20
水流操作は私も出来ますが、水神様がここまで激しい渦を起こすには理由が有るはず。
私達は、激しい渦の中で互いに繋いだ手と手で引き寄せ合っていた。
清水の中で呼吸をする事は可能ですが、渦の中は荒波の様に激しくうねり、水神様の余裕の無さが窺われ、離ればなれになる危険性があった。
激流の中でようやく抱きしめ合うことが出来ると、薺君が驚いた顔をした。
「姫、あれを見て下さい」
薺君が見ている方向を見ると、先ほどまで居た隔離器官が押し潰されるように清水ごと収縮を始めていた。
危ないところでした。
もし激流でここまで流されていなければ、二人とも収縮に巻き込まれ無事では済まなかった。
どうやら禁忌融合分離は、ただ単に八頭龍が八人の水神様に分離する物ではなかったようです。
「姫、助かりましたね」
「はい、水神様に感謝です」
二人で無事を確かめ合っていると、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
清水の中なのに、頬が熱い。
ですが激しい渦の中、互いに抱き合っていないと逸れてしまう。
私は、別の事を考えることにした。
そう言えば川で溺れた時に、お兄ちゃんに助けてもらったことを思い出した。
その日は、長雨で川が増水していた。
すると、激しい流れの中で溺れる猫さんの姿が見えたのです。
私は思わず駆け寄り、手を伸ばした。
ですが、足を滑らせ落ちてしまったのです。
必死に泳いで猫さんの元へ行き、抱き寄せた。
ですが、流れが速すぎて岸まで行くことが出来なかった。
もう、力が入らない。
そう思ったとき、激流の中で誰かが飛び込む姿が見えた。
そして気がつくと、ビショ濡れの服を着たお兄ちゃんの腕の中にいたのです。
私はその後、救急車で運ばれ入院。
お見舞いに来たお兄ちゃんに猫さんの事を聞くと、猫好きの知り合いに預けたと言っていました。
今考えると、きっとお姉さんの事だと思う。
お兄ちゃんの腕の中、安心できたな……。
「あんちゃん、早く会いたいと」
……小声でしたが、思わず口にしてしまった。
薺君といると、最近お兄ちゃんに対する思いを、口にする事が多くなってきた気がします。
「姫、どうかされましたか?」
「いえ、何でも有りません」
だけど、薺君の腕の中でお兄ちゃんの事を思い出すなんて……。
また、恥ずかしくなってきた。
私は気を紛らわす様に、薺君の傷の状態を聞くことにした。
HPは、殆ど減っていなかったのですけれどね。
「薺君、怪我はないですか?」
「はい。MPはかなり消費しましたが、問題ないです」
薺君を見上げると、頬が少し赤くなっていた。
もしかすると、私の負担が減るように抱きしめてくれていたからかもしれません。
きっとそのお陰で、力をそこまで入れなくても良いのだと思う。
「ただ、赤核を吸収した稲成空狐が心配です」
薺君の言うとおり、私も気になります。
「ですね……」
稲成空狐が吸収した赤核を、禁忌融合分離の収縮の際、異物として排除してくれると良いのですが……。
薺君と話をしていると、激流が急に止まった。
そして、浄化の光りが消え逆流しだしたのです。
ここまで流されると出口が上だと分かるのですが、まさか水神様も収縮に?
ですが、考えている暇は有りません。
禁忌融合分離の収縮が、迫ってきているからです。
「薺君、水流操作をします。私に、しがみ付いて下さい」
「ですが、それでは姫に負担が」
「気にせずに、もっと……」
薺君にしがみ付いてもらい、水流操作をしていると、急に収縮の速度が上がり引き寄せられた。
「キャッ!」
薺君が右手を伸ばし、突起に手をかけた事で止まった。
ですが、水流操作だけでは上に行くことは出来ません。
ここからは、清水の激流を放ち、その勢いで上へ行くしか方法は有りません。
すると薄暗い中、薺君が顔を寄せて来た。
「姫……ごめん」
そして謝ると、抱きつく力を強めた。
しっかりと抱きついてくれた事で、水の抵抗が少なくなった。
これなら、清水の激流を放ち上へ行く事ができる。
ですが、収縮の速度が更に早まった。
清水の激流を両手で放つと、薺君が右手で突起をつかんで支え、私を左手で抱き寄せる。
そんなギリギリの状態も長くは続かず、収縮が足下まで迫ってきた。
二人とも、もう駄目かもしれない。
そう思った瞬間、再びフワフワした感覚が『心』を擽ってきた。
『「撫子さん、忙しーけどかまへん? ほんま、堪忍え。せやけど、えー知らせどす。皆さん、えー働きしてくれはったわ。お陰で、うちやっと姿を見せれるどす。せやけど、それだけやありゃしまへん。もーすぐ、天狐の外どす」』
桜が姿を見せる事が出来ると言うことは、私のレベルが99になり召喚する事が出来ると言う事。
ですがこの状態で召喚すると、共有可能MPが消えてしまう。
MP消費量の激しい清水の激流を放ち続けなければ、収縮に巻き込まれてしまう。
つまり、今この場で召喚すると確実に収縮に巻き込まれるのです。
ですが、この状況……並列思考と危機的状態による思考加速と考えても、時の流れる状況が止まっている様に感じられる。
これって、もしかして……
『「桜、私の中で能力を使用しているの?」』
『「そうどす。うち、時を操れるんどす」』
桜曰く、天狐と九尾の能力に加え、天狗の力を得た事で、超速思考に加え、MPを消費する事で、時空操作が出来るのだそうです。
しかも、少し前に私の心と会話していたのは今の桜だったようです。
つまり、時空操作をして過去の私と会話していたという事。
本来、生まれていなかった桜は、生まれてくるまで私と会話することは出来なかった。
ですが生まれた後、未来の私と会話したことで過去へ行き、過去の私と言葉を交わした。
『「行ってくるどす。せやから、撫子さん辛抱してな」』
『「はい」』
そして今回も能力を使用し、桜は過去に飛んだ。
すると、私の記憶に混乱が生じた。
先ほどまでの記憶と、今まで行ってきた記憶。
そして記憶を整理する前に、目の前が暗転し状況が変わった。
ここは、八頭龍の口内……先ほどまでは、激流の中で収縮から逃げている所でした。
そして今は、ちょっとした事で薺君に抱きついてしまった所です。
すると、フワフワした感覚が『心』を擽るように笑っていた。
『「うち戻って来たタイミングで、撫子さんえー具合に転けはったなぁ。どんくさーて、ほっとかれへんわぁ……」』
『「……」』
私も、どんくさいのは自覚が有ります。
ですが、薺君の前ではたまにですよ?
お兄ちゃんの前では、数えきれませんけれどね……。
『「今のは、言葉の綾どす。堪忍え。せやから薺さん、撫子さんの隣おるんやわー。うち、よー分かるわぁ」』
それに、そこまで言ったら訂正しなくても良いのに。
ですが桜のお陰で、状況が改善しました。
隔離器官に落ちた四つの赤核を、水神様の多重障壁で包み込み、稲成空狐の吸収と変貌を阻止する事ができた。
しかも、稲成空狐の気絶を直ぐに治す事で禁忌融合分離を阻止する事が出来たのです。
但し、気になる事が一つ有ります。
実は、多重障壁で包まれた隔離器官の中に魔法陣が現れたのです。
多重障壁を解いて赤核を破壊すればよかったのですが、その場で解いた場合に、もし八頭龍が吸収してしまうと大変なことになってしまう。
私達はその時、桜から石楠花達が協力して天狐の中から八頭龍ごと外に脱出する話を聞いていた。
ですので、脱出と同時に隔離器官を切り離し、隔離器官ごと外へ排出するよう稲成空狐達に頼んだ。
そして私達は水神様に案内され、隔離器官からこの入口まで来たという訳です。
『「桜、お帰りなさい」』
『「ただいま。けんど、薺さんめっちゃついてるんちゃう?」』
『「えっ?」』
桜が、言っている意味が分かりません。
寧ろ、薺君に迷惑かけている気がする。
『「いやこっち話しやさかい、気にせんといてぇ。せや、撫子さんよー見てみ。さっきの状況と、似てますやろ?」』
『「……そう言えば、そうですね」』
桜曰く、時空操作をすると先ほどと似通った状況になるそうです。
つまり、これは桜の時空操作で起こった事。
桜が思っているほど、私はどんくさくはない。
先ほど言われたことを思いだして、少し頬を膨らませていた。
『「撫子さん、そういうとこ、かいらしいなぁ。うち、せやからいけず言うてん。ほんま、堪忍え。薺さんも、見たいんちゃうやろか」』
桜がそれだけ言うと、止まっていた時が急に動きだした。
そして、その顔を薺君に見られた。
「姫、大丈夫ですか?」
「あっ、はい」
私は膨らませていた頬を元に戻し、恥ずかしくなって俯いた。
薺君、変に思わなかったかな?
そっと見上げると、笑顔を返してきた。
すると、激流の打ち付ける音が聞こえてきた。
この音は?
「恐らく、出口です。姫、衝撃に備えて下さい」
「はい」
薺君と一緒に八頭龍の牙につかまり、衝撃を吸収する清水の障壁を張った。
すると、打ち付ける音が少しずつ轟音へと変化。
轟音を近くに感じたと思うと、身体が宙に浮いた。
そして次の瞬間、凄まじい衝撃と共に地響きが辺りに木霊した。
二人で清水の障壁から出て来ると、八頭龍がなぜか激しく揺れた。
「キャッ!」
思わずその揺れで、私は障壁に座り込んだ。
隔離器官を切り離して、外に出した為の揺れかもしれません。
清水の障壁に座り込んでいると、薺君が手を差し伸べて来た。
「姫、八頭龍を出ましょう」
「はい」
返事をして立つと、チアさんが八頭龍の口内に慌てた表情で入り込んできた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
一日置きの更新とさせて頂きます。
不定期な時間になるかも知れませんが、何卒ご容赦下さい。




