56
殺気が辺り一面に広がった瞬間、周りの景色が一変した。
石楠花が、テリトリーを変えたの?
薺君を閉じ込めていた、黒い檻が無い。
「ブルーローズ?」
……いない。
さっきまで、胸元にいたのに……雛菊まで、いない。
並列思考と高速思考を働かせ、周りを確認したがどこにも二人の存在が感じられなかった。
そして、一つの答えにたどり着いた。
……私だけ、どこかに飛ばされたんだ。
周りは全て、花と緑豊かな低木が広がっていた。
座って花の品種を確認すると、ランタナであることが分かった。
和名を七変化と言い、日が経つにつれて花色を変化させる事で知られている。
だけど、何でこんな所に?
すると、急に目の前に有った蕾が大きくなった。
そして開花すると、中から異形の面を被った邪神が現れた。
「うふふ。この花、綺麗でしょ。私の名を……いえ、違うわね。お気に入りなの」
「……」
何も言わずに警戒していると、邪神が花に息を吹きかけた。
すると花の色が、白、黄、薄紫、ピンク、赤、オレンジ、クリーム色など様々な色に変わっていった。
「心と思いは、この色と同じよ。時が過ぎていく度に、変わるの。でも、不思議ね……貴女を見ていると、私もヒントを……だけど、ここまでが限界」
そう言うと、邪神は花に強く息を吹きかけた。
すると、周りの花が全て瑠璃色に変わった。
「痛……」
次の瞬間、左足に痛みが走った。
……いつの間に、凍らされたの?
私は狐火で氷を溶かし、癒やしの光りで傷を治した。
すると左足に、棘が刺さっていたことに気がついた。
この花が、攻撃してきたの?
「花に罪はありませんが、ごめんね」
そう言って、周りのランタナを切り裂くと邪神が笑みを見せた。
「うふ、ふふふ。美しい花を、切り裂いては駄目よ?」
そんなこと貴女に言われなくても、花を扱う者として重々承知しています。
だからせめて、生け花が出来る程度に切り裂き、花弁は傷付けていません。
邪神は切り裂いた花を手に取ると、私を見つめた。
「こんな事をすると、お花に仕返しされますよ?」
「何を言って……」
すると、空間から幾つもの剣が襲いかかって来た。
これは、私の懐剣?
この邪神の攻撃は、一体何?
駄目……早すぎて、避けられない。
だけど、私には浮遊する幾つもの剣が有る。
「地刃散開!」
一つになっていた地剣を分散させると、邪神が笑みをこぼした。
「クスッ! 無駄なことを」
すると、剣が地剣を擦り抜けてきた。
「クッ! キャァァァ!」
咄嗟に懐剣を前に出し、全ての剣を受けきると、衝撃で後方へ吹き飛ばされた。
すると、辺りのランタナが巨大化しだした。
……違う。
邪神の位置を考えると、私が縮んでいるんだ。
回転して地面に着地すると、風が舞い上がり、瑠璃色の花弁が花吹雪となった。
すると、上に展開させていた地剣が花弁に触れた。
次の瞬間、凍りついて落ちてきた。
「キャッ!」
咄嗟に身を屈めて回避し、懐剣で次々と落ちてくる剣の軌道を変更。
今のは、かなり危なかった。
花弁に触れると、地剣が制御不能になるとは思わなかった。
地剣では、防げない?
なら、他の剣で。
「地刃よ、戻れ! 火刃散開!」
尚も降り続ける、花弁を打ち消せるか分かりません。
ですが、私は火剣を分散させた。
花吹雪には、手数が必要だと感じたからです。
すると火剣に花弁が触れた瞬間、爆発して辺りに破片をばら撒いた。
目の前に来た破片を懐剣で打ち砕くと、火剣を操作して残りを花弁から遠ざけた。
火剣も、駄目。
このままだと、連鎖してしまう。
「火刃よ、戻れ!」
火刃を戻すと、私は転がって花弁を躱していった。
すると、花弁が落ちた地面が凍り付いた。
花吹雪の切れ目で、咄嗟に氷剣を足場にすると氷剣は凍らなかった。
なら、同属性で対応します。
「氷刃展開!」
氷剣を展開させると、花の色がクリーム色に変化した。
折角対応出来たと思ったのに、今度は一体何?
警戒していると、前方の氷剣が砕け散った。
懐剣を両手で握って前に構えると、懐剣で受けた部分に靴の先が見えた。
今のは、透明な邪神の蹴り?
そして、そのまま吹き飛ばされた。
「キャァァァー!」
叫び声を上げた次の瞬間、再び周りの景色が一変した。
回転して勢いを殺し、地面に着地すると、クリーム色の靄が辺りを覆いだした。
そしてその靄が、次第に濃くなっていった。
……これは、霧?
1m先が、何も見えない。
なら、光りの陽剣でこの霧を晴らします。
「霧を光りで晴らし、青天白日の下に晒せ! 【聖なる陽光!】」
陽剣で霧を晴らした瞬間、全方向から光りの槍が突き出てきた。
「氷刃……」
駄目、氷剣が貫通してる。
……これは、躱せない。
だけどこんな時の為に、時刃を出し手おいて良かった。
「時刃よ、時を戻せ! 【たまゆらの時渡り!】」
刹那、陽剣を使用する前に戻った。
暫くの間、時剣は使えませんが仕方がありません。
すると、霧の中から邪神の笑い声が聞こえて来た。
「うふ、ふふふ。貴女が、その力を使うのを待っていたわ。時神と鬼神、二つの力を合わせれば、私の時までも戻しますからね。ですが、もうその力を暫く使えない。それに、鬼神の力は無駄だと分かったでしょ?」
邪神は、この力を知っていたの?
ですがそう考えないと、説明出来ない。
なら、向日葵様に賜ったこの懐剣で……。
「【純白の花冠!】」
懐剣を構えた次の瞬間、巨大な花冠に包まれた。
しまった。雷刃と、風刃で攻撃……。
駄目! 迂闊に攻撃すると、何が起こるか分からない。
並列思考と高速思考で、状況を確認するの。
確認しようとした次の瞬間、何も無い真っ白な空間に飛ばされた。
……高速思考でも、この状況が分からない。
この空間は、一体何? 邪神は、何がしたいの?
警戒して周りを見ると、鬼神の剣が全て無くなっていることに気がついた。
鬼神化が、解けたの?
……違う。
鬼神の武器が、消えただけ……。
すると白い空間に、白いランタナの蕾だけが無数に現れた。
そして一斉に開花すると、花園の中心に邪神が現れた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
一日置きの更新とさせて頂きます。
不定期な時間になるかも知れませんが、何卒ご容赦下さい。