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腕輪の光が収まると、タイチンツチルクオーツの金針が赤針になっていた。
因みに、赤針のルチルはレッドルチルクオーツと言います。
赤針となったルチルクオーツを不思議に思い見つめていると、女性なのか猫なのか分からない声が聞こえる気がした。
勘違いかと思い、目を瞑って『心』に耳を傾けると、女性の声で私の名を呼び、語尾なのか、にゃんにゃんと呼んでいる事が分かってきた。
ですが、いつもの王子や宰相の声と違います。
一体、どなたでしょうか?
ヘイズスターバースト自体が一つの国ですので、王や貴族の他に、住民も含まれているからです。
それに今まで話してくれていた彼らは、どうしたのでしょう?
『「撫子娘娘、私共の声を聞いて頂けますか? ……娘娘?」』
耳を傾ける度に、段々と鮮明に聞こえて来た。
戸惑いを感じつつ、私は聞いてみることにした。
「あのう、すみません。貴女は、ヘイズスターバーストですか?」
不安な気持ちで聞いてみると、腕輪がほんのりと朱色に輝いた。
どうやら先ほどの強い光は、ヘイズスターバースト達の不安から来たもののようだ。
『「はい、私共はヘイズスターバーストの一部。王子の、側付きメイドです。撫子娘娘、初めてお話しさせて頂きましたが、聞いて頂き感謝致します」』
その女性に話を聞くと、ヘイズスターバーストの中に存在する男性スケルトンは、この結界に入った瞬間、全て止まって動かなくなり、周りの女性スケルトン達は慌てふためいた。
その為、王子の側付きメイド達が立ち上がり、場をおさめて表に出てきたそうです。
どうやらこの結界内は、女性以外活動する事の出来ない、何らかの強い力が働いているようです。
今までの事を考えると、この結界内は女性専用の湯船と同じ様な扱い。
なので、下着をつけて入室する事が出来なかった。
そう考えると、辻褄が合います。
ですがそう考えると、不安になってきた。
つまり何らかの力が働かない限り、この結界の中に薺君達は助けに来る事が出来ないと言うことです。
『「撫子娘娘、もし宜しければ私共を召喚して頂けないですか?」』
女性のヘイズスターバースト達が、そう提案してきた。
どうやら、私の不安な気持ちを察してくれたようです。
巨大な部屋と言って良いのか不明ですが、一人で石楠花を探すには、余りにも広すぎますからね。
「私から、お願いしようと思っていたところです」
返事をして女性のヘイズスターバースト達を召喚すると、いつもの鎧では無く、メイド服の上に骨で出来た左右違う胸当てのような物と腰回りを守る物を付けた巨大なスケルトンが現れた。
しかし急にメイド服だけが消え、胸当ての様な物とスカートのような物だけになった。
「撫子娘娘、お見苦しい姿で申し訳ありません。この空間は、私共の能力で作った物しか、存在出来ないようです。娘娘も、よろしければ私共の能力で作った、栴檀の板と鳩尾の板、それに草摺をお召しになりませんか?」
栴檀の板と鳩尾の板と草摺?
今まで、聞いた事も見た事も無いです。
「それは、何ですか?」
「簡単に言えば、胸元を守る防具と腰から下を守る防具です」
そう言ってメイドスケルトンが、自身の胸と下部を隠す仕草をし小首を傾けた。
腕輪はいつも付けているので、お風呂で裸を見られても平気でしたが、女性らしい仕草をするメイドスケルトンに、私の裸を指摘されたので急に恥ずかしくなった。
「……おっ、お願いします」
そう言って私も同じ様に胸と下部を手で隠すと、メイドスケルトンが頷いて、栴檀の板と鳩尾の板と草摺を作り出し慣れた手つきで着せてくれた。
「撫子娘娘、何を着てもお似合いです。私共は骨しか御座いませんので、羨ましい限りです」
「……あっ、ありがとうございます」
裸に防具を着けた姿を、メイドスケルトンに似合っていると褒められましたが、これは喜んで良いものなのでしょうか?
全く何も着ていないよりは増しだと思いたいですが、男の子達には絶対に見せたくない姿です。
歩く度に二つ有る板状の骨が揺れるので、板状の骨で胸を押さえなければ、横からチラチラと見えてしまいますからね……。
ですがある意味、この結界内が女性しか存在出来ない場所で助かったとも言えます。
試しに向日葵様の水着を取り出そうとしましたが、やはり出てきませんでした。
板状の骨で胸を押さえながら歩いていると、メイドスケルトンが右手を下に降ろしてきた。
「撫子娘娘、私共の左鎖骨に乗られますか?」
巨大なメイドスケルトンに乗れば、高い位置から石楠花を探すことが出来る。
神通力を使用して浮遊する事も可能ですが、何が待ち受けているか分からない状態では、少しでもMPを温存したいですからね。
「はい、お願いします」
メイドスケルトンの左鎖骨と鳩尾の板の間に乗せて貰うと、周りがよく見渡せた。
そしてよく周りを見てみると、巨大なお菓子の食べかすが落ちているのが見えた。
この食べかすは、何者かが荒らしたお土産の残骸かもしれません。
残骸を見ていると、巨大なダイニングチェアーの上に、透明な袋の残骸が見えた。
「メイドさん、手前にあるダイニングチェアーまでお願い出来ますか?」
「はい、分かりました」
メイドスケルトンが返事をした瞬間、メイドスケルトンの姿勢が急に低くなった。
まさかと思い、鳩尾の板を両手で持つと「では娘娘、しっかり摑まっていて下さい」と言って走り出した。
ちょっと、待って下さい。
走られると、胸が隠せません。
それよりも、落ちてしまいます。
「キャー、イヤァー! 見えちゃう。キャー、イヤァー! 怖いー。メイドさーん、早いですー。キャー、イヤァー!」
こんなにも叫んでいるのに、なぜ止まってくれないのでしょうか?
必死に鳩尾の板にしがみ付いて叫んでいると、あっと言う間にダイニングチェアーまで着いた。
「撫子娘娘、今時の女性は怖いと言って楽しむものだと、王子様や宰相様から聞き及んでおります。私共の余興は、楽しまれましたか?」
どうやら、サービス精神で走ったようです。
メイドスケルトン達には、罪はありません。
悪いのは、全てスケルトン王子と宰相です!
「ハァー、ハァー、ハァー……私は、楽しくないです。今度から、王子と宰相さんの言葉を鵜呑みにしないで下さいね」
どうやらスケルトン王子と宰相は、以前見たバラエティー番組の影響を強く受けたようです。
こんな事なら、見せなければよかった。
「エッ……エェェェ! もっ、申し訳ございません、娘娘」
メイドスケルトンの表情は分かりませんが、震える様に慌てていたので、私が怒ったと思ったようです。
「あっ! 今度、私が直接伝えるので心配しないで下さい」
「はい、娘娘……以後、気をつけます」
ですがお陰で、手がかりらしきお土産の残骸を見つけました。
透明な袋の残骸は飴で出来ており、恐らくこの結界内は、現実世界のリビングを現している。
そして現実世界を現す、お菓子のダイニングルームだと予想できます。
ですが一つ気になるのは、魔物が現れないこと。
この結界は、魔法陣による物ではないのでしょうか?
そしてこの結界内は、一体どういう仕組みになっているのでしょうか?
もっと調べてみなければ分かりませんが、ダイニングテーブルの上にもビニールの残骸が沢山見えました。
残骸が増えている事を考えると、恐らくこの状況を作り出した犯人に近づいているのだと思う。
私はメイドスケルトンに手伝ってもらい、ダイニングテーブルの上まで登ることにした。
※ ◇ ※
【薺SIDE】
奥に有るテーブルの脚までやって来ると、僕達は長い螺旋階段を見上げた。
すると、螺旋階段が途中で途切れている事に気がついた。
あそこからジャンプをしても、今の僕では届かない。
それに例え届いたとしても、天板が有る限り、テーブルの上に乗ることは不可能だ。
「螺旋階段が、途中で途切れていますね」
あそこから、どうやって登るのだろうか?
「……薺? 太陽の光に、何か反射しておらぬか?」
ブルーローズが背伸びをして、指をさした。
腰を下ろし、角度を変えてよく見ると透明な何かが見えた。
「ソファーの所まで、何か有りますね」
見上げた状態でブルーローズに答えていると、テーブルの上の方に茶色い水滴のような物が見えた。
あれは、何だろう?
だけど今は、透明な何かを確認する事が優先だ。
インカルナタが先に階段を上り始めたので、僕らも慌てて追いかけた。
すると、先ほど光っていた物がソファーまで続いている事が分かってきた。
しかも、緩やかな滑り台のようになっている。
「あれは、橋かな?」
そう言葉を発した瞬間、インカルナタが僕を内側に突き飛ばした。
慌てて翻り、片膝をついて両手で支柱を掴むと、胸の谷間にブルーローズが挟まった。
「フモ、フモ!」
インカルナタを注意しようと、振り向いた次の瞬間、僕がいた場所に巨大で茶色い水滴が落ちて来た。
危なかった。
インカルナタが内側に突き飛ばしてくれなかったら、今頃僕は茶色い水滴と共に下に落下していた。
茶色い水滴は、先ほどみた天板に付いていたものか……でも、なんで急に水滴が?
「インカルナタ、助けてくれてありがとう」
インカルナタにお礼を伝えていると、ブルーローズが僕の胸を何度も押し上げてきた。
「フモ、フモ、フモ、フモ!」
「ヒィヤンッ!」
僕は思わず変な声をあげ、ブルーローズを胸の谷間から引き剥がした。
少女化したこの状態で、胸を持ち上げられたり谷間で話されたりすると、何とも言えない擽ったさを、ここまで感じるとは思いもしなかった。
「薺の胸で、窒息する所であった。幼い少女化は、不便よの」
ブルーローズも幼女化した事で、かなり不自由を感じているようだ。
僕も今まで無かったものが有ることで、下が見えづらい。
姫達は、胸があるのに……。
不味い、考えないようにしないと欲望の魔物が出現してしまう。
こんな危険な所で、欲望の魔物が出てきては、対処のしようがない。
僕は邪な思いを、直ぐに振り払った。
「すっ、すみません」
そしてブルーローズに謝っていると、インカルナタが橋に付いた水滴を舐めていた。
「キュウーーン、キュウーーン」
そしてインカルナタが上を見上げて鳴いたかと思うと、橋の方を向いて鳴いた。
「むう、そうであったか。……不味いな」
何が不味いのかと思い、ブルーローズの目線を辿っていくと、橋と螺旋階段に亀裂が走っている事が分かった。
どうやら先ほど落ちてきた滴の衝撃で、上に有る橋と螺旋階段にひびが入ったようだ。
ブルーローズ曰く、先ほどの水滴はチョコの固まりと解けたチョコで、橋は飴で出来ており、その両方が太陽の熱で溶け始めているらしい。
しかも、どちらにも亀裂が入ってしまった。
なので一刻も早く渡らないと、道が閉ざされてしまうという訳だ。
「ブルーローズ、早く登って渡りましょう」
「うむ、話していても解決はせぬ。インカルナタ、まずお主が先に行け」
ブルーローズの指示でインカルナタが先に螺旋階段を上り、僕達も後を追いかけた。
橋の前まで来ると、インカルナタが橋を渡っていた。
すると、ブルーローズが少量の水を流した。
水が流れていくと、インカルナタが一気に滑り降りた。
どうやら水の力と風を利用し、一気に滑り降りさせたようだ。
少し強引だったが、インカルナタが落ちなくて安心した。
それに亀裂が入っていても、あれ位の事なら橋はビクともしない事が分かった。
すると、ブルーローズが僕の身体を上から下まで眺め顎に手をやった。
「うむ。やはり、我が最後に行く。薺が、先に行け」
しかし先ほど抱き上げて感じたが、ブルーローズは僕よりも遥かに軽い。
恐らく、ブルーローズが乗っても橋は壊れない筈だ。
「僕は一番重いので、最後で良いですよ」
「いや、だからこそだ」
ブルーローズ曰く、インカルナタの能力で上昇気流を起こして橋を支え、僕を運ぶために水の力で橋との摩擦を軽減し傾斜を利用して滑らせる。
そうする事で、恐らく橋を壊さずに渡る事が出来ると言っていた。
それに不測の事態が起こった場合、少女化した僕では動きが鈍いとの指摘を受けた。
そう言えばいつもなら、体当たりされたとしても、翻って無様にも膝を付くことは無かった。
しかも、ブルーローズに胸を押しつけてギリギリ止まった状態だ。
能力が低下している今、やはりブルーローズが最後に行く方が良いようだ。
「はい、分かりました」
返事をして、橋に行こうとすると「バキッ、バキ、バキ、バキッ!」っと嫌な音がした。
もう、時間が無い。
橋が壊れるよりも、先に螺旋階段が崩壊してしまう。
僕は咄嗟にブルーローズを抱き寄せると、橋を滑り降りた。
「フモ、フモ、フモ!」
ブルーローズが僕の谷間で文句を言った瞬間、チョコレートでできた螺旋階段が崩れた。
同時に、飴でできた橋が崩壊していく。
「フモ、フモ! ムニュ、モニュ!」
「ヒィヤッー! ブルーローズ、擽らないで下さい!」
ブルーローズが僕の腋を擽り、谷間から顔を出した。
「フモッ、ホッ。やっと、出られたぞ。なにっ!」
そして後ろを見た瞬間、小さな膨らみを僕の顔に押しつけてきた。
「それより薺、急げ! もう、後が無い!」
「ブルーローズ、抱きつかれると前が見えません」
そう言って、僕はブルーローズを左側へ寄せた。
「フニャー」
するとブルーローズが、可愛らしい声を漏らした。
「こら薺! 喋るな! 触るな! 擽ったい、ではないか!」
そして、よほど擽ったかったのかブルーローズが身震いして、僕の頭をポカポカ叩いてきた。
しかし顔つきが変わると、前と後ろを交互に見た。
「むぅー、不味い! インカルナタ、上昇気流から追い風に変えるのだ!」
そして、インカルナタに指示を出した。
「むう、風だけでは薺の尻がもたん」
ブルーローズの言葉に、思わず後ろを見ると、お尻近くまで橋が壊れていた。
このままだと、二人とも落ちてしまう。
ブルーローズだけでもと思い、引き剥がそうとすると、僕の身体に身を寄せてきた。
「えーい、儘よ! 薺、我をしっかり抱きかかえろ!」
「はい!」
返事をして、ブルーローズの身体に手を回すと、ブルーローズが後ろに向かって激流を噴出させた。
その瞬間、滑り落ちるスピードが加速。
そしてギリギリの所で、インカルナタの元にたどり着く事が出来た。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。




