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ブルーローズに乗って野湯に向かっていると、急に石楠花が慌てだした。
「何じゃ? 一体、どうなっておる?」
「石楠花、どうしたのですか?」
石楠花曰く、近隣に有る一部の人間が管理する野湯の殆どから、大地のエネルギーが消失しているそうです。
人にとって影響は皆無ですが、天狗や能力の高いあやかしにとって、エネルギーの恩恵が受けられない只の湯となっているそうです。
「気になりますね……」
「うむ、そうなのじゃ」
ですが、一体誰がそのエネルギーを消費したのでしょうか?
是界坊のように、何か企んでいる天狗の仕業でしょうか?
それとも、傷ついたあやかしが傷を癒すために吸収したのでしょうか?
石楠花に聞いてみると、この地にいる天狗は八天狗に従っているので有り得ないそうです。
それに例え、あやかしが傷を負い治療の為に大地のエネルギーを吸収しようと、野湯のエネルギーが消失するまでの事は、余程の大あやかしで無い限りないそうです。
大あやかしが野湯のエネルギーを一カ所消失させたとしても、一カ所だけで十分事足りるそうです。
ですが、八つの野湯のエネルギーが消失させられていると言うことは、通常では有り得ないのだそうです。
もし魔法陣が出現し、魔物がそのエネルギーを吸収しているのなら、私達で倒さなくてはなりません。
ですので、ヘイズスターバースト達に頼んでエネルギーが消失した野湯を調査して貰った。
ですが、野湯の近辺では魔法陣はおろか、魔物すら確認する事は出来ませんでした。
「じゃが、わしの野湯は無事じゃろう。あ奴らも、おるからのぉ」
「どなたか、知り合いがいらっしゃるのですか?」
元々石楠花が神通力で隠した秘密の野湯は、善なるあやかし達が修行する山の一角に有った。
しかし、その野湯は大地のエネルギーがとても少なく効果がなかった。
ですが有る時、善なる妖狐の頭領が修行中に大怪我を負った。
頭領は傷を癒すため、毎日その野湯に通ったが傷は簡単には治らなかった。
傷が治らなかった事で、妖狐の頭領は頭領の座を子に譲った。
そして時が過ぎ、空を飛んでいた石楠花が野湯で傷を癒していた元頭領と出会った。
野湯好きな石楠花は、元頭領と話していくうちに元頭領のことを不憫に思えてきた。
そこで見兼ねた石楠花が、神通力を使用し野湯を活性化。
活性化させた事で、その野湯は大地のエネルギーが溢れ出るようになった。
元頭領の傷が癒え、石楠花は感謝された。
そして石楠花は、元頭領とその野湯をいつでも使用して良いように契約した。
しかし大地のエネルギーが溢れ出るようになった野湯は、悪しきあやかしに使用される恐れが有る。
その為、石楠花は元頭領に頼まれ神通力を使用しその野湯を隠した。
それ以降、その野湯は妖狐の元頭領の一族が管理している。
その為、神通力で隠した秘密の野湯の近くに魔法陣が出現したとしても、魔物が現れる前に妖狐の一族が破壊してくれるそうです。
ましてや、悪しきあやかしでは近づく事さえ出来ない特別な野湯なのだそうです。
「恐らく、一時的な消失じゃろう。地震が起こった時、稀に有るのじゃ」
「そう言えば、温泉宿を出立する前に少し揺れましたからね」
人の管理する野湯では、地震が起こると危険な場所も有るようですが、今から行く野湯は神通力で守られているので大丈夫なのだそうです。
幾つもの深い山が見えて来ると、石楠花がブルーローズの鼻先まで行って座った。
「ブルーローズ、次の山じゃ。わしが結界に触れた瞬間、直ぐに入ってくれ」
「うむ」
ブルーローズが加速すると、石楠花が右手を前に出した。
その瞬間、空が虹色に変化して空間が歪み一瞬で元に戻った。
すると、辺り一帯が湯気に覆われた。
「その辺で、良いじゃろう。ブルーローズ、降りてくれるか?」
「うむ」
ブルーローズが巨大な野湯の前に降りると、美しい毛並みの、白狐、黒狐、銀狐、金狐がやって来た。
そして白狐が前に出ると、白髪の美少年に変化し、石楠花の前で頭を垂れた。
「豊前坊様、お久しぶりで御座います」
「久しいのぉ、白。天は、息災か?」
「それが……豊前坊様、お願いです。天様の元へ、来て頂けますか?」
白が急ぐように案内しようとしていたので、石楠花が白に少し待つよう手で制した。
「ブルーローズ、他の者と少し待ってくれるか?」
「うむ、我らに気にせず天の元へ行ってやれ」
石楠花がブルーローズに皆の事を任せていると、石楠花が私の元に急いで来た。
「どうやら、天は急を要する様じゃ。撫子の、力がいるやもしれん。済まぬが、わしについて来てくれるか?」
「はい」
私が返事をすると、白が私に深くお辞儀をした。
「豊前坊様、お嬢様、こちらにお越し下さい」
私達は白に案内され、野湯から少し離れた鳥居まで案内された。
そして白が指を鳴らすと、鳥居の中に小さな光りが現れた。
その光りに導かれ、白と共に鳥居を潜ると、急に大きな神社の前に出てきた。
どうやら鳥居は、転送先に繋げる門だったようです。
「豊前坊様、お嬢様、天様はこの社の最も奥です。私は、これより先へ行く許可を頂いておりません。どうか天様を、何卒お願い申し上げます」
「うむ」
「はい」
私達が返事をすると、白は頭を下げたままの姿勢でいた。
こうして私達は、神社の最も奥へ向かう事になった。
神社の扉を開けると、瘴気と思われる真っ黒な闇が渦巻いていた。
普通なら外に溢れ出ると思うのですが、神社の扉に結界が張られているようで、瘴気は神社の中に留まっていた。
「何じゃ、この瘴気に入り交じった妖気は? 天のものとは、到底思えぬ」
石楠花曰く、以前有った天と言う妖狐は天狐であったそうです。
天狐であるなら、私達からすればそれは神使に等しい存在。
それがまるで今は、白面金毛九尾の様な瘴気と妖気の圧を放っていると言うのです。
「石楠花、早く天さんの元へ行ってあげませんか?」
もし私の癒やしの光りで治せるものなら、天さんを治してあげたい。
天さんが石楠花と、親しい間柄なら尚更です。
「いや待つのじゃ、撫子。念の為に、外套を纏うのじゃ」
「はい」
外套をネックレスから取り出していると、石楠花が炎を纏う鳥を作り出した。
炎を纏う鳥は巨大でしたが、石楠花に甘えるように頭を下げてきた。
「おー、よしよし。此奴は図体がデカいのに、甘えん坊じゃからのぉ」
「石楠花、その子の炎は触れても大丈夫なのですか?」
「此奴は、わしの式神朱雀じゃ。敵対する者以外は、消し炭にせんぞ? ほれ、撫子も撫でてみるかのぉ?」
「あっ、はい」
恐る恐る朱雀に近づくと、纏っている炎に触れても熱くありませんでした。
寧ろ、フワフワの羽毛が心地よかったです。
「ちと、朱雀に先行させ様子を見る」
「分かりました」
朱雀は石楠花が持つもう一つの依り代と繋がっており、何か有ればその依り代が燃えてしまうそうです。
そして、朱雀に先行させ暫くすると依り代が燃えてしまいました。
「わしの式神を、攻撃するとは……。どうやら、歓迎されておらんようじゃのぉ。撫子、今から絶対障壁を教える。これは、八天狗の上位の者しか使えん。じゃが、信頼を得た撫子なら使えるじゃろう。先ずは、この妖気の圧に当てられぬよう、周りを覆うイメージを思い浮かべるのじゃ。そして、邪気を払う聖光、闇夜を照らす迅雷、闇を浄化する清水、魔を退け身を守る大地、魔を切り裂く烈風、魔を滅する劫火、魔を凍らせる白魔で更に覆うのじゃ」
「……はい」
返事をしたものの、これだけの能力を同時に操るのはかなり大変です。
私一人だけでは、困難だと思う。
ですので、それぞれの能力を司るあやかし達の顔を強く思い浮かべ、あやかし達の力を借りなければなりません。
瞼を閉じ集中する様に力を入れ、能力を司る皆の顔を思い描いていた。
すると、石楠花が私の手に手を添えてきた。
「撫子、力む必要は無い。わしらは、いつも側におると思えばよいのじゃ」
そう言われて肩の力を抜き、ゆっくりと瞼を開けると、あやかし達の幸せそうな顔が見えてきた。
その瞬間、白色、金色、水色、黄色、薄緑色、朱色、銀色をした虹色の薄い膜が私達を優しく包み込み透明化した。
「うむ。初めてにしては、上出来じゃのぉ。ちと弱いが、これが多属性絶対障壁じゃ。一つの属性の障壁と違い、お互いの劣る力をそれぞれがカバーする。一つの属性を何重にも貼る多重障壁よりも、遥かに強固で柔軟じゃぞ」
「石楠花、教えてくれてありがとうございます」
石楠花にお礼を伝えると、二人で闇が渦巻く神社の門に入った。
その瞬間、数体の妖狐が一斉に襲いかかって来た。
しかし、私が張った多属性絶対障壁に弾かれ闇となって消え失せた。
「撫子、今のは闇の野狐じゃ」
「闇の野狐とは、何ですか?」
石楠花によると、瘴気で作られた悪しき魂となった妖狐の亡霊なのだそうです。
「じゃが、多属性絶対障壁が有る限り、奴らは攻撃出来んから気にするでない。それより、先を急ぐぞ」
「はい」
奥へ進むと、所かしこに鳥居と祠があった。
そして同時に、闇の野狐の数が数十体へと増えていった。
闇を照らす多属性絶対障壁の光りで、辺りをよく観察すると、闇の野狐は鳥居で通じる祠から溢れ出てきており、奥へ進むにつれて鳥居と祠も増えて行った。
石楠花曰く、これらの鳥居と祠は天狐が住まう祠を守り隠す為にある物で、本来は一本道なのだそうです。
そして奥へ進むにつれて、闇の野狐の数が数百体から数千体へと次第に増えて行った。
しかし、その度に多属性絶対障壁に弾かれ消滅していった。
いくら悪しき魂となった妖狐の亡霊でも、私は少し気が引けてきました。
石楠花にその事を打ち明けると、多属性絶対障壁により悪しき魂が浄化され、善なる魂となって生まれ変わることが出来るそうです。
つまり、闇の野狐を倒せば倒すほど結果的に、救っているのだそうです。
「撫子、そろそろ最奥の筈じゃ。じゃが、わしの式神が倒されたことを考えると、天がどうなっておるか分からぬ。故に、対処出来るよう武器を持つのじゃ。天は、山のようにデカいからのぉ」
「はい、分かりました」
返事をして武器を構え正面を見た瞬間、多属性絶対障壁ごと私達は吹き飛ばされた。
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