59話 大人と子供
いつからだっただろうか?
社会人になってから? 大学に入ってから? 高校に入ってから?
人とぶつかることを避けるようになった。
衝突してもいいことはない。
そんなことにエネルギーを使うくらいなら他のところに力を回した方がいい。
それが賢い生き方。
そんな染み着いた生き方を……どうしてこの場でも続けていたんだろう?
SSS全国大会で優勝する。
その目標はおよそ賢くない生き方だ。
幾千もの部隊の中から1部隊にしか与えられない栄誉を追い求めるなんて無理無謀の極みだ。
そんな無茶を通すのに……賢く振る舞ってどうする。
馬鹿になれ、迷惑なんて考えるな。
私たちは、チーム『APG』は、本気でその馬鹿を成し遂げるために集まったのだから。
『単刀直入に聞きます。一体何があったんですか、白状してください』
「……リリィ様には試合前にも同じことを聞かれましたな」
ジイクさんがその重い口を開く。
「ええ、あのときは引きましたけど、もう引くつもりはありませんよ! 幸いにも時間はありますからね!」
2マッチ目開始早々に落ちた私たちには、3マッチ目開始まで十分な時間がある。
「そうですな。本番ではしっかりする、とのたまっておきながら1マッチ目、2マッチ目ともに不覚を取った形。リリィ様が苦言を呈したくなる気持ちも分かります」
「ええ、そうですよ! 何があったんですか!」
「……しかしながらこのことは――」
「あーあーあーあー!! 言い訳は聞きません!! 迷惑かけてるんですから、さっさと白状してください!!」
「いつになく強引ですな」
「そりゃ強引にもなりますよ! これまでSSS全国大会で優勝するために頑張ってきたんです! 敵が強くて負けたんならまだしも、自分たちが力を発揮できなくて負けたんじゃもう一生夢に出ますよ!」
「…………」
「私にどうにか出来るか分かりません。聞いてどうにかなる問題かは分かりません。
それでも一つだけは言えます。ジイクさんが白状すればアカネちゃんの不調は解決します」
「アカネ様が不調……ですか?」
「……え? そこからなんですか?
ジイクさんが何か内緒にするから、アカネちゃん不貞腐れて今日ずっと調子が良くなかったじゃないですか?」
「そ、そんなことか……」
ジイクさんは思いも寄らなかった様子だ。
「……こんなことで調子を崩すなんて格好悪いけど、リリィの言うとおりよ。
昨日学校から帰ってからどうも爺の様子がおかしくて。何があったのか、聞いても答えてくれないし。その癖して私の顔をちらちら見ては何か考え込んでいるし。
気にするなって方が無理でしょ。
ていうか……うん、そうよ! どうしてアカネが遠慮しないといけないのよ! さっさと言いなさいよ!」
話している内にアカネちゃんも腹立ってきたのか声を荒げる。
「言ーえ、言ーえ、言ーえ、言ーえ!」
「言ーえ、言ーえ、言ーえ、言ーえ!」
私とアカネちゃん、二人でコールしてジイクさんを追い詰める。
「……はぁ、そうですな。事ここに至って黙るのは無理ですか。白状しましょう」
根負けしたようにジイクさんは白旗を揚げて。
「昨日のことです。アカネ様の公共放送でのニュースが流れてから少しして……一本の電話があったんです」
「電話……?」
「ええ。アカネ様の母親からの電話です。」
「………………」
あっ、ヤバい。これ軽い気持ちで白状させて良かったんだろうか……?
聞いた瞬間私に後悔の念が立ち始める。
ていうかこれ失念してたけどアカネちゃんのchで配信してるんだよね。私のさっきの子供っぽい様子が流れたのは……まあともかくとして、こんな話視聴者の前でしてもいいんだろうか……?
思い悩むもはやし立てた手前止められず、ジイクさんの話は続く。
「アカネ様は幼い頃に両親に捨てられて、それを私が身元を引き受けて育てていました。
幸いにもアカネ様は健康に育ち、次第にゲームにハマるようになりました」
「アカネ様はゲーム実況を始めるときに有名になりたいと言いました。両親に知られるくらいに、と。
そうです、多くの人に知られることによって、本当の両親にも自分のことが知られればいつか迎えに来るだろう、と」
「そこに昨日の電話です。色々確認を取ったところ、本当にアカネ様の母親であることが判明しました。
つまり……アカネ様は目的を達成されたのです。
今まで補助してきた私はそのことを喜ぶべきだったのに……私の中には恐れの感情しかありませんでした」
「アカネ様が目的を達成された。つまりこれでゲーム実況をする意味は無くなる。私もそれを手伝うことはなくなる――。
率直に言って、嫌でした。
私はもっとゲームをしたい。このチームでもっと上を目指したい。いつまでも遊んでいたい」
「アカネ様の目的を手伝う、と言いながら……私は本当はいつまでも目的が達成しなければいいのに、と我知らず思っていたのです。
愕然としました、自分の矮小さに。
でも実際には目的が達成されてしまいました。私はどうすればいいのか?」
「握り潰せばいいのです。母親から電話があったことをアカネ様に申し上げなければ、達成したことにはならない」
「せめて明日の第二予選が終わるまでは……。
せめてその次の第三予選が、本選が、優勝するまで……」
「……そうですな。結局こんなことがなければ私はいつまでも白状しなかったでしょう。
悪いことをしても言わなければ無かったことになる。我ながら子供みたいな考えですな」
「…………」
ジイクさんの感情の暴露を受けて……私は返す言葉がなかった。
実際ジイクさんと同じ立場だったら私もそうしたかもしれないからだ。
自分の欲求のために賢く立ち回る……いやずる賢く立ち回る。
……どうしてこんな嫌な大人になったんだろうか?
私が黙ったままなことでVCルームに静寂が訪れる。
ジイクさんはこれ以上の言葉がないし、私にも何も言えない。
最後の一人、アカネちゃんはこの事を受け止めるのに必死なのだろう、話す余裕も無くて――――。
「あっ、話終わった?」
「……アカネちゃん、何か軽いね。……その、話ちゃんと聞いてたの?」
「ちゃんと聞いてたわよ。あの人から電話来たんでしょ? その後のごちゃごちゃはどうでもいいから聞き流してたけど」
「ごちゃごちゃ……」
「まあいいや。それより爺、電話貸して」
VCで通話しているが、アカネちゃんとジイクさんは同じ部屋から配信しているはずで物の貸し借りも可能だ。
「そ、それは……」
「いいから、早く。急がないと2マッチ目終わるわよ」
「…………」
「ああもう、取るからね」
ジイクさんの電話、つまり着信履歴からアカネちゃんは母親に電話をかけ返す、ということだろう。
そして何を言うんだろうか?
『どうしてあのとき捨てたの?』 とか?
『見つけてくれてありがとう』 とか?
『これから一緒に住みたい』 とか、だろうか。
電話はすぐ繋がったようで、アカネちゃんは開口一番に――。
「全く、さっさと出なさいよ、この愚図」
罵倒した。
アカネちゃん!?
思わず口出しそうになるが電話中なので引っ込める。
アカネちゃんの母親も鳩が豆鉄砲を食らったような反応をしているだろうが、生憎電話先の声まではVCに乗っていない。
「もう昼過ぎよ。まあ昨夜も夜遅くまで飲んでたみたいだし、二日酔いでダウンしてたんでしょ」
そしてアカネちゃんは……何やら母親の事情を知っているかのような話しぶりだ。
「え、何で知ってるのかって? あのねえ、実名でSNSやってる癖に何で知っているの? は無いでしょう。せめて鍵くらいかけなさいよ、ネットリテラシーが無いわね」
どうやらアカネちゃんは母親のSNSを知っているみたいだけど……だったらどうして――。
「今まで連絡しなかったのか、って? そりゃこっちからする必要ないからよ。そっちだってアカネから、捨てた子から連絡が来たってどうでもいいでしょ」
「そんなことない? まあそう言うでしょうね、あのニュースを見たからには。
アカネがゲーム実況者としてお金をかなり稼いでいる。だったら自分の手元に戻せば親としてその金を自由に使える……今さら連絡してきたのもそれが理由でしょ?」
「否定したって意味ないわよ。SNS知ってるって言ったじゃない。昨日、新たな金蔓発見記念にホストクラブ行ったって写真上げてたでしょ」
「……はぁ、本当面の皮厚いわね。何にしろ、アカネはあんたのこと親だと思っていないし。今、連絡してるのもこれを言いたいだけよ。
アカネはあんたに捨てられたおかげで、今はこんなに立派になったわ。あんたより幸せになるからこれ以上アカネの人生に関わらないでちょうだい」
「それじゃあね」
アカネちゃんは一方的に伝えて電話を切る。
「………………」
「………………」
怒濤の展開に大人たち二人は反応出来ない。
「ああもう、何回かけてくるんだって、しつこい。着拒、着拒、っと」
「あのアカネちゃん……」
「あっ、そういえば電話の音声、配信に乗せるの忘れてたわね。リリィ、状況は伝わった? 結構面白い反応してたけど……」
「まあ何となくは分かったけど……えっと、その。アカネちゃんって両親に見つけてもらうためにゲーム実況してたんじゃないの?」
「それが全てじゃないけど、まあ目標の一つね。
『こんな子がうちの娘だったなんてっ! 戻ってきて!』って手を差し伸べてきたところを断る『ざまぁ』展開! 超爽快だったでしょ!」
「ええと、まあ……」
「これも一種の追放物なのかしらね。『家庭追放! ~今さら戻ってきてと言われてももう遅い~』 ……うーん、もうちょっとかっこいいタイトルにしたいわね」
アカネちゃんの様子からして裏は無さそうだ。つまり本当にそう思ってるのだろう。
「さて、と。あとは爺、あんたね」
「……アカネ様」
「何か勘違いしてたようだけど、これで目標の一つは達成した。でもまだまだアカネの爆勝街道は続くわ。
世界一有名なゲーム実況者になるまで……着いてきなさいよね!」
「当然で……ございます……っ!」
ジイクさんが涙ぐみながら忠誠を誓う。
「…………」
アカネちゃんが子供で、ジイクさんが大人なのに……まるで入れ替わったみたいだな。
「話は終わったみたいですね」
大団円を迎えたところで新たな声。
いつの間にかマモル君がVCに戻ってきていて発言する。
「マモル君。戻ってきたんだ」
「ええ、少し前に。2マッチ目も終わりましたから、そろそろ最終3マッチ目も始まりますよ」
「あっ、そんなに時間経ってたんだ。……って、そうだ。ずっとゲームの方見てなかったな、ごめん。
えっと結果は――――総合ポイント4位!? えっ!? 2マッチ目の生存順位2位って……」
「ちょっと頑張っちゃいました」
マモル君は何でもないように言うけど……私たちがマッチ開始早々に落ちて、マモル君一人しか戦場にいなかったのに……それでも2位を取ったなんてよっぽどのことだ。
一体何をしたのか……聞きたいけど、そんな場合じゃ無さそうだ。終わってからアーカイブ見直そうっと。
「ふん、やるわね、マモル。それでこそアカネの親衛隊よ」
「はいはい」
「ありがとうございます。これで一位争いに一つ芽が残りましたな」
「そっちこそもう大丈夫なんですね?」
「ええ。……不肖、ジイクフリート、3マッチ目は粉骨砕身で当たらせてもらいます」
「その言葉が聞けて安心しました。3マッチ目はジイクさんに頑張ってもらおうとおもっていたので」
総合ポイント4位。
しかし、1位にキラー選手擁する『WOD』、2位にバアサーカー選手擁する『BFT』が位置している。
2つの強敵を上回らなければ1位にはたどり着けない。
なのにマモル君に切羽詰まった雰囲気は無い。
「何か案があるのね?」
アカネちゃんが聞く。
「ええ。普通にやったんじゃ一位を取るなんて到底無理ですが……一つだけ『奇策』があります。練習じゃ一度もやってないフォーメーションなのでぶっつけ本番ですが……」
「いいわね、ロマンがあるじゃない!!」
「ふぉっふぉっ。楽しみですな」
「……そうですね!」
練習もしていないリスクが高いことを本番で……と言いそうになった自分を蹴飛ばす。
セオリー通りに、賢くやって負けるんじゃ世話がない。
チームみんなで馬鹿やって、無茶無謀を通して、成し遂げてみせる!!




