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【薺SIDE】
姫の別邸前に降りてもらい、入口を前にするとブルーローズが別邸の周りに水の結界を作り出した。
これで、周りの人からは干渉されなくなるそうだ。
そして、僕に清水で作り出した指輪を渡してきた。
この清水の指輪は、僕の欲望や願望を押さえる働きが有るらしい。
但し、次元世界は普通の世界ではないため効力が減少してしまうそうだ。
更にブルーローズは、清水で扉を作り出した。
この扉は、第一の次元世界と繋ぐ事が出来る清水門らしい。
「薺、入る前に言っておく。この清水門は、次元世界に無理矢理入る為に同調させた物。どのような姿となっても、臆するな」
つまりこの世界を作り出した者が許可した姿となる為、もし魔物しか許可しない場合、僕達は魔物の姿になってしまうと言うわけだ。
「はい、分かりました」
ブルーローズに返事をし、清水門を潜ると急に胸部と腰回りが締め付けられた。
これは一体、何の攻撃だ?
しかし、攻撃にしては激しい痛みを感じない。
締め付けられた胸部を確認すると、カラーシャツを押し広げる二つの膨らみが有った。
「胸? ……えっ? 声が、高くなってる? ブルーローズ、これは一体何の攻撃です?」
驚いてブルーローズの方を見てみると、ブカブカな浴衣を着た、幼く美しい少女とインカルナタがいた。
「……女性化だ。薺、気をつけろ。我らの能力も、低下させられているぞ」
ブルーローズの言葉に思わず胸を触って確認すると、感じた事がない感覚と、手で包んだ柔らかさに驚いた。
「なっ……」
そしてまさかと思い、ズボンの中を覗いてみると、有った筈のものが無くなっていた。
ズボンの上から手で確認したが、やはり何も無い。
隣を見ると、ブルーローズがインカルナタを確認していた。
「インカルナタも、雌になっておる」
僕は自身の胸を再び触り、水ネズミを倒しに行った時の事を思い出していた。
水着越しに感じた姫の胸は、もっと……。
「薺、胸を触って誰を思い浮かべた!」
ブルーローズの指摘に前を見ると、白い煙が漂いだした。
「はっ!」
僕は、何を考えていたんだ。
邪な考えを、取り払わなければならない。
僕は姫の顔を慌てて振り払い、姫以外の事を考えた。
しかし両手に感じる感触が、花ちゃんの事を思い出してしまった。
「僕は、いつまで胸を……」
あまりの触り心地の良さと、感じた事の無い感覚に、手を離すことが出来なかったのだ。
すると、前を漂っていた白い煙が形を変えだした。
「くっ! 不味いぞ、薺! せめて、人ではない物を思い浮かべるのだ!」
「済みません」
僕は清水の指輪を祈るようにして、欲望を押さえつけた。
やはりこの次元世界は、清水の指輪の効力が減少し、僕の欲望を増加させるようだ。
恐らく、ブルーローズの幼い少女化で能力が低下した事も関係が有るのだと思う。
できれば、仲間と戦いたくない。
僕は必死に、縫いぐるみの事を思い浮かべた。
縫いぐるみは、向日葵様の鍛錬の間で散々戦った。
だから、思い浮かべやすかったのだ。
白い煙が、人型となっていく。
その姿は水着を着ている花ちゃんではあったが、可愛らしい二頭身の縫いぐるみとなった。
そしてその数が増えて十五体となると、一斉におもちゃのアーチェリーを引いた。
「薺、早く武器を出せ!」
「はい!」
ブルーローズに言われて、木刀と脇差しをペンダントから取り出すと、木刀が重くなっている事に気がついた。
そうか……この木刀は、女になっている僕には扱いづらくなっているのか。
木刀をペンダントに収納して脇差しを構えると、縫いぐるみが射ってきた。
その矢を、脇差しで払いのけ慌てて回避する。
「ハッ! ヤッ! クッ! チッ! ツッ!」
左へ右へと脇差しを使用し回避するが、今までの感覚と違い胸と尻が重い。
慣れない感覚に、最後に放たれた矢が胸元に当たりそうになり、瞬時に捻って回避した。
すると、カラーシャツの第三ボタンを吹き飛ばしてしまった。
「今のは、危なかった」
胸の膨らみが有る分、大きく回避しないと胸を負傷してしまう。
少し矢が触れたのか、胸の先が痛かった。
しかし、Tシャツを着ていて助かった。
もし着ていなければ、慣れない胸に振り回され大怪我をする所だった。
ブルーローズの方を見ると、小さな水の障壁を幾つか張ってどうにか矢を防いでいた。
しかし、水遊びをしている時に誤って服をビショ濡れにした、幼く美しい少女の様になっている。
石楠花は幼く可愛らしい少女なので、失敗したとしても笑って済ませられ、僕らも笑っている事が多い。
しかしブルーローズが女性化すると、幼く美しい少女となるので、慌てて困っている表情が何とも言えない気持ちとなるのだ。
「むう……我の水が、思うようにならぬ」
そして、いつものブルーローズでは考えられない程、可愛らしい失敗を連発していた。
戸惑っている僕達の中で、一匹だけが縫いぐるみを的確に攻撃しているものがいた。
風を操り矢を打ち落とし、縫いぐるみを風刃で切り裂いて行くインカルナタだ。
「ヴゥーヴゥーー!」
可愛らしい鳴き声を発し、僕達が攻撃する事が出来ない中、インカルナタが縫いぐるみを全て倒してくれた。
次の瞬間、ガラスが砕け散る音がしたかと思うと、その場が玄関となった。
どうやら、第一の次元世界を攻略する事ができたようだ。
次は、第二の次元世界か。
再び清水門を使用しようとすると、ブルーローズが自身の浴衣の裾を踏んで引っくり返った。
清水門は設置できたが、ブルーローズの浴衣が破れてしまった。
どうやら、先ほどの戦いと今の清水門でMPを殆ど使用してしまったようだ。
「大丈夫ですか?」
「むう……浴衣が、破れてしもうた」
浴衣が腰の辺りから破れたブルーローズに、Tシャツを貸してあげても良いが、第三ボタンが取れたカラーシャツだけでは心許ない。
しかも今日に限って、替えの服をペンダントには収納せず、別邸に置いてきてしまった。
沢山のお土産は有るが、着る物では無いので役には立たない。
「もう、良い。我が、姿を変えれば良いだけのこと」
Tシャツを貸そうか悩んでいると、ブルーローズが浴衣を脱いで裸ん坊になった。
そうか、龍となれば裸でも関係ない。
ブルーローズは頬を朱色に染め、全身に力を込めて必死になっている。
「むうー。うーん。ふぬぅー。ぬぬぬぬ、ぬぅー!」
しかし、何の変化もない裸ん坊の幼い美少女がそこにいるだけだった。
どうやら、龍になる事も阻害されているようだ。
「はぁー、はぁー、はぁー……変化、できぬぅ」
そしてブルーローズは、潤んだ瞳で僕の顔を見上げた。
変化出来ない自分に、腹が立って泣けてきたのかも知れない。
幼女化したブルーローズは、少女化した僕よりも気の毒に思えてきた。
「良かったら、僕のTシャツを着ませんか?」
Tシャツを脱いで手渡すと、ブルーローズが首を横に振った。
「いや、我の事は気にせんで良い」
僕も人の事は言えないが、今のブルーローズにそう言われても、裸ん坊の幼い美少女では説得力が無い。
それに僕は外套を持っているので、最悪それを羽織れば胸を隠す事が出来る。
こんな姿を姫には見せたくはないが、恐らく次元世界を攻略し、元凶を倒す事が出来れば元の姿に戻れる筈。
「ですが、少しでも服が有る方が良いのでは?」
元凶を倒し元の姿に戻った時、姫達にブルーローズのあられもない姿を見せる訳にはいかないからだ。
幼いとは言え、元に戻ると美少年になるからね。
「作れるか分からぬが、試しに水の衣を作ってみる。だが、MPが回復するまで待ってくれ」
「はい」
水の衣と言えば、鍾乳洞で人を助けた時に、姫が作った事を思い出した。
あの時も大変だったが、皆で力を合わせれば何とかなる筈だ。
確か水の衣は、体温調節も可能だと姫が言っていたな。
ブルーローズは水神だが、今は能力が低下しすぎてMPも少ない。
水の衣を作り着ていれば、その衣を吸収すればMPを回復する事も可能なはずだ。
「よく見ておれ、薺。ふぬぅー、ぬぬぬぬぬぅ!」
そう言って、ブルーローズは顔を朱色に染め力を入れだした。
すると、少しずつ水が形を整えだした。
「ブルーローズ、頑張って」
「ふぬぬぬぬ、くににににぃ、うーん、ひゃあー!」
そして水が整え出すと、徐々に衣の形になっていった。
「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー……薺、やっと作れたぞ!」
ブルーローズが笑顔になると、両手に二つの水の衣が出来ていた。
どうやら、僕の分も一緒に作ってくれたようだ。
透明で透けてしまっているが、これは断る事が出来ないな。
だけど、服の上から着れば問題は無い。
「薺、更に能力をつけるぞ! だが、暫し待て」
「えっ? 大丈夫ですか?」
「うむ、任せよ!」
そう言って床に座り、インカルナタを背にしてもたれていた。
そして暫くすると立ち上がり、透明な水の衣に手を翳した。
「うーん、ふぬぅー、くぬぬぬぬ、ふににににぃ!」
汗ばむブルーローズの身体が全体的に朱色に染まると、必死に魔力を注ぎだした。
すると透明な色が濃くなっていき、透き通っていた水の衣に色が付いてきた。
しかも姫が作った水の衣より、きめ細やかな装飾がされ、色が付いたことで美しい衣となっていった。
ブルーローズは、その能力に防御力向上と女性化した僕達の身体をサポートする機能を追加したようだ。
「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー……。うむ、苦労した甲斐があった。我に、丁度良いサイズだ」
座り込んでいたブルーローズが、その衣に袖を通し着てみると、まるで幼い天女に見えた。
「薺も、着てみるが良い」
僕は、手渡された水の衣を受け取った。
思っていたより、軽くて手触りが良い。
この衣、水で作ったとは思えない感触だ。
強いて言えば、水着に使われているような素材が一番近いかも知れない。
「ありがとうございます」
僕もズボンだけになり、水の衣を着ようとすると「薺、不必要な物は無粋だ。インカルナタ、我の代わりに取って来てくれ」と言って、インカルナタにズボンとボクサーパンツを剥ぎ取られた。
僕の、最後の砦が……。
だけど、ブルーローズが苦労して作ってくれた水の衣。
一瞬パンツだけでも取り返そうかと考えたが、素直に言うことを聞くことにした。
「薺、どうだ着心地は?」
ブルーローズが、自慢げな顔をするだけの事は有る。
水着のように伸縮性が有り、不安定だった胸が、包み込まれるように程よく固定され、不自由な所は何も無い。
寧ろ、肌に直接触れる感覚が心地よい。
「凄く、良いです」
しかも動きをサポートしてくれるようで、激しく動いても一切妨げられる事はなかった。
これなら、脇差しで技を放てる。
二刀ではないが、男の時の動きが少しでも出来きるなら、インカルナタの負担が減らせそうだ。
ただ言いたくはないが、気になるのがブルーローズの度重なる失敗。
今はぺたんと可愛らしく床に座り込んで、インカルナタを背もたれにしているが、大丈夫だろうか?
「ギリギリMPを残せたが、疲れた。薺、悪いが休憩しても良いか?」
「はい」
やはり、相当疲弊したようだ。
ブルーローズの事は信用しているが、能力が低下している今の状態で、この水の衣がいつまで持つか。
正直言うと、実はそれが一番心配なのだ。
疲弊しているブルーローズを見ていると、以前に姫の真似をしてミネラルウォーターをケースで買って、ペンダントに収納していたことを思い出した。
ジュースでは無いし、これならブルーローズも吸収出来るだろう。
ペンダントからミネラルウォーターを三本取り出し、疲弊しているブルーローズに手渡すと目をキラキラさせた。
「薺、我が飲んでも良いのか?」
「はい、まだ二十一本有るので飲んで下さい」
飲んで良いことを伝えると、一本目を飲みきった。
「プハー! 美味い! 薺、お陰で生き返ったぞ」
そして、残りの二本とも一気に飲み干した。
たった三本の水だったが、幼女化して能力をかなり低下させられているブルーローズのMPの最大値は84しかなく、今の水分補給で一気に2から最大値となった。
僕も本来なら、HP664でMP216有るはずが、今はHP405でMP136しかない。
ブルーローズの場合は減少率が特に酷く、HPが85でMPが84なので、両方ともいつもの1/50しかないのだ。
いつもの感覚で使うと、疲弊するのは仕方がないと思う。
落ち着いたブルーローズが、真面目な顔をすると設置した清水門を見た。
「恐らく、この次元世界を作った者は我以上の能力を持っておる。しかし、不思議と現れた魔物は弱かった。それに、この薫り。もしやとは思うが……いや、元凶を見つければ分かる事か。我は、あまり役に立たぬ。次も、インカルナタと共に任せるぞ」
「はい」
「キュウーーン」
僕は覚悟を決め、第二の次元世界に足を踏み入れる事にした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。




