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「キャッ!」
少し吃驚したけれど、このフワフワした心地よい感触ってイベリスよね?
胸元を見ると、イベリスが私の胸にしがみ付いていた。
ちゃんと私の思いに応え、薺君と合流してくれたんだ。
イベリス、ありがと。
だけど、どうして人型から猫型に変わっているの?
私は、この方が触り心地が好きだから良いですけれどね。
するとイベリスから、『「撫子ちゃんも、早過ぎにゃ」』という『思い』が伝わってきた。
あっ、薺君と合流する時も大変だったんだ。
それに、私が加速していたからイベリスは追いつけなかったのね。
だから、途中で待ち構えて抱きついた。
そして猫型になって胸に飛び込んできたのは、衝撃を和らげるためかな?
イベリスお疲れ様、撫でて労ってあげたいけれど……
『「ごめんね、イベリス。薺君にも、虚空の猫足をお願い出来ますか?」』
私はしがみ付くイベリスに『心』を通して伝えた。
並列思考で思考が加速している状態では、心を通して伝えると、言葉で話すより圧倒的に早いからです。
考えなくて良い事も、考えてしまうのが玉に瑕ですけれど……。
ですが、今は0.001秒も惜しい。
恐らく薺君は大感知で危険を察知し、能力や技を駆使して私の雷嵐を躱しているのだと思います。
僅かな時間ですが、天八岐が放つ雷嵐はもう暫く続く。
それに秘技を使用して攻撃する場合、雷嵐を躱すのは負担になると思う。
ほんの僅かな時間ですが、薺君が攻撃し終わる度に、イベリスが虚空の猫足を使用すればその負担も軽減出来る筈。
そう思っていると、イベリスから再び『思い』が伝わってきた。
『「撫子ちゃん、大丈夫にゃ。薺っちは、ミィの能力を使用してるにゃ」』
イベリスの、能力?
疑問に思って心で聞き返すと、イベリスが私にその能力を使用した。
その瞬間、認識していたものが変わった。
バアルゼ・プリンセスが、分隊として移動した位置。
増殖して分隊を作り出し、雷嵐が当たる瞬間躱した方法。
瞬間魔核絶対障壁を、張るタイミング。
魔幼虫を魅了しようとしている、バアルゼ・プリンセスの眼の方向。
天八岐が放った、雷嵐の道筋。
凄い……全てが、手に取るように分かる。
しかも、私や天八岐が攻撃を放った位置がズレていた事も……。
この能力が有れば、バアルゼ・プリンセスの行動が正確に把握出来る。
……薺君も、凄い。
僅かな時の中で、周りの魔虫達を倒しバアルゼ・プリンセスを追い詰めている。
だけど、バアルゼ・プリンセスの能力が完全に判明していない以上、出来ればもっと広範囲に強力な力を放った方が良い。
それに、薺君が秘技を連続使用してくれている今なら、両手に神風と神雷を集め、風神のキューブと雷神の数珠で、先ほどよりも強力な風雷神の裁きを放つ事が出来る。
「雷神の数珠、展開!」
私は雷神の数珠を展開させると『心』でイベリスに指示をする事にした。
『「イベリス、私が風雷神の裁きを放つと同時に、薺君に虚空の猫足をお願い。次に放つ風雷神の裁きは、この能力でも躱す事は出来ない程の超密度の攻撃ですので」』
『「分かったにゃ」』
イベリスが私から離れて消えると、雷嵐が止み、天八岐が戻って来た。
その瞬間、薺君があらゆる方向に残像を出し分身した。
「【万華鏡 二刀流神速残像 無限閃 神連斬乱舞!】」
……これが、薺君の秘技。
もしかして、先ほどまでは通常技だったの?
私は両手に神風と神雷を集めつつ、薺君が繰り出す秘技を見ていた。
……イベリスから付与してもらった能力でも、殆ど認識出来ない程早い。
薺君の秘技なら、バアルゼ・プリンセスを倒せるかもしれない。
そう思っていると『コーナーワイプ』が起動した。
コーナーワイプ、虚空の猫足中でも使えるんだ。
『「姫、不可解な魔虫を秘技で追い詰めていますが、まだ何か仕掛けてくるかもしれません。もし良ければ、先ほどの強力な神通力をお願い出来ませんか?」』
やっぱり薺君も、バアルゼ・プリンセスの能力を警戒している。
『「はい、今準備しています。薺君、秘技は後どれ位、続けられますか?」』
確認すると、薺君がコーナーワイプ越しに笑みを向けてきた。
『「桜の能力も有るので、数分は大丈夫ですよ」』
すると、薺君の額に眼の様な文様が見えた。
『「分かりました。では、後三秒耐えて頂けますか?」』
『「お任せを!」』
薺君が返事をすると、コーナーワイプを終了させた。
すると、薺君が残像回避分身を行った。
風雷神の裁きまで、残り二秒。
その時、回避している薺君の分身も攻撃している事が分かった。
そうか……回避分身で、フェイント。
だからバアルゼ・プリンセスの分隊自ら、攻撃に当たりに行っているのですね。
風雷神の裁きまで残り一秒になった時、薺君が瞬歩の早さを数段階上げた。
薺君、凄いです。
もう早すぎて、下着の能力で強化した空間認識でも認識出来ません。
「【天衣無縫覇王連斬!】」
その瞬間、残像が一気に広がり広範囲が斬撃一色に染まった。
すると、刻まれた魔幼虫の中にバアルゼ・プリンセスの分隊が入り込んでいるのが見えた。
やはり、バアルゼ・プリンセスに罠を仕掛けられていた。
「雷神の数珠、風神のキューブ、最大展開!」
私は薺君の秘技が終わる前に、雷神の数珠と風神のキューブの範囲を最大にした。
『「イベリス!」』
そして、イベリスの名を『心』で問いかけると『「薺っちの、尻尾につかまったにゃ」』と言ってきた。
尻尾?
疑問に思って薺君のお尻を見ると、猫さんの尻尾が生えていた。
動きが速すぎて、今まで気づきませんでした。
ですが、似合っていて凄く可愛いです。
はっ! また変な事に、並列思考を……。
ですが僅かな時間でしたが、風雷神の裁き以外の神通力として、雷嵐と凄風の分も溜めることが出来ました。
雷嵐よ数珠に、凄風よキューブに、最大放出!
すると、雷神の数珠と風神のキューブが光り輝いた。
これなら、更に上の裁きが放てる。
薺君の秘技が消えると同時に、姿が消えた。
今です!
「【風雷神、神々の裁き!】」
その瞬間、凝縮された光りに包まれ、空間ごと押し潰され、音が消え去り無音となった。
刹那、けたたましい轟音と光りが全てを塵にし、空間が潰れて歪んだ。
私は直ぐに、下着の能力と予見の猫耳を使用して広範囲を確認。
バアルゼ・プリンセスの、完全消滅を確認する事が出来た。
「怪力乱神分離!」
分離をすると、インカルナタが私の中に戻ったことが分かった。
『「インカルナタ、お疲れ様。私の中で、ゆっくり休んでね」』
そう言って『心』に伝えていると、琥珀色の髪をした幼くて可愛らしい少女が右肩に現れた。
お人形さんのように小さいけれど、この子が姫立金花だ。
よく見ると、姫立金花もインカルナタのように小さな角が二本生えていた。
残り時間二秒前でしたが、貴女達のお陰で、バアルゼ・プリンセスを倒す事が出来ました。
「姫立金花、ありがとう」
そう言って、優しく撫でてあげた。
すると、笑みを向け私の左肩を見て来た。
「撫子様、インカルナタは?」
そう言えば、姫立金花はインカルナタのことを気にしていましたね。
「大丈夫。私の中に戻りましたよ」
そう伝えると、ホッとした顔になった。
そして、急にウトウトしだした。
ですので休んでもらおうとすると、いつものように胸元に入り込んできた。
「撫子様、ごめんな。金花、ちょっと休む」
「はい」
返事をすると、姫立金花が寝息を立てだした。
無理も無いか。
この子達と、分離をする時間はギリギリでしたからね。
姫立金花が休んでいる胸元を見つめていると、フワリとした物が頬に触れてきた。
肩を見ると、イベリスが寝息を立てる姫立金花を見つめていた。
「金花、疲れてるにゃ?」
「無理を、させましたからね」
そう言ってイベリスを撫でてあげると、肉球で姫立金花を優しく押さえていた。
「仕方が、にゃい。ここは、金花に譲るにゃ」
ここって、私の胸なんですけど……。
そんなイベリスを見ると、私の真似をして、姫立金花を撫でているつもりのようです。
ですが、そのまま押さえ続けると谷間に姫立金花が埋まって……。
「コホン……」
すると、薺君が咳払いをした。
薺君、イベリス達とばかり話してごめんね。
「薺君、来てくれてありがとう。助かりました」
もし来てくれていなければ、バアルゼ・プリンセスを倒す事が出来なかったと思う。
「いえ、当然のことをしたまでです。……コホン……イベリス?」
「薺っち、何か用かにゃ? 今、金花を引っ張り出すのに忙しいにゃ」
「……イベリス」
私は、背中を向けている薺君の方を向いた。
空間認識で、私の胸元を見ないようにしてくれている事は知っています。
ですが、何故か聞きたくなりました。
それに、猫耳と尻尾を付けた薺君が恥ずかしがる顔も見たくなりました。
これって、予見の猫耳の影響かな?
今は、私も猫耳と尻尾が付いていますからね。
それに、聞きたくて心を擽る感覚。
やはり、イベリスの感覚かもしれません。
「薺君、私の胸元見ましたよね?」
「み、み、み、み、見てません!」
すると、頬を真っ赤にして両手を振った。
プッ! 吃る薺君、可愛いかも。
そんな可愛らしい表情を見ていると、薺君の胸ポケットが動いた。
あれ? この子って……。
空間認識で、その形が凄く小さな桜だと分かった。
そう言えば桜達、どうなったのかな?
こんな事、している場合では有りませんでした。
早く、行ってあげないと。
「薺君」
「はい!」
薺君が、うわずった声で返事をした。
……ちょっと、からかいすぎたかな?
ごめんね、薺君。
「えっと、桜達の所へ向かっても良いですか?」
「はっ! そうでした」
「キャッ」
すると、薺君が私を急に抱き上げた。
「プニュリ……あっ! 金花が、撫子ちゃんの谷間に入ったにゃ!」
イベリスが落ちかけたので、思わず両手で支えた。
するとイベリスの肉球に押されて、姫立金花が谷間に埋まってしまった。
「ごっ、ごめん!」
すると、薺君がうわずった声でイベリスに謝り、猛スピードで桜達の元へ走り出した。
薺君も、予見の猫耳の影響を受けているのかもしれません。
予見の猫耳の能力と見た目は、申し分ないのですけどね……。
胸元に埋まった姫立金花はというと、気持ちよさそうにして寝息を立てていた。
こうして私達は虚空の猫足を使用し、急いで桜たちが居る場所へ向かうこととなった。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
一日置きの更新とさせて頂きます。
不定期な時間になるかも知れませんが、何卒ご容赦下さい。