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【薺SIDE】
奇妙な音が鳴り止むと、嫌な気配が後方から漂ってきた。
魔虫を倒しつつ隣を見ると、僕と同じ様にヘイズが後方を見ていた。
「何だ、この気配は?」
二人で後方を見ていると、ヘイズの足下で水蒸気爆発が起き、魔幼虫がヘイズを攻撃しだした。
動くだけで、ヘイズは魔幼虫を蹴散らせる事が出来る。
しかも、ヘイズは巨体であるので少々の攻撃ではビクともしない。
その為、足下を魔幼虫に攻撃されようと無視することが多いのだ。
だけど、流石に放置しすぎだよ。
「ヘイズも、感じたの? シュッ、シュシュシュシュ!」
足下の魔幼虫を一掃しつつ、聞き返すと頷いた。
「悪意に満ちあふれた、禍々しい気配だ」
すると下を見て、僕が足下の魔幼虫を一掃したことに気づいた。
僕が少し後方へ下がると、ヘイズが武王剣を振り上げた。
「薺と話しているのに、鬱陶しい魔虫共だ! 我らの前から、消え去れ! 【虚空斬!】」
ヘイズが魔虫達を一掃すると、小桜が僕の胸ポケットから顔を出した。
「薺さん、忙しないのに堪忍え。闇の繭、急に大きなってもうて、チアさん率いるメイド隊と水神率いる空狐姉妹が、無理して押さえ込んでくれてん。せやけど、空狐姉妹が四名が伸びてもうたのん」
「えっ? 桜は、大丈夫?」
「薺さん、おおきにぃ。うちは、平気どすぅ。せやけど、黒さんと妖狐さんら数名連れて来てくれへん?」
桜が空狐の状況を伝えた後、小桜の表情に一瞬疲れの色が見えた。
「分かった」
返事を返すと、小桜がポケットの中に隠れる様に入って行った。
僕に、心配かけないよう気遣ったようだ。
そんな所を見ると、小桜と桜の気持ちが通じていると言っていた事は真実のようだ。
恐らく、桜が倒れた空狐の肩代わりをしている。
早く、行ってあげないと……。
そう思っていると、ヘイズが技を使用して周りの魔虫達を一掃した。
そして、肩へ乗るように言った。
肩に乗ると、後方へジャンプして軍勢の後ろに着地した。
「薺よ、ここは我らに任せ、桜殿の元へ向かってくれないか?」
そう言って軍勢を見ると、同意する様に軍勢の皆も頷いていた。
「ヘイズ、皆、ありがとう」
お礼を伝えると、僕を降ろし、ヘイズが手を上げて魔虫の群れに飛び込んでいった。
すると、妖狐達が空を飛んできた。
近くにいたあやかし達が、伝達してくれたのかな?
「黒さん、いますか?」
声をかけると、メイド服を着た黒狐がスカートを押さえて空から降りて来た。
そしてカーテシーをすると、他の妖狐も同じ様に降りて来てカーテシーをした。
すると、妖狐達に紛れてチアさんの妹がひょっこり顔を出した。
妖狐達も揃ってメイド服を着ているのは、妹さんが原因か。
チアさんに、怒られなければ良いけど……。
「薺様、チア様の妹様から事情は伺っております。これより、私率いる二十名の妖狐メイド隊は、薺様の指揮下に入ります。ご自由に、お使い下さい」
そうか。
妹さんが、黒狐に知らせてくれたのか。
だから、こんなにも早く……。
ありがとう。
探す手間が、省けたよ。
「黒さん、今から桜達の元へ向かうけど準備は良いかな?」
「はい。この通り、問題は御座いません」
そう言うと、妖狐達が数着の服を手にしていた。
何の服か敢えて聞かないけど、僕は苦笑いをして黒狐達と共に桜の元へ向かった。
【朝熊SIDE】
スマホのアプリを立ち上げ、スピーカーモードにして花達に繋げた。
これで距離が離れていても、俺達はスピーカーで会話できる。
スピーカーに切り替わると、花の指示に従って式神達が四方に展開。
攻防共に優秀な式神達を上手く利用し、花は遠距離攻撃特化部隊の力をフルに発揮していた。
それに、椿来、百合愛、美桜も以前より位置取りが上手くなっている。
どうやら、俺が心配する必要は無さそうだ。
椿来の射った矢で道が開くと、天空と勾陳と共に切り込んだ。
すると、陣を設置する場所近くに幾つもの穴が開いているのが見えた。
「ん?」
なぜ、何体もの魔虫が出入りしている?
これは、水蒸気爆発で出来た穴と違うのか?
『「ねえねえ、朝熊君。何か、見つけたのー?」』
すると、花の声が『スピーカー』から聞こえて来た。
「いや、気になる穴を見つけたんだ」
『「プッ、キャハハ!」』
すると、花の笑い声が聞こえて来た。
『「穴って、子共じゃないんだから」』
……子共っぽい花にだけは、言われたくないセリフだ。
だが、情報は共有する必要が有る。
「……それが、水蒸気爆発で出来た穴と違うみたいなんだ」
『「ふぅーん、そうなんだー。あっ、朝熊君ちょっと待ってね」』
「ああ」
『「美桜ちゃん。もう少し疎らに射って良いよ」』
『「花ちゃん、了解」』
『「椿来ちゃん、花の指す方向に射ってね」』
『「了解!」』
『「式神ちゃん達は、巻き込まれないように注意!」』
『「「「「はい」」」」』
俺と会話している間も、的確な指示を出してる。
普段の行動からは、想像出来ない指揮だ。
これなら、俺達も楽に陣を設置できそうだ。
『「百合愛ちゃんは、もっと詰められるよ。自分を、信じてね」』
そう思っていると、花が百合愛にヤバそうな指示を出した。
『「少々、朝熊君に当たっても平気だからね」』
『「はい」』
おいおい、無茶を言うなよ。
うっ……百合愛の矢が、俺の横ギリギリをすり抜けていった。
今の百合愛なら、俺を擦り抜けて魔虫共を狙えると思うが……正直、こえーよ。
確かに、俺達が倒す魔虫共が少なくなった。
なら、俺達も優先事項をするまでだ。
「花、俺は陣を優先する」
『「はーい。……にひっ!」』
何だ、今の花の含み笑いは?
だが今は早く、第五の陣を太陰と太裳に設置してもらう方が優先だ。
「太陰、太裳、頼む」
二人に陣の設置を指示すると、俺と天空と勾陳は二人を守護する形で配置についた。
すると早速、傷を負った魔幼虫が転がって来た。
百合愛の攻撃を喰らって、速度が低下している。
天空と勾陳に任せても良いが、敵対心を煽るスキルを試しておかないとな……。
「こっちを向け! 【アロウズ ハスティラティ!】」
やはり、この能力も向上している。
以前は対象の魔物に敵対心を煽ると、その周りの魔物も纏めてこちらに来ていた。
しかし、今は周りを纏めて敵対心を煽る場合は【サークル アロウズ ハスティラティ】に変わったようだ。
しかも、スキル飛距離が三倍に伸びた。
そのお陰で、かなり離れている魔物も指定した範囲にスキルを打ち込む事が出来る。
そして通常のアロウズ ハスティラティは、かなり進化した。
離れて飛んでいる魔虫さえ、一体だけ指定して敵対心を煽り、周りに気づかれる事なく、麻痺状態で強制的に引き寄せる事が出来る。
これなら、俺でも先制攻撃が出来る。
しかも、美桜の攻撃で魔虫はヘロヘロだ。
後は太郎坊之神楯の、ギミックを試す。
「【シールド バッシュ!】 貫け、太郎坊!」
更に追い打ちをかけてスタンを喰らわせると、天狗盾から刃が反り返り魔虫の核を切り裂いた。
太郎坊之神楯は、凄いな。
天狗刀を使わなくても、魔虫共を倒せる。
天狗刀の大僧正村正には悪いが、盾特化の俺としては助かる。
こうして太陰と太裳の陣のサポートを、天空と勾陳と共にしていると、花が百合愛達に魔虫が出入りしている穴にも矢を射るよう指示しだした。
まさか、こっちへ来るつもりか?
『「朝熊君、変な穴は花が調査するねー」』
「いいけど、危ないから花はこっちへ来るなよ!」
『「えー! もぉー、心配しすぎだよ朝熊君は……だけど、ありがとっ。花、ここから調べるね」』
「ああ」
返事をすると、花のスピーカーから誰かの溜め息が聞こえた。
『「だから貴人ちゃん、心配しなくていーよ」』
やっぱり、貴人に迷惑かけていたか。
悪いな、貴人。
だけど、花を見ていてくれてありがとう。
『「高林坊与一ちゃん、花に力を貸してね。チュッ! 千里眼、発動!」』
そう思っていると、花の声が聞こえた。
って言うか花、天狗弓にキスしたのか?
『「行っくよー! 弓術 【群雨!】」』
花が技を放ったと思うと、天に一本の矢が射られた。
矢が光り輝くと、無数の矢となって穴に降り注いだ。
一頻り降り注ぐと、再び光り輝き無数の矢となる。
そして次々と穴に、矢が降り注いでいった。
その光景を見つつ、俺は盾で太陰と太裳の二人を守り、陣設置のサポートをしていた。
暫くすると、天に有った無数の矢が急に消えた。
「花、何か見つけたのか?」
その様子に、思わず声をかけた。
『「うん!」』
すると、スマホのスピーカーから花の声が聞こえ、同時に太陰が俺の元へ駆け寄ってきた。
「朝熊様、第五の陣設置完了しました」
「よし。では、陣の事を石楠花様へ急いで伝えてくれ」
「承りました」
後は石楠花様のテリトリーが発動するまで、この陣を守りきればいい。
俺は、花に何を見つけたか聞くことにした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
一日置きの更新とさせて頂きます。
不定期な時間になるかも知れませんが、何卒ご容赦下さい。