【第一部】絶望 一章 僕はまだ知らなかった 6
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恭介は、夢を見ていた。
乾いた道を歩く母と子。
陽炎がゆらめく。
白いパラソルと白い帽子。
長い豊かな髪をなびかせる、母。
その母と同じような、白い肌の男の子。
歩き始めたばかりの恭介だ。
二人を見つめる男性。背が高く鋭角的な顔つき。肌は少し浅黒い。
若いころの父、創介だ。
父に気が付き、手を振る恭介。
それを見た瞬間、創介の表情が激変した。
穏やかな海のような眼差しは、氷原のような色になる。
ちくりとする痛みで目が覚めた。
顔面を覗き込んだスズメが、恭介の額を爪で弾いていた。
「おお、良かった。生きてますね」
「あ、はい…」
おずおずと答える恭介に、スズメはチッチッと鳴いた。
「そこは『何するんだ! 痛いじゃないか』と言うべきでしょう」
「え? そうですか。 ごめんなさい…」
スズメは頭を小さく振って、恭介を抱えて羽を広げた。
「うーん、こりゃあレイ様の言う通り、訓練が必要ね」
スズメの独り言は、恭介には届いていない。
二人は、下草におおわれた平坦な場所に降り立った。
朝食だと言って、果物を渡された。
見たことのない色と形だったが、りんごのような味がした。
「食べたい? まだ食べたいですか?」
スズメの問いに、よくわからない、と恭介は伏し目がちになる。
昨日は気付かなかったが、スズメの服装は露出度が高く、恭介は正面からその姿を見ることが躊躇われた。
食事よりも何よりも、たくさんの疑問が脳内を行ったり来たりしていて、そちらを解消したい欲求の方が強かった。
「わかりました。では、これから食材集めの師匠を呼びますから、食べたいものを一緒に探してください」
恭介の心情を察することを全くせず、スズメは一瞬で枝に飛び乗ると、ほろほろと、細く鋭く鳴いた。
スズメの鳴き声に応えるように、木々の隙間に青い光が走った。
まるで稲妻のようだった。
「呼んだか、スズメ」
木の上の方から声がして、誰かが飛び降りてきた。
少年のようだった。
「メイロン、あなたの技を教えてあげて」
メイロンは、青い瞳をキラっとさせて、快活に答える。尖った八重歯が印象的だった。
「了解! よろしくな、俺メイロン。お前は?」
「藤影、恭介です」
「ふ、じ。か、げ…か、なげーな。んじゃ、かげっちにしよう。よろしくな、かげっち!」
あっと、恭介は反応した。
学校で、いつも悠斗から呼ばれていた愛称。
思い出した瞬間、また涙があふれた。
そして、泣いた。
それは、声を押し殺してではなく、腹の底から、全身を震わせての慟哭だった。




