【第一部】絶望 一章 僕はまだ知らなかった 4
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おーい
遠くから声がする。
おーい、恭介…
少し掠れた男性の声。
昔、ずっと昔に聞いた声。
そうか、祖父の声。
―すまんな、恭介。あんなのでもお前の親父、俺の息子―
大きな手で、頭を撫ぜて祖父は言う。
父と違って、いつも祖父は優しかった。
―あいつを、許してやってくれ―
許す?
息子をためらわずに排除するような
そんな男を?
いくらおじいさんの頼みでも、そんなの無理だよ。許せないよ!
「許さない!」
叫んだ自分の声で、恭介は覚醒した。
堅い岩盤に、横たわっていた。
僕はどうなった…
どこだ、ここは
僕は、死んだのか…
恭介は身体を起こした。
薄暗い場所だが、周囲を見渡すと、細く続く通路が見える。
よろよろと立ち上がると、太ももに痛みが走る。
濡れたままの衣服と、ウエストポーチ。
海に落とされたのは、夢ではなかったのだ。
痛みを感じるのは
生きている証拠か。
細い通路を一歩ずつ、恭介は歩き始めた。
濡れたままの靴から出る、湿った音だけが響いた。
投げ出された海の近辺の、洞窟か何かだろうか。
進む方向にぼんやりとあかりが見える。
とにかく咽喉が乾いていた。
狭く暗い空間は、時間の感覚が乏しい。
どのくらい歩いたのか恭介にはわからなかったが、ぼんやりとしたあかりは、徐々に大きくなった。
月だろうか。
そういえば、今日はスーパームーンとか言っていた。
琥珀色の、円形の光。
形と大きさを恭介がとらえた瞬間、光源がぐりっと動いた。
本能的に恭介は後ろに下がる。
月かとも思えたその光は、眼球が発するものだった。
わぁっと恭介は尻もちをつく。
それまでは逆光でわからなかったが、そこに巨大な生き物が存在していた。
オーストラリアには、ワニやオオトカゲが生息していることを思い出したのだ。
巨大な眼球は爬虫類のそれに似ていた。
逃げようとしても、恭介の足は動かなかった。
眼球が恭介に近づく。
胴体から首がぬっと伸びたように見えた。
そこにいたのは、想像を超える大きさの亀だった。




