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撫子達が天の口に入ると、雛菊が再び気を失い脱力した。
ブルーローズが、雛菊を支えていたが……強大な能力を持つ九尾化する寸前の天狐を、凍らせるには並大抵の能力では不可能。
それをブルーローズと雛菊は、野湯のエネルギーで無理矢理引き出した。
雛菊の場合は、ブルーローズと違って、野湯のエネルギーを雪化するのには負荷が掛かる。
何度も負荷を抱えた状態で、MPをほぼ使い切り、撫子の前では心配させぬと気を張っていた。
しかし、撫子が見えなくなった事で気力が衰えたのじゃ。
幼い雪ん子が、気絶するのは無理も無い。
ブルーローズを見ると、野湯をかき氷の様にして、気絶して倒れた雛菊に、少しずつ口移しで飲ませていた。
ブルーローズも、雛菊の負荷が少しでも無くなるよう考えているようじゃの。
……じゃが、口移しまでせんで良いじゃろうが!
わしが居るのに、理想の姿で何と破廉恥な!
じゃが、涼しげな表情で行うのがまた何とも言えぬのぉ。
「ブルーローズ、雛菊の様子はどうじゃ?」
ブルーローズを見ると、複雑な心境で雛菊の事を尋ねた。
すると、ブルーローズは髪をかき上げてこちらを向いた。
「ギリギリだったが、問題は無い。辛うじてMPを残し、撫子の元へ帰るのを免れた」
ブルーローズがそう言って雛菊を抱き起こすと、雛菊が目を少し開いた。
じゃが、まだ少し覚束無いようじゃの。
「……雛菊とお主は、要じゃからの。もしもの時は、再び雪氷獄の楽園を頼む。そして撫子達が出てきたら、わしが天に止めを刺す」
そう言って、真剣な表情で天を見つめていると、ブルーローズは雛菊を水のベッドに横たわらせ側まで来た。
そして、わしの背中を優しく包み込んだ。
「石楠花、撫子と薺を信じて待て。きっと、天は助かる」
こ奴……幼い少女となっても、わしの乙女心を擽ってきおるのぉ。
じゃから、お主をイジりたくなるのじゃ。
嫌がるブルーローズに抱きつき返していると、周りから瘴気が集まって来た。
「ここいらの瘴気は、全て凍っておる筈じゃ。なぜ、瘴気が集まって来るのじゃ?」
雪氷獄の楽園は予想以上の能力で、天と闇の野狐と周りの瘴気をも完全に凍らせた。
ここまで凍らせられれば、天とて30分は凍ったままの筈じゃ。
そう言えば、闇の野狐が別の場所からやって来ていたのが、急にピタリと止んだ。
じゃが、他の場所を漂うだけの瘴気が集まって来るなど有り得ない。
「石楠花、我から離れろ」
瘴気の様子を窺っていると、抱きしめているブルーローズがモゾモゾしだした。
こ奴、ドサクサに紛れてわしを触って来おる。
なら、もっと触らしてやる。
ほーれ、ほれ。
「ブルーローズ、五月蠅いぞ!」
かっかっか。
五月蠅いと言って、逆に押しつけてやったわい。
どうじゃ? 心地よいじゃろ?
「フニャァァァ」
それにしても、最近ブルーローズをイジくるのが楽しくなってきたのぉ。
以前は、攻撃しあって確かめ合うのが楽しみじゃったが、これも撫子達の影響かの。
ブルーローズをイジくっていると、急激に瘴気が濃くなっていった。
わしは、イジくるのが忙しいと言うのに、空気を読めぬ瘴気じゃのぉ。
「じゃが、ちと不味い。羽団扇よ、瘴気を散らせ! 【暴風扇!】」
羽団扇で仰ぎ、瘴気を散らせた。
この瘴気は、普通の瘴気では無いのか?
もしや、異界の魔法陣から溢れ出たものか?
じゃが、魔法陣はどこにも無かった筈。
天が、取り込んで浄化できぬ大蛇……まさか、天の中か?
「フモフモ」
天の中の事を考えていると、ブルーローズが口を動かし始めた。
まるで、赤ん坊のようじゃのぉ。
ちと、母性本能が擽られるわい。
クッ! じゃが、また瘴気が集まってきおった。
「暴風よ、舞い狂え! 【暴風の舞い!】」
何度も仰いで、やっと散らせたか。
そう言えば太郎坊総大が帰った後、治朗坊がわしに手紙を寄越した。
その内容には、神が脅威を抑え込んだが、まだ世界でも不可思議なことが起こっていると書いてあった。
その事に対し、神の使いと協力し、世界に散らばる天狗や能力の高い善なるものが、それを治めているとも書いてあった。
太郎坊総大達が来るのが遅いのは、この国の他の場所でも、何かしらの事が起きているのやもしれぬ。
何度も散らしていた瘴気が、今度は上空で集まりだした。
クッ! 流石に片手では限界か。
仕方がない……ブルーローズを、解放してやるか。
「プッファ!」
ブルーローズを解放すると、顔を赤くして離れた。
「石楠花、いい加減にせい! 我は、其方の赤子では無いぞ!」
カッカッカ!
母性本能擽られるほど、吸い付いて来おったのにのぉ。
まあ、わしがやったのじゃが。
「ブルーローズ、それより野湯はまだ有るか?」
「……野湯は、まだ沢山有るぞ」
ブルーローズに野湯を確認すると、暫く黙った後に話し出した。
「だが……」
そして顔を赤らめて何かを言いかけたので、直ぐに上空を指さした。
すると、釣られてブルーローズも上空を見上げた。
「なっ!」
見上げた上空には、濃い瘴気が渦巻いていた。
しかも、暴風が吹き荒れる中で――
「ブルーローズ、あの瘴気を何と見る?」
「この世界の、瘴気では無い……もしや、近くの魔法陣から現れたのか?」
ブルーローズは辺りを見渡すと、魔法陣を探した。
「いや、わしも探したが辺りに魔法陣は無い」
探したことを伝えると、ブルーローズは目を細めた。
一番考えられるが、やはり一番考えたくない答えにたどり着いたようだ。
わしも、そうで有ったからの。
「まさか、天の中か……」
「わしも、そう睨んでおる」
「ならば、撫子達の元へ」
わしも、そう思ったのじゃが……
「じゃが、倒さねばならぬ野狐がいるのじゃ」
二人で上空を見上げると、瘴気の渦が、濃い瘴気を纏った大野狐へと姿を変えていった。
その大野狐からは、ピリピリと感じる強大な力が有った。
これは、普通の闇の野狐では無いと直ぐに感じ取れた。
そして大野狐は、わしらでは無く天に狙いを定めた。
「たかが大野狐の癖に、威圧が凄まじいのぉ。羽団扇よ、雷雲を呼び野狐の闇を雷撃で祓え!」
雷撃が直撃したと思ったが、纏う瘴気が消え去るだけで、大野狐を浄化することが出来なかった。
しかし纏う瘴気が消え去ると、後退し再び瘴気を集めて纏った。
大野狐の体躯は、大凡30mといった所か。
じゃが、天を守らねば撫子達が巻き込まれる恐れが有る。
野湯が有るとは言え、ブルーローズと雛菊には、もしもの時の為に力を温存してもらわねばならぬ。
それに、雛菊はまだ完全では無い。
ここは、わし一人で大野狐を相手するしかないようじゃ。
天障壁から一人で出て来くると、雷撃を大野狐に放ちつつ凍り付いた天を背にした。
「ブルーローズ、雛菊を頼む」
するとブルーローズは、雛菊の近くに野湯が凝縮された瓶を数本置き、天障壁から出てきた。
「いや、ここは我も一緒に戦おう」
「何故じゃ?」
「石楠花、よく見よ! 大野狐は瘴気を吸い込み、少しずつ巨大化しておる。まだ、何をしでかすか分からぬ。それに、四方八方から闇の野狐が来ておる。其方だけでは、対応出来ぬ」
大野狐を見ると、確かに30mだった体躯が少し大きくなっていた。
「むう……分かった」
仕方がないのぉ。
久方ぶりにブルーローズとペアを組み、大野狐を討ち滅ぼしてくれようぞ。
「じゃが、その前に……甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸、大天狗石楠花が命ずる。式神十二天将、参るのじゃ!」
印を刻み手を叩き合わせると、十二天将が姿を現した。
「四神よ、天を守れ! 天后と貴人は、協力して北を。騰虵と太裳は、協力して南を。六合と勾陳は、協力して東を。太陰と天空は、協力して西を。それぞれから来る、闇の野狐を浄化するのじゃ」
そして呼び出した式神に命令すると、それぞれが持ち場に着いた。
「ブルーローズよ、これで文句は無かろう」
「うむ。ならば、我は龍と化す。石楠花、其方は我の上に乗るのだ」
こうして石楠花とブルーローズは、巨大化していく大野狐と戦う事になったのである。
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