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短編 いろいろ

一目惚れショック療法

ショック療法とは:(比喩的に)無気力な、沈滞した状況にある人に強い刺激を与えて奮起させ、活力を取り戻させる方策をいう。

「馬鹿か貴様。」


「わかりきったことを聞いてくる主の方が馬鹿では?」


私の弟子は、馬鹿だ。それも救いようのない方の。主である私に、当然のように暴言を吐き、小言をいっては責めてくる。こいつ、弟子の自覚が無いのか。


「何度も言いますが、ご飯をしっかり食べてください。服は毎日着替える。お風呂に入って清潔にする。部屋の空気は定期的に入れ替える。暗い場所で本を読まない!」


「あー煩い五月蠅い!」


いつもこれだ。毎日毎日小言ばかり。私は魔法使いだぞ。飯など取らずとも回復魔法で体力は回復するし、生活魔法で服も身体も綺麗になる。部屋の空気など浄化を使えば神域のそれ。部屋が暗かろうが本は読める!!


なぜ私はあの時こいつを拾ったのか。家の近くに捨てられていたからと、気まぐれに拾うのではなかった。今からでも捨ててこようか?いや、しかし。折角三年かけてこいつを健康にしたのだ。捨てればつまり三年が無駄だったということになる。無駄に時間を使ったのかと思うと腹立たしいことこの上ない。


「まったく、過去に戻れるのならそうするものを。」 


やり直すことができれば、同じ間違いはしないというのに。


「…主は、わたしが邪魔ですか。」


「ああ、小五月蠅くてかなわん。」


「…そうですか。」


馬鹿なことを聞いてくる弟子に、わざわざ答えてやる義理もない。いつものように適当にあしらい、魔導書を読み込み薬を作る。そのまま集中して、いったい何時間がたったのか。五月蠅く止めに来る弟子の声がしない。…ふん。やっと弁えたか。まぁ、少し反省すればいいのだ。師を敬うという事を覚えるべきだ。


「…おい?……おい!弟子!!」


あまりに静かな部屋に違和感を感じ、振り返る。弟子の部屋に明かりはなく、いつも私の食事を作っている暖炉には火すら灯っていない。他の部屋も開けて回るが、どこにも弟子の姿がない。…血の気が引く音を、私は生まれてはじめて聞いた。弟子の部屋に戻ると貴重品がない。衣類と魔法の本も。


気付くと家を飛び出していた。何時間たった?どこへ行った?いついなくなった?なぜいなくなった?私が…私が、傷付けたからか。


「…そんな。」


そんな、あの程度、日常茶飯事の会話だったろう!今更出ていくような、そんな言葉でもないはずだ!そうだ、日常的に、…日常的に、言って、その度に傷付けたのか。私が。


「クソッ…!」


冗談じゃない…今更いなくなられてたまるか。私の三年をなんだと思っているんだ!ふつふつと湧く怒りに、頭が冷静さを取り戻していた。杖に魔力を込めて放つ。失もの探しの魔法。光の進む方角に飛ぶ。深い森の木の洞に、弟子はいた。


「何をしている。」


「…家出、ですかね。まさか探していただけるとは思っていなかったので…。」


眉根を下げて困ったように笑う弟子に、閉口する。こいつ、笑うのか。怒りで文句の一つでも言う心算だったのだが、なぜか言葉が出てこない。


「…ごめんなさい。拾ってくれて、ありがとうございました。」


深々と頭をさげ、また、悲しそうに笑う弟子から、眼が離せない。…おい、まて。何を勝手に終わる気でいるんだこいつは。やっぱり馬鹿なのか?


「ふん。お前のことなど知るか。…さっさと帰って飯を作れ。」


「え、」


驚き呆ける弟子に、じわじわと顔に熱が集まる。ええい、私をそんな顔でみるな!本当にこいつは、私への敬意がたらん!


「いいから早く帰るぞ!!」


「…はい。」


涙を溜めた目で、幸せそうに笑う。その瞳に私が映っていて…。気付いた瞬間、ぼっと顔が熱くなる。心臓が握り潰されるように痛い。なんだ?何をされたんだ私は!!混乱して狼狽える私の手を、小さく柔らかい手に握られる。


「今日は何にしますか?」


嬉しそうに笑いながら手を握ってくる弟子に、口を動かそうとするも声が出ない。やめろ、私を見上げてくるな!嬉しそうに笑うな!五月蠅い心臓に、顔に集まる熱に、ふと、こいつを拾った日を思いだしていた。

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