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【薺SIDE】
第二の次元世界に入ると、甘く香ばしい薫りがしてきた。
そう言えば、姫から頂いたクッキーは美味しかったな。
しかも、僕だけ他の親衛隊と違って猫の顔が描かれたクッキーだった。
カードに書いた誓いと姫から頂いたクッキーを見る度に、姫の事が頭から離れなくなり、その日は眠れなかった事をよく覚えている。
「薺! 何を、考えた!」
「はっ!」
ブルーローズに指摘され、僕は直ぐに頭の中を空にした。
すると、白い煙が散って行った。
今のは欲望というより、姫に対する幼少の頃の思い出だったのだが、この次元世界も欲望の魔物が発生するようだ。
気をつけないと、いけないな。
だけど、コントロールするのがここまで大変だとは思わなかった。
「この薫りは、お菓子か。元凶とやらは、また変わった世界にしたものよ」
ブルーローズの言葉で、辺りの物が全てお菓子で出来ている事に気がついた。
先ほどは何も無い殺風景な風景だったが、ここはまるで巨大なお菓子のリビング。
一瞬、僕達が小人になったとでも錯覚してしまいそうだ。
インカルナタが前へ進むと、床に敷いてあるラグをペロペロと舐め始めた。
もしかして、食べられるのか?
不思議に思い見ていると、ブルーローズが壁を手でくりぬいた。
「インカルナタ、その敷物は何で出来ておった?」
「キュウーーン」
「ふむ、綿菓子とな。こちらも、本物のケーキで出来ておるようだ」
ブルーローズが手にした壁を食べていたので、食べられることが分かった。
しかし、一体何が目的なのだろう。
元凶がしようとしている事が、どこにも見えてこない。
「甘い……」
茶色い壁を指でくりぬき舐めてみると、こちらはチョコケーキで出来ていた。
そう言えば、オークオーバロードを倒した数日後、皆でケーキバイキングに行った事を思い出した。
あの時は、石楠花が殆どのケーキを一人で食べてしまったな。
あまりにも幸せそうな顔をしていたので、姫達は誰も怒りはしなかったが、店の人達が大変そうだった。
はっ! 不味い!
頭の中から、石楠花の笑顔を消さなくては……。
うんっ? おかしい。
ブルーローズが、何も言ってこない。
しかも、今回は白い煙が一切発生しなかった。
もしかして、あやかしの事は思い浮かべても、欲望の魔物は出現しないのか?
今の幼女化したブルーローズで、一瞬試そうかと考えた。
しかし僕は幼女趣味ではないので、ブルーローズや石楠花の笑顔を思い浮かべても、欲望の魔物は出現しないかもしれない。
これ以上考えると、姫達で欲望を抱いてしまう可能性があるので考えるのを止めた。
遠くに見えるテーブルを見上げると、ソファー側にある脚に階段らしき物が見えた。
「ブルーローズ、あれは階段でしょうか?」
「うむ、そのようだな」
高い位置から見渡せば、何か分かるかも知れない。
僕達は、ソファー側まで行く事にした。
※ ◇ ※
【撫子SIDE】
空を眺めていると、花ちゃん達の楽しそうな声が聞こえてきた。
イベリスと姫立金花で、どちらのチームに二匹が行くか競っているようです。
因みに、百合愛ちゃんと美桜ちゃんが同じチームで、欄音ちゃんと椿来ちゃんがもう一方のチーム。
そして花ちゃんは、審判をするみたい。
見ていると、欄音ちゃんが先に仕掛けた。
「欄音は、撫でるのが上手ですわよ」
そう言って欄音ちゃんが、肩を撫でて見せると、二匹は泳いでそちらへ向かいだした。
二匹とも、撫でられるのが好きですからね。
すると、美桜ちゃんが両手を顔の近くに持って来て小首を傾けた。
「美桜は、猫さんポーズが得意です。可愛いでしょ?」
猫のポーズを美桜ちゃんがすると、イベリスが向かい始めた。
私もイベリスと戯れ合う時、猫さんのポーズをするので、遊んでくれると思ったようです。
そして姫立金花は、途中で止まった。
私が戯れるときは一匹ずつなので、順番を待っているのでしょうね。
姫立金花、お利口さんです。
すると、椿来ちゃんが立ち上がった。
椿来ちゃん?
女の子同士ですので良いですが、せめてタオルで隠して下さい。
「椿来は、お腹を摩るのが得意ですの。気持ちが、良いですわよ」
椿来ちゃんがお腹を摩って見せると、途中で止まっていた姫立金花が泳いで向かいだした。
するとイベリスが止まり、椿来ちゃんの方へ行こうか悩んでいる。
二匹とも、特にお腹を撫でられるのが好きですからね。
すると百合愛ちゃんも負けじと立ち上がり、両手を開けた。
「二人とも、タオルで……」
小声で伝えようとしたが、四人ともタオルを置いてイベリス達に必死のようだ。
もう、良いです。
花ちゃんは、初めからタオルを湯船の縁に置いていますし、私だけ湯船に浸けていると悪い気がしてきました。
私も見習ってタオルを縁に置き、静かに彼女達を応援することにした。
「百合愛が、抱擁して差し上げますわ。イベリスちゃん、姫立金花ちゃん、こっちにおいで」
百合愛ちゃんがそう言って二匹の名を呼ぶと、二匹が向かいだした。
二匹とも、私の胸元に来るのが好きですからね。
すると、審判だった花ちゃんが参戦した。
「花も、抱っこするの得意だよ」
そして最後は、二匹とも花ちゃんの胸に飛び込んだ。
花ちゃん、それは流石にあんまりだと思うよ?
「「「「花ちゃんは、審判でしょ!」」」」
四人が怒るのも、無理は有りません。
「だって花、見るの飽きたんだもん」
ですが、最後は笑い合っていました。
仲が良くなった花ちゃん達を見つめていると、石楠花が半露天風呂に居ないことに気がついた。
洗面所の奥に有るトイレに行ったのかと思い、半露天風呂から出て来ると、ダイニングテーブル側の空間が歪んでいる事に気がついた。
ですが、先ずは石楠花を探さないと。
「石楠花、居ますか?」
トイレをノックをしてみるが、反応が無い。
中も開けて見たが、やはり誰も居ませんでした。
パウダールームに明かりが点いていたので中に入ってみると、誰も居なかった。
ですが、別に分けていたお土産が散乱している事に気がついた。
ここには、私達が口にしない大人が食べるお菓子が沢山有ったはず。
もしかして、お腹が空いた石楠花が食べたのかな?
「あれ? 私達の浴衣が、全部無くなってる……」
下着は有りますが、石楠花が全部持っていったのでしょうか?
だけど、ダイニングテーブル側の空間の歪みは一体なぜ?
「これは、結界?」
もしかして、石楠花に何か有ったのでしょうか?
私は半露天風呂に一旦戻り、花ちゃん達にこの事を話すことにした。
半露天風呂に戻ろうとすると、イベリスと姫立金花が私の胸に飛びついてきた。
「ミュウ!」
「ギュー!」
しかもなぜか、二匹は少し怒っていた。
入口で座り込んで二匹を撫でていると、二匹の機嫌が治ったようで私を見上げてきた。
どうやら、私が声をかけずに半露天風呂から出て行った事で、かなり心配したようだ。
「ごめんね、石楠花を探しに行っていたの」
でも事情を話すと、許してくれた。
「ミュウミュウ、ミャウ」
「グゥーグゥー、ギューギュー」
二匹曰く、石楠花はトイレに行く序でに、小腹が空いたのでお土産を少し貰いに行くと言って出て行ったそうです。
ですが、大人用として沢山貰った数々のお土産が食べ散らかされていた事。
リビングへ行く空間が、歪んで結界となっていた事。
それらを考えると、石楠花に何か有ったのかもしれません。
若しくは、この宿のどこかに魔法陣が突然出現し、何らかの魔物に襲われた可能性が有ります。
そして恐らくですが、私達がいる半露天風呂側を守る為に石楠花が結界を張った可能性が有ると言うことです。
スマホを部屋に置いてきたので、薺君達に連絡するとしても、やはり結界内に入らなくてはなりません。
考えを巡らせ、二匹を抱いて立ち上がろうとすると花ちゃん達がやって来た。
「撫子ちゃん、お帰り。花達、そろそろ上がろうと思ってたの」
私は二匹を下に降ろし、花ちゃん達へ現状を知らせる事にした。
すると、花ちゃん達も一緒に行くと言い出したのです。
しかし、薺君の騎士団の能力が発動されていない状態では花ちゃん達は無力。
付いて来てくれると心強いですが、親友女官近衛騎士長と友侍女騎士の能力が無い場合、危険にさらされた時に、私が皆を守りきる自身がありません。
私はその事を伝え、イベリスと姫立金花に花ちゃん達を守ってもらい、花ちゃん達には待ってもらうことにした。
「撫子ちゃん、一人で平気? 役に立たないけど、花やっぱり付いていこうか?」
花ちゃんがそう言って、私の手を握ってきた。
「いえ、イベリス達と一緒に待っていて下さい。薺君達が異変に気づき、露天風呂の塀を登って助けに来てくれた時、事情を話せる子がいないと困りますので」
薺君が来れば騎士団を発動し、花ちゃん達は能力を得るので安心出来ます。
それに薺君達が来てくれたら、いつものように何とかなりそうな気がするのです。
「そっかー」
花ちゃんは、分かってくれたようです。
ですが、急に美桜ちゃんが下に居るイベリスを抱き上げた。
「撫子ちゃん、それは、美桜達が困ります」
「えっ?」
でも能力が有れば、危険にさらされても対処出来ると私は思うのですが?
すると今度は、椿来ちゃんが下に居る姫立金花を抱き寄せた。
「そうですよ。だって椿来達は裸ですし、隠すものはタオルだけですもの」
「あっ!」
言われてみれば、そうでした。
そして、急に恥ずかしさが込み上げた。
そう言えば必死で忘れていましたが、私も裸です。
それに下着はパウダールームに有りましたが、浴衣は無い。
ですので、結果的に美桜ちゃん達は薺君達に下着姿を見られる事になる。
困りました。
ですが棚にバスタオルは有ったので、それで我慢して貰うしかありません。
バスタオルが有る場所を見ていると、百合愛ちゃんがモデルのポーズをとって見せた。
「百合愛は、殿方に見られても平気ですわ」
百合愛ちゃんは下着メーカーの娘で、下着モデルとしても活躍している。
ですので、あまり抵抗はないようです。
「「それは、百合愛ちゃんが裸を見せ慣れているからです!」」
美桜ちゃんと椿来ちゃんが指摘すると、百合愛ちゃんが慌てだした。
「皆、勘違いしないで下さいね。下着姿の、事ですわよ?」
「「同じ事です!」」
「もぉ……二人とも、百合愛を変態みたいに言わないで下さい!」
百合愛ちゃんが瞳を潤ませると、花ちゃんが「よしよし」と言って慰めていた。
すると、欄音ちゃんがタオルを自身の口元に持って来た。
「欄音も、桂樹君以外は恥ずかしいです」
そして、さり気なくそう言った。
すると、美桜ちゃんと椿来ちゃんが欄音ちゃんの顔を見て眼を見開いた。
「「えー? 桂樹君は、良いの?」」
幼馴染みだとは聞いていましたが、下着姿を見せても恥ずかしくないの?
ですが欄音ちゃんは、朝熊君が気になるのですよね?
一体、どういう事でしょうか?
「桂樹君は幼馴染みで、小学生までは一緒にお風呂も入っていたから……」
衝撃的な事実ですが、私もお兄ちゃんのお風呂に入りに行っていたので、人の事は言えなかった。
今思うと、私の行動恥ずかしすぎです。
「撫子ちゃん。薺君達が来たら、取りあえずぶっ飛ばした後に事情を話すから、花達に任せても平気だよ」
薺君、ごめんね。
助けに来てくれたら、ぶっ飛ばされるかもしれませんが、花ちゃん達をお願いします。
「……うん。ごめんね、花ちゃん」
皆が下着を着ると、私はネックレスから向日葵様の下着と外套を取り出して着た。
ですが、水着が有る事を思い出した。
ただ皆の前で水着を着ることは出来ないので、結界の中に入ってから水着に着替えようと思います。
皆に別れを告げ、いざ結界内に入ろうとすると、なぜか胸と腰が入らなくて尻もちを付いた。
「撫子ちゃん、大丈夫?」
「はい。花ちゃん、ありがとう」
花ちゃんに立たせてもらい、もう一度挑戦したがやはり入れませんでした。
そして花ちゃんが試すと、同じ様に尻もちを付いた。
「花ちゃん、大丈夫?」
「うん。これ、もしかして下着かな? 撫子ちゃん、下着を脱いで入ってみて?」
「……えっ? ……下着を?」
そう言えば、胸と腰以外は入っていました。
もしかして、外套だけで結界内に入らないといけないの?
「うん。たぶん、外套もダメだと思うよ?」
つまり、水着も……。
「石楠花、なぜこのような所に……」
ですが、小言を言っても仕方がありません。
私は覚悟を決めて下着と外套をネックレスに収納し、裸で結界に挑むことにした。
すると、すんなり入れた。
「入れました」
花ちゃん達にその事を伝えようとして後ろを振り返ると、先ほどまで見えていた洗面所が白い壁となり、急に甘い薫りが辺りから漂ってきた。
どうやら私が入った瞬間、結界の出入り口が封鎖されたようです。
これでは、お風呂に戻ることも出来ません。
試しに、先ほど入ってきた白い壁を触ると手にクリーム状の物が付いた。
香りを嗅ぐと、甘い薫りがする。
「これって、生クリームかな?」
少し舐めてみると、ほんのり甘い生クリームでした。
そして足下をよく見るとほろ苦い味のクッキーだと分かり、周りをよく見渡してみるとここがダイニングだと分かりました。
なぜなら、巨大なダイニングテーブルが有ったからです。
高い位置から周りを見渡せるか確認するため、ダイニングテーブルに向かっていると、タイチンルチルクォーツの腕輪が急に光った。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。




