなら言ってくれたら良いのですが、私が行こうとすると席を立ってどこかへ行くのです。
もしかすると、スプーン曲げが出来なかったので嫌われたのかと思いました。
なので、見つめられていても気にしない事にしました。
その頃から、薺君の周りには男の子達が増えてきたのです。
三年生になり、周りに居る男の子達もなぜか薺君と同じ行動を取るようになりました。
少し怖かったですが、クラスの男の子達なので気にしない事にしました。
社会見学に行った時の事ですが、私がトイレから出て来ると急におじさんが手を掴んできたのです。
私は怖くなって、その場で震える事しか出来ませんでした。
その時、薺君を筆頭に数十名の男の子達が私を助けてくれたのです。
怖いおじさんはその後、警備のおじさん達に連れて行かれました。
その日、警察の方から私と薺君達は事情を聞かれましたが、薺君や男の子達の詳しい証言が有ったので調書は直ぐに済みました。
そして四年生になり、五年生になり……薺君の周りにいる男の子達の人数は、数える事が出来ないほどに増えました。
実は、その春野 薺君が親衛隊筆頭のなのです。
スプーンを見て昔の事を思い出しましたが、下着の能力を使えば非力な私でもスプーンを曲げる事が出来るでしょうか?
私は手に意識を集中して、そっとスプーンを人差し指で押してみました。
フニャリ。
「……」
感動で涙が出そうになりましたが、他にも試さなければならないことは多いです。
スプーンの先を持って、捻れるかどうかです。
この捻れも、出来る子はいました。
「……キャッ!」
私は、スプーンを見て驚きました。
スプーンの首だけ曲げたつもりが、スプーンの頭も捻れていたのです。
これって超能力や梃の原理と言うより、指の力かな?
次に私は、足に意識を集中させて少し走ってみることにしました。
まだ深夜に近い早朝ですので、人通りは少なく目立たないと思ったからです。
エレベーターを降りて、外に出てから意識を集中し一歩踏み出しました。
するとその瞬間、景色が変わったのです。
「飛んでる……」
私は足下に見えた信号機の上に、着地する事が出来ました。
どうやら足に意識を集中した状態で、いつものように身体のバネを意識した走り方をすると、斜め上にジャンプしてしまうようです。
信号機から降りる時も、怪我をしないよう意識すると足に負担無く飛び降りることが出来ました。
ですが、これは本当に気をつけないと事故に繋がりそうです。
そして何度も繰り返し練習していくと、前に向かうよう意識する事で走れるようになりました。
ですが、いつもとは比べものにならない早さです。
そう言えば、今日は体育の授業が有ります。
気をつけないと、とんでもない記録を出してしまうかもしれません。
繰り返し練習していると、明るくなってきました。
私はマンションに戻ってお風呂に入り、自宅に行ってママの相手をしてから、学校へ向かうことにしました。
学校に向かう途中、足に意識をする時としない時の歩き方を練習していました。
すると、前方の信号が赤になりました。
ですので、ゆっくり立ち止まり青になるのを待っていました。
すると、激しく息を切らしている女の子の息遣いが後ろの方から聞こえてきました。
「ゼーゼー、ハーハー。早いよー」
ですが、何となく聞き覚えが有る声音だったので振り向くと、今にも倒れそうな顔で必死に私の方へ手を伸ばす花ちゃんがいました。
「花ちゃん、そんなに慌ててどうされたのですか?」
私はゆっくりと歩き、声かけることにしました。
すると、花ちゃんは両膝に両手をついて肩で息をして私を見上げました。
「ゼーゼー、ハーハー。撫子ちゃん……ケホケホ、酷いよー」
「えっ?」
もしかして、私は知らず知らずのうちに花ちゃんを困らせたのでしょうか?
それとも昨日返信した内容に、おかしなスタンプを押してしまったのでしょうか?
確か送ったのは、狭い所大好きねこさんシリーズから、靴から顔を出して小首を傾けて【本当?】と尋ねているスタンプと、紙袋に頭を入れお尻と後ろ足を出して【おやすみー】と言っているスタンプの筈です。
私が慌てて鞄からスマホを取り出そうとしていると、花ちゃんに両肩をつかまれました。
「撫子ちゃん待ってって言ったのに、待ってくれないんだもん」
花ちゃんが怒っていたのは、スタンプの事ではなく、声をかけた時に私が待たず歩いて行った事のようです。
ですが、いつ声をかけてくれたのでしょうか?
私は小首を傾け考えていると、花ちゃんは二つ前の信号機を二度指さしました。
そう言えば、思い当たる節が有りましす。
あの信号機の一つ手前から、足に意識をする時としない時の歩き方を練習していました。
ですが200m位の距離を歩いている私に、追いつけなかったのでしょうか?
いえそれよりも、歩いて200mで息を切らせるなんて明らかにおかしいです。
つまり、途中から走ったと言うことです。
ですが、足に意識を集中させていたとは言え私は歩いていました。
つまり、いつもの早歩きです。
「花ちゃん、私の早歩きが早すぎましたか?」
私が花ちゃんに質問をすると、驚いた顔をしました。
「撫子ちゃん、早歩きだったの? 全力疾走と歩くを、繰り返しているように見えたよ? だから、花も走ったの。だけど、全然追いつけなくて……」
「えっと、花ちゃんごめんなさい」
私は言い訳をするより、謝ることにしました。
そして鞄に入れているミネラルウォーターを花ちゃんへ渡すと、半分だけ一気に飲み干しました。
「撫子ちゃん、ありがとう」
そう言ってミネラルウォーターを返してくると、胸元をパタパタさせだしました。
走って、かなり汗をかいたようです。
花ちゃんはハンカチを取り出すと、額の汗を押さえて拭き取りだしました。
花ちゃんが汗を拭き取っている間に、私は考えました。
練習は、人通りが少ない時間にした方が良いと。
今度は足を意識せずに、花ちゃんと一緒に学校へ向かう事にしました。
お話しながら歩いていると、花ちゃんがスキップをしだしました。
「撫子ちゃん今日の体育の事、知ってる?」
体育の授業が有ることは知っていますが、内容までは知りません。
花ちゃんは、体育の授業内容を知っているのでしょうか?
「いえ、知らないです」
花ちゃんが、今度は後ろ歩きをしながら人差し指を立てて得意げな表情をしました。
「実はね、昨日体育が有った隣のクラスの子に聞いたの。隣のクラスは、50m走をしたそうよ。いつも隣と内容は同じだから、うちのクラスも50m走かもー」
そう言えば昨日、薺君と親衛隊の子が50m走の事を話していた気がします。
勝負をする事が好きな男の子が多いので、勝負の話だと私は思っていました。
それに花ちゃんとお話をしている最中だったので、あまり気にしていなかったのです。
お使い様のお告げで、今朝から練習していて本当に正解でした。
何度も練習をし、憶測の距離でしたが50mを9秒代に押さえる事が出来るようになったのです。
今後の事も有りますし、足に意識を集中した状態で、50m走を試してみるのも良いかもしれません。
私は50m走の事を考えながら、花ちゃんと一緒に学校へ向かうことにしました。
※ ◇ ※
体育の授業でグランドへ行くと、なぜかいつもの体育の先生では有りませんでした。
先生のお話を聞くと、いつもの先生は体調不良でお休みしているらしいです。
ですので、低学年を教えている先生が急遽体育の授業を頼まれたようです。
それは良いのですが、体育館に先生はなぜ行こうとしているのでしょう?
今日は、50m走ではなかったのでしょうか?
疑問に思いながら、体育館の中に入ると先生が男女に分け私達を並ばせました。
「えー、今日は思考を変えて20mのシャトルランをしてみようと思います」
「えっ?」
私は驚きすぎて、思わず口走ってしまいました。
ですので、慌てて口を押さえ余所を向きました。
50mでは、なかったのですか?
花ちゃんから、50m走をすると聞いていたので心の準備をしていたのに……。
私は花ちゃんを、見ました。
すると、舌を出して誤魔化しています。
いえ、別に花ちゃんは悪くないのですが私の50mを9秒程度で走ると言う予定が……。
ですが、20mのシャトルランの事をよく考えなくてはなりません。
緻密な計算は出来ないので、50mを9秒位で走ると考えると、20mは単純に考えて4秒程度でしょうか?
折り返しの事を考えると、おおよそ4.5秒程度?
何だか、分からなくなってきました。
なぜなら、シャトルランはまだ経験したことが無いですし練習したことも無いからです。
ですが私はその時間を頭に置いて、おおよその時間を目指せば良いと言うことです。
あっ、良い事を思いつきました。
他の子達の、真似をすれば良いのです。
「どうされましたか?」
先生は名簿表と写真を見ながら、首を傾げてそう言いました。
私が口走った事に、気づいていたようです。
「確かクラス名簿と共に、写真を渡されて……」
ですが、体操服に名前が書いていないので私の名前が分からないのだと思います。
お父様が曰く、昔は体操服には大きく名前が書いて有るのが当然だったそうです。
私が低学年の時にお父様が運動会へ来ていらしたのですが、その時にそう仰っていました。
今は防犯面を考え、殆どの学校では体操服などに名前と顔が一致する物を付けない事が常識なのです。
「先生、それより早く説明して下さい」
薺君が手を上げて、私をフォローしてくれたようです。
そして、薺君の真似をするように他の親衛隊の子も手を上げて、先生に早く説明するよう言い出しました。
「そっ、そうですね」
すると、先生は慌ててホワイトボードを持って来ました。
私は、薺君にありがとうと言うように笑顔を向けました。
すると、なぜかそっぽを向かれてしまいました。
親衛隊の子達と一緒に居るときは積極的なのに、何だか素っ気ないです。
ですが、手で気にするなと言うように合図してくれました。
先生は、ホワイトボードで20mシャトルランの説明をしだしました。
そして説明が終わると、ペアを組むように言ってきました。
すると私の前に女の子達が集まりだし、睨み合いをしだしました。
そして一人の子がペアを組んでほしいと言った事を皮切りに、女の子達が言い争いを始めたのです。
初めにペアを組んで欲しいと言ってきた子は、制服や体操服などを取り扱っているメーカーの子です。
つい最近の事ですが、体操服を着て欲しいとあの子が言いに来たことを覚えています。
ですがうちの学校は、学校指定の体操服なので意味は無いと思うのです。
他に言い争っている子達は、体操服を販売している店の子達、下着メーカーの子と販売店の子達、IT企業の社長令嬢の子達、有名デザイナーの娘とデパートの子達です。
何か、派閥のようなものが有るのでしょうか?
花ちゃんはと言うと、その女の子達に外に追いやられ私に近づく事が出来ません。
そうしていると、先生がやって来ました。
「貴女達、止めなさい! 花楓院さんは私が記録するので、貴女達は別の子達とペアを組みなさい!」
先生がそう言って、女の子達を下がるように言いました。
確かにこのままでは、先に進みません。
ですが、私は花ちゃんと組みたかったのですが……。
すると、花ちゃんは私に謝る仕草をして別の子とペアを組みました。
花ちゃん、そんな……。
「……先生、よろしくお願いします」
私は渋々、そう言いました。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。