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薺君に瞬歩を使用してもらい、桜達の所へ向かっていると、急に右腋を擽られた。
「キャッ」
声を上げると、薺君が一瞬下を見て直ぐに前を向いた。
小桜が動いた事で、私が声を上げたと分かったようです。
私を抱きかかえてくれている薺君の腕が、少し動いたので薺君も擽ったかったのかもしれません。
「プファー! やっと、出られたどすぅ。驚かそう思て隠れとったのにぃ、失敗やったわぁ」
すると、薺君の胸ポケットから小桜が頬を朱色に染めて顔を出した。
そして、私の胸をよじ登ってきた。
この子、桜が作り出したのかな?
指で撫でられるほど小さくて、凄く可愛い。
後で、桜もこの姿になれるか聞いてみようかな。
そう思い、左人差し指で小桜の頭を撫でると嬉しそうに笑った。
そして薺君を見上げた後、小首を傾けた。
薺君が、気になるのかな?
私もつられて見上げると、薺君の顔が少し強張っていた。
心境は分かりませんが、恐らく「早く戻らなければならない」そういう使命感から来るプレッシャーといったところでしょうか。
「ごめんね、小桜。ポケット、窮屈だったよね?」
小桜に謝ると、「大丈夫やさかい、気にせんでええどすぅ」と言って、私に笑顔を見せた。
ですが急に何か思いついたように、悪そうな笑みを見せてきた。
この笑みを見せる時は、桜が悪戯をしてくる時のサインです。
ですが小桜なので、そこまで警戒する必要は無いと思います。
するとポケットの所まで戻り、両手で私の胸を押し上げてきた。
「撫子さん、育ちすぎちゃいますぅ?」
「キャッ!」
注意しようとすると、小桜が薺君を見上げた。
もしかすると小桜は、薺君の緊張を少し解そうとしているのかもしれません。
ですが、私を巻き込まなくても……。
それに、硬派な薺君はこちらを向きませんよ?
「薺さん、見ておくれやすぅ。うちの居場所を圧迫してたんは、撫子さんのこれどすぅ」
そう言って、私の胸を揺らしていた。
すると、薺君の頬が朱色になってきた。
硬派だと思っていましたが、違っていたのかな?
「ちょっと、小桜」
そんなに揺らされると、谷間で眠っている姫立金花が滑り落ちてしまいます。
落ちないように左手で支えると、イベリスが尻尾を振り上げた。
「小桜ちゃん、五月蠅いにゃー」
そして、そのまま小桜目掛けて振り下ろした。
「フギャ……」
すると、寝ぼけ眼で桜を押さえつけ再びイベリスは寝息を立てだした。
イベリスのお陰で助かりましたが、寝ぼけていたとは言え、小桜の扱いがちょっと……。
「クスッ!」
すると、薺君が思わず笑った。
「小桜、姫においたしたら駄目だよ」
そして、優しく言葉をかけた。
すると、小桜がイベリスの尻尾から出てきて笑顔を見せた。
こうして薺君の緊張が解れると、小桜が桜達の状況を語り出した。
小桜曰く、縦揺れの大きな地震が起きた瞬間、結界の外に大穴が出来たそうです。
その大穴に、バアルゼ・クイーンを確認した。
直ぐ様ブルーローズが神眼鑑定を行うと、クイーンにも神聖な攻撃に対する耐性がかなりあることが分かった。
ですが対策を講じる前に、逃走されてしまったそうです。
その動きに、ブルーローズが不信感を抱いた。
そして、雛菊と二人でクイーンを追跡する事となったそうです。
二人の攻撃が通らない相手であれば、私達が行く必要がある。
ですが、バアルゼ・オーバーロードも警戒しなくてはなりません。
つまり、私か薺君のどちらかが、残らなければならないと言うことです。
「私がブルーローズ達を、追いかけます」
大穴がどこでどの様に繋がっているか分からない状況で、通信手段を持たない薺君ではブルーローズ達と合流する事は難しいと思う。
それに今までの事を考えると、薺君なら不測の事態に対処することができる。
封印されているとは言え、オーバーロードの耐性は高く、あやかしの軍勢ではダメージを与える事は出来ませんからね。
「姫、それは危険です」
薺君が、そう言うのは分かっていました。
ですので、敢えて言います。
「怪力乱神融合できるので、大丈夫です」
薺君は私と違って、戦闘時間の経過と共に強くなる。
その結果、神聖な力も増幅され、小耐性をもったプリンセスにもダメージを与える事が出来た。
ですが、隠密に行動する場合は別です。
怪力乱神融合が有る私なら、融合した瞬間に、神聖な力を一気に増幅できる。
つまり、神器神通天佑神助を使用しなくてもクイーンを倒せる可能性が有るのです。
「それは、そうですが……」
薺君が反論出来なくなると、小桜が慰めていた。
桜は、薺君の心のケアも考えて小桜を作ったのかもしれません。
桜の事を考えていると、イベリスが存在を示す様に肉球を私に押しつけてきた。
「薺君、イベリスも一緒ですので大丈夫ですよ」
イベリスが居れば、ブルーローズ達の向かった方向が分かりますし、虚空の猫足を使用する事が出来る。
「そうにゃ。撫子ちゃんは、ミィが守るにゃ」
そう言って、イベリスが肉球を薺君にも押しつけた。
すると、薺君は少し考えて頷いた。
「……分かりました。イベリス、姫の事お願いするね」
「任せるにゃ!」
話を終えると、大穴が見えてきた。
「姫、この辺りから魔虫が一気に増えます」
「ですね」
薺君の言うとおり、凄い数の魔虫が犇めき合っていた。
直ぐに予見の猫耳を使用し、広範囲を確認。
幸い、プリンセスはどこにも居ませんでした。
恐らく、先ほどのプリンセスは特殊個体だったのでしょう。
ホッと胸を撫で下ろしていると、ヘイズスターバースト達の姿が見えた。
「薺君、私はこのまま大穴に突入します。後の事は、お願いしますね」
「分かりました。ですが姫、気をつけて下さい」
「はい」
返事をすると、薺君が下に降ろしてくれた。
お礼を言って大穴の前に行くと、溢れかえる魔虫が凍り付き、中心が空洞となっていた。
空洞の中心を降りていくと、途中で縦横無尽に氷の空洞が開いていた。
すると、イベリスと姫立金花が胸元から顔を出した。
どうやら、姫立金花が眼を覚ましたようです。
すると、イベリスが姫立金花の顔を舐めた。
「金花、起きたにゃ」
「イベリス、擽ったいぞ!」
「おはよう。姫立金花、大丈夫ですか?」
状態を確認すると、姫立金花が谷間を登ってきた。
そして、いつもの大きさに戻り服の間に入り込んだ。
「撫子様、ありがとな。お陰で、元通りだぜ」
「それは、良かったです」
インカルナタはもう少し時間がかかるようですが、姫立金花が増えて心強くなりました。
「ねえ、ブルーローズ達はどっちに行ったの?」
「撫子ちゃん、こっちにゃ」
「撫子様、こっちだぞ!」
イベリスが尻尾で行き先を示すと、姫立金花も尻尾で違う方向を示した。
「えっ?」
二人が示す方向は違っており、どちらに行くか迷ってしまった。
「金花、違うにゃ。雛菊ちゃんは、こっちにゃ!」
「イベリス、でもブルーローズ様はこっちだろ?」
「……撫子ちゃん、二人の行き先がおかしいにゃ?」
ブルーローズと雛菊の行き先が、二手?
これでは、全く違う方向に行く事になってしまう。
ですが、空間認識能力を使用すれば正しい道が分かるはずです。
「みたいですね……。二人とも、ちょっと待ってね」
下着の能力で予見の猫耳の能力を増幅させると、二人が示す空洞が最後には一つになっていることが分かった。
どうやら、魔虫と戦いながら移動したことで、迷路の様になってしまったようです。
「ねえ、空洞関係なしで方向を示すとしたら?」
「こっちにゃ」
「こっちだぞ」
すると、二人とも同じ方向を示した。
後は私が空間認識を使用すれば、自ずと近道が分かります。
能力を駆使して進んで行くと、吹雪が舞い散る巨大な空洞にたどり着いた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
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不定期な時間になるかも知れませんが、何卒ご容赦下さい。