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九州大学文藝部 初冬号

到来と逃亡

作者: 奴

 雨というのは、ふと空が黒く転じ、空気が湿り、虫の音が止み、わずかばかりの風が吹き、それから、ぽつぽつ、二、三の滴が落ちてきて、だんだんと本降りになるか、あるいは、そういう変化の次の瞬間に、どこというのでもなく向こうから、さあっと雨雲が寄せてきて、私をあっという間に包んで湿らしてしまう、そのどちらかである。私はそのしだいに移り行く感触を雨の兆しのひとつひとつから知ると、一寸先にはもう降りだすのだろうと急かされて速足になったり、また、その気力も萎れているまま、本降りになるまでには帰りつくだろうと思ってようよう一歩、二歩と歩んだりする。きっと雨は降るから、あとは自分が降られるのを嫌うかどうかの、その一点だけであるが、さらに言えばそれも、私の心持しだいなのである。走れぬと思えば、一向走れぬ。雨だけは避けようと思えば、いくらだって走り抜く。そうして、店に駆けこんでしばらくやり過ごすか、もしくは半分湿った体で家に帰りついて、まさしく今降りだしたような外の地熱の昇る空気を感じるか、とにかく濡れそぼってしまうのも嫌だから、どうにかして雨滴から逃れてしまう。


 入った店が店なら、そのまま不要な買い物をいくらかやってしまうこともある。それが古本屋なのか雑貨屋なのか別の店か、いずれにせよ、中を見て回るうちに、ふと目につくものが棚にいて、それが何だか私を見ている気がする。さあ、このわたくしを連れ帰ってくださいまし、と、頭を下げないながらその全体で訴えてくる気分になって、あるときにはそこにある憐愍が振り払えないで手にしてしまう。こうするともうあとには引き返せぬ、勘定を済まして、外を見れば雨がもう遠くに去ってしまったから、今しがた手に入れたそれを小脇にして帰途につく。ほのかに明るんだ曇天を見てやっと、いらぬ買い物をしたのだと、気づくときもある。室に入ってからようやく、ああしまったと、思うときもある。何にせよ、覚醒したころには全部が済んでいるから、戻れはしない。その戻れないという感情が、私の買い物に引っ付いている。いつもある種の後悔に病んでいる。


 そしてまた、思い切った買い物は、みな雨の日に行っている。半月は飯場に行かないと工面できない金を思いきり使ってしまう日も、歯切れの悪いじれったい雨が降っていたし、出先にあった本屋でようやく発見した高級な図鑑を気勢よく買った日は、ひどい雨のせいで電車が止まってしまった。重たい図鑑を赤ん坊のように抱いてプラットフォームに立ったのは、あれがはじめての体験で、またきっと最後の体験だろう。


 雨についての詩も書いた、雨の場面がある小説も書き散らした。私の背面にあるそういうじっとりとした過去のぐるりに自然物があった、また人間があった。人間どうしの不出来な関係を書くときばかりは躍動した。他人を妬む、恋がうまく行かぬ、将来が不安である、そういうことを書きだすと、妙に昂っている。自分の不貞はここに露見する。不幸とかそれにかんする論理とかを著すときは快かった。何でこう快活なのだろう。そう思った。

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