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お姉さんの自宅に案内され、玄関をあけると花の良い薫りがした。
玄関にさり気なく生けてある、花の薫りのようです。
「撫子ちゃん、遠慮せんでええから上がりやー」
お姉さんが中に手招きするので中に入ると、白い何かと黒い何かが走って来た。
外がまだ明るいので、中がよく見えません。
玄関を閉め中に入ってよく見ると、沢山の猫さん達でした。
猫さんがお姉さんの足に纏わり付いて、やっとの事で少しずつ前を歩いていた。
「ただいまー、帰ってきたで。なんや、あんたらもう腹減ったんか? そないに、くっ付いてくると歩きにくいわ。撫子ちゃん、先にこの子達に飯やってもええかー?」
猫さん達が、次第に私の足にも纏わり付いてきた。
「はい、どうぞ」
この子猫さん達、凄く可愛い。
座って、撫でても良いかな?
あっ! 後ろにも、少し大きな猫さんがいる。
座ったら、お尻で踏みつけるかも。
気がつくと、私は猫さん達に囲まれていた。
流石に猫さん達が多すぎて、身動きが取れません。
どうしようかと考えていると、何匹かが私の足を舐めてきた。
「キャッ!」
ざらっとした舌で、少し驚いた。
猫さん達は、お腹がかなりお空きのようです。
それにしても、凄く可愛い猫さん達です。
お兄ちゃんがいたら、喜ぶだろうな。
アレルギーがあるので、遠くから見つめる事になりますけれどね。
猫さん達、初めての筈なのに私にも懐いているように思える。
なぜでしょう? 不思議です。
猫さん達の鳴き声が聞こえる中、お姉さんは猫達のご飯を取りに行ったようです。
歩くための足場がないので、私はその場にゆっくり座って、踏みつけないように猫さん達を撫でることにした。
混血の猫さんが多いですが、スコティッシュ・フォールド、マンチカン、アメリカン・ショートヘア、 ノルウェージャン・フォレスト・キャット、ラグドール、サイベリアンまでいました。
お姉さんは、かなり猫好きのようです。
暫くすると、鈴の音が聞こえてきた。
「ご飯やでー、きいやー」
お姉さんの声がすると、猫さん達が一斉に走って行った。
残ったのは、片方の白猫アニマルスリッパだけでした。
少し、寂しいです。
「撫子は、ご飯の魅力に負けたようです」
よく見ると、隅の方にも片方だけの黒猫アニマルスリッパが有った。
もう片方のアニマルスリッパを、好んで持っていく猫さんがいるのかもしれません。
「撫子ちゃん、はよ来なまた足場なくなるで」
私は靴下のまま、中に入っていきました。
「はい」
お姉さんに言われて奥に入ると、沢山の猫が餌を食べていた。
自分達の餌皿が分かっているようで、喧嘩せずに食べる、お利口な猫さん達の様です。
「あっちの奥に、行きや。入ったら直ぐに、戸を閉めてな。この子らが、入ってくるさかい」
「はい」
中に入ると、大きな棚に沢山の本が並んでいた。
反対側にも、大きな布が掛けてある棚がありました。
この本の中に、探している本が有れば良いのですが……。
「撫子ちゃん、お待たせ。ふー、危なかった」
お姉さんが部屋に入ってきたので、その方向を見ると猫が部屋に入ろうと押し寄せている所でした。
猫さんが入ってくる寸前の所で、お姉さんは扉を閉めた。
私がこの部屋から出る時、この部屋に猫さん達が沢山入って来そうで心配です。
「お目当ての本は、その布がかかっている棚やから、好きなように見てもええよ」
「お姉さん、ありがとうございます」
布を捲ると、一日では絶対に読み切れない量の本があった。
これは、暫くお姉さんの家に通う必要がありそうです。
私がその本の量に呆気に取られていると、お姉さんがあめ玉をくれた。
「撫子ちゃん、あめちゃん食べるやろ。ぎょーさん有るから、好きなだけええよ」
お姉さんはあめ玉を口に入れると、カーテンで仕切られている部屋から、作りかけの人形を持ってきた。
「ありがとうございます」
お礼を言ってその人形を見ると、その人形はアニメのフィギュアでした。
どうやらお姉さんは、フィギュア職人さんだったようです。
今は、ある人から頼まれたフィギュアを作っているらしい。
「うちその先生の本全部読んだから、好きなだけ持って行くとええよ。この子ら、ニャアニャア言ってくるから撫子ちゃん落ちつかんやろ?」
「お姉さん、ありがとうございます」
お姉さんにお礼を言ってはみたものの、この部屋からどうやって外に出れば良いのでしょう?
お姉さんは思い出したかのように、スマホを触ると隣で鈴の音が聞こえてきた。
その鈴の音と共に、猫さん達が駆け出す音が聞こえ、鳴き声も遠のいていった。
「撫子ちゃん、今のうちや!」
「すみません」
私は本を慌てて鞄に入れ、お姉さんへお礼を言って一目散に玄関の外へ出てきた。
どうやらお姉さんは、猫さん達を鈴で操っているようです。
隣の部屋の棚に、猫さん達が群がっていました。
恐らく、棚の中には鈴の着信音が設定されている、スマホが置いてあるのでしょう。
手がかりになると信じ、私は大事な本が入っている鞄を抱きしめ、お兄ちゃんのマンションに行くことにした。
鞄を抱えてお兄ちゃんのマンションへ行く道を歩いていると、お兄ちゃんの部屋の窓辺に光りが見えた。
あの光りは、あの時の光り。
「あんちゃん?」
私は鞄を抱きしめて駆け出すと、急いでマンションのエレベーターを呼ぶボタンを押した。
沢山の本をお姉さんから借りてきたので、階段を駆け上ることも出来なかったのです。
エレベーターが来るのが、待ち遠しい。
こんなにも待ち遠しいとは思ったのは、生まれて初めてです。
ドキドキする、心臓の音。
エレベーターさん、早く来てお願い。
「撫子がそっち来るけん、お願いやけん待っとってな。あんちゃん」
エレベーターの扉が開くと、私は中に入り部屋の階のボタンを押した。
早く、部屋に入って確かめたい。
早く、お兄ちゃんに会いたい。
早く、お兄ちゃんとお話がしたい。
お兄ちゃんに、料理を作ってあげたい。
お兄ちゃんに、ギュッとしてもらいたい。
お兄ちゃんに、頭を撫でてもらいたい。
お兄ちゃんと……
そしてエレベーターを降りると、一目散にお兄ちゃんの部屋の扉を開けた。
「あんちゃん……」
しかし、部屋は静まり返りパソのモニター画面だけがついていた。
「何で?」
あの時見た、光だったよ?
自然と、涙が溢れ出てきた。
私は、お兄ちゃんが消えてからずっとパソの電源をつけた状態にしている。
それは、お兄ちゃんが帰ってくるかもしれないと考えたから。
このパソは、きっとどこかに繋がっている。
必ず、何かが起こるばずだ。
そう、信じて……。
パソを見ると、また404 File Not Foundとなっていた。
「うち、このサイト。今日は、繋げてないばい」
そのURLとブックマークを確認すると、同じURLでした。
このURLには、絶対に秘密がある。
私は、そう確信した。
少しでも希望が持てるなら、私はお兄ちゃんの為に頑張れる。
パソの机に、借りてきた本を置きベットで横になった。
ベットで横になると、数日前に居たはずのお兄ちゃんを思い出す。
「あんちゃん、どこに行ったん? 撫子、寂しいよ……」
目尻に再び涙が流れると、スマホのアラームが鳴った。
そう言えば、華道のお稽古の時間でした。
こればかりは行かないと、お父様がこの部屋を引き払う恐れが有ります。
お兄ちゃんの手がかりでもあるこの部屋を、絶対に失う訳にはいきません。
涙を拭き、いつも言われている凜とした姿で、私は実家に向かう事にした。
※ ◇ ※
急いで自宅に帰ってくると、可愛らしい向日葵を付けたハイヒールが玄関に有った。
もしかして、お客さんかな?
すると、お父様が華道の資料を持って客間に行こうとしているところでした。
「撫子、今日のお稽古は自室かお勉強部屋でしなさい」
「お父様、お客様ですか?」
「ああ、知人の紹介で来た客人だ」
そう言うとお父様は、お手伝いさんに上菓子を持ってくるよう伝えていた。
上菓子と言うことは、大きなイベントのお話かもしれません。
ママも対応していたので、もしかするとファッション業界の依頼かも。
広縁を通ると、お客様が笑顔を向けてきたので私も笑顔で会釈し花材置き場に向かった。
花材を袋に入れていると、先ほどのお客様に何か違和感を感じた。
この違和感は、一体何でしょう?
花材を全て袋に入れ、花材置き場を後にすると夕焼けで空が綺麗に染まっていた。
再び広縁を通ると、商談は終わってお客様は帰ったそうです。
お父様にお稽古の事を聞くと、商談資料の整理があるので先ほど伝えたとおり、私一人でお稽古するよう言われました。
私は、花材を持ってマンションに向かっていると先ほどのお客様を見つけた。
夕日になぜか、透けている気がします。
会釈をしてマンションへ急ごうとすると、すれ違い際に
「鈴君は、異世界にいるわ」
そう告げられ、振り向いた瞬間いなくなっていた。
そして、今更ながら違和感の正体が分かった。
お客様に、影が無かったのです。
もしかすると、神様の使いだったのかもしれません。
私は、マンションへ向かいました。
すると、遠くに見えるお兄ちゃんの部屋の窓辺から再びあの光りが見えた。
急いでマンションの部屋の扉を開けると、パソの画面が再び404 File Not Foundとなっていた。
そして机の上には、かなり幼く美しい少女のフィギュアが置かれていた。
間違いない、さっきのお客様は神様のお使い様です。
「撫子が必ず、あんちゃんを連れ戻す方法を見つけるけん。それまで、無事でいてね」
私はそう言って、自身の心に誓った。
心に思いを誓った瞬間、フィギュアが光りファンファーレの様な音色が鳴り響き、少し遅れて笛と鈴の音色が聞こえてきた。
最後の音色は、神社でも聞いたことがある。
確か、神楽舞の音色によく似ているのだと思う。
これは、フィギュアのギミックなのでしょうか?
不思議な、光景でした。
「あんちゃん、なんしようと? 撫子、はよー会いたいと」
ですがその不思議な光景に、ふとお兄ちゃんの姿が重なった。
もしかすると、このフィギュアもお兄ちゃんと深い繋がりが有るのかもしれません。
私は華道の自主練習を終え、お手伝いさんがくれたお弁当を食べ、お風呂から上がってきた。
すると、相変わらずパソの画面は404 File Not Foundを示した状態でした。
このサイトに自動で繋がるのなら、今日からそのサイトを繋げた状態にしていようと私は考えたのです。
「あっ! お父様からSNSだ……」
(基礎を、怠るな)既読。
……これだけ?
(自主練習を全て終え、お風呂に入っていた所です)
……送信っと。
もう、既読が付いた。
お父様、ずっと画面を見てたのかな?
「ママからも、沢山入ってる」
(撫子ちゃん、ママよ)既読。
(食事は、済んだかな?)既読。
(今日、一緒に食事できなくてママ寂しいです)既読。
(撫子ちゃん、SNS見てくれた?)既読。
(ママが作った、サラダだよ)既読。
ママはスタイルを維持する為に、夜はサラダしか食べないのです。
(ママの、写メ送ったよ)既読。
……私に、スッピン写メ送ってこられても困ります。
(撫子ちゃん、まだ見てくれてないの?)既読。
泣き顔のスタンプを張られても、お風呂だったので……。
(ママだよー)既読。
(もしかして、お風呂かな?)既読。
ママ、ここで私がいつもお風呂に入ってる時間に気がついたのですね。
(ママも、お風呂に入るね)既読。
また、写メが送付されてる。
開けてみると、人に見せられない写メでした。
……娘に、際疾い写メ送ってこないで欲しいです。
(撫子ちゃん、お肌のケアは忘れないでね)既読。
(分からなかったら、ママが今から行きましょうか?)既読。
相変わらず、直ぐに返さないと沢山SNSしてきます。
(食事を済ませ、お風呂に入っていました)送信。
(ママ、寂しいよ)既読。
(お肌のケアは、ちゃんとしました)送信。
(ママが、そっちに行こうかしら?)既読。
(明日朝一番に、ママに会いに行きます)送信。
(ママ、明日まで我慢するわね)既読。
(心配しないで下さい)送信。
(朝4時から、待っているわね)既読。
(撫子、まだ起きていない時間なので寝ていて下さい)送信。
(冗談よ)既読。
(明日も早起きするので、今日はもうおやすみします)送信。
「ふぅー。これで良いかな」
あっ! また、ママからだ。
(チュッ)既読。
娘に、キス顔の写メ送ってこないでほしいです。
(ママに、SNSされると眠れないです)送信。
(ごめんね)既読。
(撫子ちゃん、おやすみ)既読。
(ママ、おやすみさない)送信。
「ふぅー。毎日、ママからのSNSで大変です」
それに、相変わらずママも既読するのが早いです。
でも、安心したようです。
私は寝間着に着替えてベットに横になり、友達へのSNSを済ませると、お姉さんから借りてきた本を早速読むことにした。
この本の題名は、全てに幼女と言う言葉が使われています。
なぜ、でしょう?
幼女と言う言葉が気になりますが、借りてきた本の中に一冊だけ薄い本が有った。
薄い本なら直ぐに読めると思い、ページをめくってみると、後ろの方は全て白紙でした。
読んでみると、幼女が妖精さんと狼さんを救う物語でした。
ですが、途中で終わっていました。
もしかすると、お姉さんの書きかけの本だったのでしょうか?
そう思い、作者を確認すると著者はシュミーロさんでした。
この作者さんは、書きかけの本も出版しているのかな?
不思議に思いましたが、私は別の本を読むことにした。
ですが、ウトウトとして私はそのまま眠りについてしまった。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。