12
漆黒の翼と毛に覆われた烏天狗が、綿菓子が吹き荒れる中こちらを覗いていた。
ですが、私達の姿があまり見えていないようです。
頻りに、匂いを嗅いで確認していた。
恐らく、外と中の光りの差で見えていないのだと思う。
「イグルーかと思ったが、ここだったのか。味な真似を、しやがって。お陰で、気づくのに時間がかかったぜ!」
木の間に作った結界や折れたお菓子の木と綿菓子が絡みつき、良い具合に巨大なイグルーの様になっていたようです。
そう言えば、マシュマロで作られた巨大な窯倉が周りに幾つか見えていました。
このお菓子達が、私達に味方してくれたようです。
ですが結界が破壊された今、イグルー状に出来た綿菓子も、吹雪く綿菓子の中では長くは持たない。
先ほどから、ミシミシと音を立て始めました。
恐らくお菓子の木が折れると、綿菓子で包まれたイグルーは崩壊するでしょう。
ですが、外は綿菓子の猛吹雪。
そして前には、3mは有ろうかと思われる烏天狗。
烏天狗に、攻撃を仕掛けるか……。
弓に手を添えていると、石楠花が前に出て私を止めた。
「撫子、わしの後ろに下がるのじゃ。足止めになるか分からぬが、式神で仕掛けてみる」
「お願いします」
式神に前衛を任せて、私達が後方から攻撃する。
いくら烏天狗の弱点が無くなったとは言え、協力して攻撃すれば、きっと奪われた羽団扇を取り戻せるはずです。
「甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸、式神天后、式神玄武よ、参るのじゃ!」
石楠花が上、左下、右、左、右下、上、右、右下、左下、左、上と印を刻み、手を叩き合わせた。
すると周りのお菓子が集まりだし、女性と足が長い亀のような物を形取った。
そして、その式神達が烏天狗に向かっていった。
イグルー内で作り出したので大きさは私達と変わりませんが、その式神達からは凄まじい力を感じました。
この式神達が居れば……
「石楠花、私達も攻撃を」
「いや、待て撫子。その前に、あ奴に名を知られぬ方が良いじゃろ?」
「えっ?」
どういう事、でしょうか?
不思議に思っていると、心に伝わって来ました。
石楠花は、最悪の状況を考えたようです。
もし最悪撤退し烏天狗に名を知られていると、石楠花の様に神通力で場所を特定されてしまうようです。
場所を特定されると、私達が巻き込まれた様に、今度は私の家族や学校などに被害が行くかもしれないそうです。
確かに、私の家族や学校の皆を巻き込むわけにはいきません。
「撫子、テリトリーにいるうちは名を常夏とするが、それで良いかのぉ?」
「はい、お願いします」
返事をすると石楠花が振り返り、隣にいるメイドさんと私の足下に隠れた雛菊に眼を向けた。
「他の者も、それで頼む」
「常夏娘娘ですね。承知致しました、石楠花様」
「石楠花おねぇたん、ピィ分かった。常夏おねぇたん、ね」
「うむ」
二人が返事をすると、石楠花は頷いて前を向いた。
烏天狗を見ると、式神達の形が崩れていった。
なぜ、あんなに力を持った式神が何も出来ずに崩れたの?
「むう……やはり、無駄じゃったか。せめて、方角と季節が合えば簡単には解けぬのにのぉ……」
方角? 季節?
私には、理解出来ません。
ですがきっと、式神の能力に関係あるのでしょう。
「豊前坊、俺様を舐めてるのか? 何度やっても……クソッ! 綿菓子が、邪魔だ!」
烏天狗を見ると、綿菓子の猛吹雪が急に吹き荒れて纏わり付き瞬く間に白くなった。
「羽団扇よ、暴風を消し去れ!」
烏天狗が羽団扇を掲げると、綿菓子の猛吹雪が収まった。
すると、烏天狗に大きな綿菓子が降ってきた。
「ブハッ! 前が、埋まった! 豊前坊、出てこい! 素直に負けを認め、人との契約を破棄しろ!」
どうやら綿菓子のイグルーが、烏天狗側から崩壊しているようです。
「常夏、雛菊、メイド……で良いのか?」
石楠花は、メイドさんを見てヘイズスターバーストと言って良いか悩んだようです。
ですが結局、メイドさんで良いと思ったようです。
「はい。石楠花様」
メイドさんも、その名で承知したようです。
「では皆の者、後ろに有る木々の間を突っ切るのじゃ!」
「「はい!」」
「うん。ふわー、メイドたん?」
私とメイドさんが返事をすると、石楠花が木々の間の綿菓子を吹き飛ばし、メイドさんが雛菊を抱きかかえた。
私が雛菊を抱きかかえようとしていたのですが、メイドさんが気遣ってくれたようです。
すると、雛菊が雪だるまを指さした。
「だるまたん、守って」
すると、烏天狗が入口の綿菓子を吹き飛ばした。
その瞬間、雪だるまが烏天狗に取り付いた。
「雪ん子、へばり付くな!」
烏天狗が雪だるまを相手している間に、私達は木々の間をすり抜けた。
すると同時に、綿菓子のイグルーが崩壊した。
「何!」
崩壊の最中、烏天狗の声がした。
ですがなぜ、雪だるまを雛菊と間違えたのでしょう?
しかも石楠花の式神とは違って、戸惑っているように見えた。
私には戸惑っている意味が分かりませんが、何か意味が有るのかもしれません。
距離を取るため走っていると、すっかり綿菓子の吹雪が収まっている事に気がついた。
そして辺りに見える窯倉が、先ほどまで私達が居たイグルーの様になっていた。
「あっ、だるまたん溶けちゃった」
「えっ?」
どうやら力が強い雪だるまは、雪兎と違って雛菊から離れすぎると、溶けてしまうようです。
しかも雪だるまは、攻撃する相手に自身の姿を雛菊に見せる能力が有るようです。
だから烏天狗が、雛菊と間違えたのですね。
後ろを振り返ると、そこにはお菓子の山が出来ていた。
しかし次の瞬間、お菓子の山から烏天狗の腕が出てきた。
「洒落臭いわ!」
そしてお菓子が辺りに飛び散ると、漆黒の翼を広げた烏天狗が空に舞った。
漆黒の翼を広げると、烏天狗が更に巨大に見えた。
石楠花は、一人であんな巨大な烏天狗と戦っていたのですね。
ですが、今は私達がいます。
それに、奪われた羽団扇を取り戻せる方法がきっと有るはずです。
「豊前坊、ぶが悪いからといって女天狗と……ブホッ!」
烏天狗が私達を睨みつけると、なぜか綿菓子の山に墜落した。
「何じゃ、あ奴? なぜ、ダメージを受けたのじゃ?」
「分かりません。ですが石楠花、今のうちに距離を取って対策しましょう」
「うむ」
ですが、何かが烏天狗に作用したのかもしれません。
もし作用した物が弱点なら、奪われた羽団扇を取り戻せるかもしれない。
こうして私達は弱点を分析する為に、その場から距離を取る事にした。
私は距離を取っている時、石楠花から烏天狗の弱点になりそうな情報を聞いた。
すると烏天狗が一番初めにしたことは、最大の弱点であった火の攻撃を軽減するため、あべこべの羽団扇を使用し向かう先々を全て冬に変更した事。
この世界では季節を冬にする事で、自然の摂理に影響を与え、火の神通力を弱くすることが出来るそうです。
そしてその場所が冬になれば、冬だった場所がその場所の季節となるそうです。
二つ目はこのテリトリーの女性化を、自身だけあべこべの羽団扇を使用し解除した事。
これはテリトリーの性質であり、そのまま性質を残したのは、男性が多い天狗の救援を阻止したものだろうと言っていた。
三つ目はこのテリトリーに入った男性の強者を弱者にさせる力を、自身だけあべこべの羽団扇を使用し解除した事。
男性の強者を弱者に逆転させるテリトリーの性質は、元々男性だった者にだけ作用する。
これもテリトリーの性質であり、そのまま性質を残したのは、救援に駆け付けた男性の弱体化を狙った物だろうと言っていた。
他にも、このテリトリーには色々と性質が有るそうです。
持ち物を限定させる為、能力で作り出した物以外の衣服は持ち込み禁止。
被害を最小限にする為、この世界を作り出した時に、元々現実に有る物をお菓子にした事。
邪な考えを持つ男性に、男性の邪な妄想で魔物を作り出し警告するなど。
このテリトリーは、男性にとって不利になる性質が有るように作ったそうです。
それは全て、烏天狗と話し合う為だったようです。
「……ちょっと待って下さい、石楠花。と言うことは、もし薺君達が来たら?」
私が素朴な疑問を問いかけると、石楠花がニヤリと笑い何かを口に含んだ。
「ムシャムシャ、ゴックン。当然、女子になるじゃろうのぉ。じゃが、安心せい。入口は、簡単には入れぬ」
簡単に入れないとしても、薺君達にはブルーローズがついています。
ブルーローズなら、簡単に入れない場所で有っても、能力を駆使して入ろうとしてくる筈。
況してや、私達の別邸に張られた結界なら尚更。
「でも、ブルーローズなら入れるのでは?」
私が指摘すると、石楠花が無いとでも言うように手を振った。
「……あ奴は、賢い。是界坊に入口を改変されていなければ、第一の世界に入った時点で、わしのテリトリーだと気づく。プライドの高い、奴の事じゃ。余程でない限り、第二の世界には入っては来ぬだろうしのぉ」
そうは言っても、ブルーローズはプライドよりも私達の事を優先すると思う。
なぜなら、今までそうでしたからね。
「それに、極端に弱くなるのは男のあやかしだけじゃぞ? 人は、わしが思い描くめんこい女子になるだけじゃしのぉ。ホッホッホッ」
石楠花が思い描く、女の子?
「常夏? ちと聞くが、初な娘となった薺達を見てみたくはないか?」
……正直言うと、見てみたい。
だけど、石楠花は急にどうしたのでしょう?
しかも、なぜこんな時に笑って?
不思議に思っていると、石楠花がまた何かを口に含み舌なめずりした。
「石楠花、それは?」
「これはのぉ、お土産の中に有ったのじゃ。他のお土産も食べてみたが、これが頗る美味いのじゃ。しかものぉ、わしの能力を頗る向上させるのじゃ」
あれ? 初めに、聞いた話と違います。
石楠花は大人のお菓子を一口食べて、能力を向上させたのではなかったのですか?
すると、ボロボロとお土産の空箱が落ちてきた。
えっ? これって、洋酒入りのチョコレートの箱。
一体どこに、隠していたのでしょうか?
後ろを見ると、落ちた空箱は巨大となってお菓子となった。
色々と腑に落ちない点が有りますが、それは後から石楠花に聞けば良いです。
なぜなら後方で墜落していた烏天狗が、お菓子の山から出てきて、怒ったように顔を赤くして眼を瞑っていたからです。
そして持っていた羽団扇を漆黒の毛にしまうと、代わりに錫杖を出して打ち鳴らした。
あの錫杖が、烏天狗本来の武器なのでしょうか?
それにしても石楠花といい烏天狗といい、二人ともどこから出し入れしているのでしょうか?
「メイドさん、雛菊と一緒に離れて下さい」
メイドさんに雛菊と一緒に逃げるよう伝えると、フライパンを二つ出してきた。
「常夏娘娘、私も戦います」
……メイドさんも、どこからフライパンを出してきたの?
メイドさんがフライパンを両手に持つと、雛菊が雪だるまを作り出した。
「常夏おねぇたん、ピィも一緒」
二人からは、私を守りたいと言う気持ちが、ひしひしと伝わって来た。
二人がその気なら、無碍には出来ません。
「分かりました。ですが、決して無理はしないで下さいね」
「はい」
「うん」
二人が返事をすると、烏天狗が錫杖を掲げた。
「やはり俺様は、人と豊前坊が契約した事を認めん!」
そう言った瞬間、落雷が辺りに落ちた。
一体何が、烏天狗を怒らせたのでしょう?
「是界坊、なぜ分からぬのじゃ。八天狗も、認めたのだぞ!」
すると石楠花は、印を刻んで烏天狗に巨大な火山弾を放った。
放った巨大な火山弾が、烏天狗を襲う。
しかし火山弾が直撃したのに、烏天狗は無傷だった。
大人のお菓子で石楠花の能力が向上しても、烏天狗を取り押さえたり気絶させたりしなくては、羽団扇を取り戻すことは出来ません。
先ほどは、なぜあれ程までダメージを受けたのか不明です。
あの時、羽団扇を取り戻していれば良かった。
私達は、烏天狗に警戒し過ぎて見誤りました。
それに、なぜ烏天狗は眼を瞑っているのでしょうか?
意味が、分かりません。
「どこの馬の骨かもしれん奴が、俺様の……五月蠅い! 豊前坊、俺様は認めんと言ったら、認めんぞ!」
烏天狗は顔を横に向けると、鉄砲水を私達に放って来た。
どうやら眼を使用せずとも、耳で私達の位置が分かるようです。
それに、烏天狗の言いかけた言葉が気になります。
「そんな事を申しておると、其方の祖父の二の舞になるぞ!」
すると、石楠花が印を刻んで手を地に付け、壁を作り出して鉄砲水を防いだ。
私も石楠花の補助で矢を放ちましたが、錫杖で悉く打ち落とされた。
「五月蠅い、五月蠅い! 俺様は、先代とは違う! 人と関わり、人の娘を娶ったから悪いのだ! 豊前坊、直ぐに契約を破棄しろ!」
烏天狗がそう言って錫杖を振り回すと、竜巻が起こった。
「わしは、契約の破棄は絶対にせぬと言っておろうが!」
すると石楠花が印を刻んで手を交差させ、竜巻と逆方向の渦を作り出し、竜巻を打ち消した。
そして更に印を刻み、天を指さすと落雷が烏天狗に落ちた。
しかし烏天狗に雷が落ちた瞬間、漆黒だった翼と毛が金色になった。
「ならば豊前坊、俺様が力ずくで分からせるまでよ! 【迅雷翼!】」
「不味い! 常夏、わしと共に結界を張るのじゃ!」
「はい」
「ピィも、雪の結界するの!」
「私は、フライパンで!」
石楠花の結界と私の水の結界を張った瞬間、結界が破壊された。
どうやら迅雷翼は、雷の様な凄まじい早さを烏天狗の翼に宿す神通力のようです。
メイドさんを見ると、フライパンで烏天狗の錫杖を防いでいた。
その瞬間、烏天狗が凍り付いた。
これは、雛菊の結界?
二人とも、もう連携している。
凄い。
でも今なら、羽団扇を取り戻せるかもしれない。
そう考えた瞬間、雛菊の結界にヒビが入った。
「常夏、メイド、深追いするな!」
石楠花が雛菊を抱きかかえて離れたので、私達も離れようとすると雛菊の結界が爆風を伴い砕け散った。
咄嗟に弓を懐剣にして防いだが、私とメイドさんは爆風で吹き飛ばされた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。




