【第一部】絶望 一章 僕はまだ知らなかった 8
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恭介は、地底での生活を送り始めた。
そうする以外に、なかったのだ。
メイロンと一緒に駆け回り、木の実や果物を集めたり、地底を流れる小川で魚釣りをしたりするうちに、筋肉がつき身長も伸びてきた。
不思議なことに、体を動かすと、不安や悲しみは日々薄れていく。
持ち帰った食材を、スズメと共に切り分けたり、すり潰したりして日々の糧とした。
スズメが枯れ枝に軽く息を吹きかけると、小さく燃えるので、その火で魚を焼くことも覚えた。
「ねえ、スズメ。どうやったら、火が点けられるようになるの?」
ある日、恭介は聞いてみた。徐々に生活に慣れてくると、畏まった物言いも変化していた。
「火というものは、本来神聖なものです。天空から与えてもらうもの。その理がわかるようになれば、誰だってできます。恭介さんも」
「ははは! スズメがその気になれば、地上の三割くらい、簡単に焼き尽くせるぞ」
いつの間にかリンがいた。恭介が切り分けた果実を、もぐもぐ食べている。
やはり、二足歩行するうさぎにしか見えない。
「キヨスケよ」
「恭介です」
「理を知りたいか?」
「…はい」
リンに対してだけは、恭介はまだ敬語を使う。
「しからば教えてしんぜよう」
ついてこい、とリンは勝手に歩き始める。
あわてて恭介は後を追った。
ひょいひょいと、身軽に跳んで行くリンに、ようやく恭介は追いついた。
木々が生えているエリアの奥に、小さな泉があった。
「初めてだから、特別にレクチャーしちゃる」
リンはそう言って、泉に手をかざす。
すると泉から水が垂直に吹き上がり、球体を成した。
青い球体は、まるで地球のようだった。
「そう、これがお前さんたちの住んでいる星、地球だ。内部には地層があり、マグマが流れ、何かがぎっしり詰まっている、と言われているが…」
リンが指先で青い球体をはじくと、球体は反転し、丸い籠のような形を作った。
「実際は、地球の内部は、大きな空洞になっとる。今、お前がいるこの場所は、空洞の一部だ」
恭介が、こちらで最初に会った大亀は地の底と言ったが、ここは地球の内部、なのか。
太陽は見えないが、明るさはある。
どこからか水は流れ、小さな川を作っている。
草木も生き物も存在している。
単なる地下の奥底とは違うように感じてはいた。
「すべてはこの水が教えてくれるだろう。水に触れ、知りたいことを思うだけで、な」
この日から恭介は、ほとんどの時間を泉のほとりで過ごすことになる。




