【第一部】絶望 一章 僕はまだ知らなかった 3
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なすすべもなく、恭介は溺れていく。
なんで
なんでこんなことに…
じたばた動いたおかげで、手足の縄は少し解けたが、泳ぎはもともと得意でない。
さらに、海に放り出される前に、体に重りを付けられた。
古いタオルの間に、濡れた砂をビニール袋に入れて包み、恭介の腹に何重にも巻かれた。
「このタオルは、日本からお前に運んでもらったものだよ」
意地悪く笑った侑太。
「この辺は、あんまり出ないけどな。サメ寄せだ」
ナイフを太ももに刺した戸賀崎。
「最後に良いもの見せてあげる」
大きく胸を露出し、笑った果菜。
黙って腹を殴り、海面に突き落とした原沢。
何よりも
―藤影社長のたってのご意向です―
仙波の一言が重かった。
そんなに、僕が嫌いだったんですか、父さん!
狩野学園の幼稚部に通うようになってから、父、創介の躾はどんどん厳しくなった。
叱責というようよりは、罵声と怒号。
創介の意に添わない行為行動は、すべからく否定。
自分だけが我慢するならまだしも、罵声は母にも向けられた。
恭介の成長とともに、母は体調を崩していった。
ああ、せめて
母さんに会いたかったな
暗い海に落ちて行きながら、恭介は母の面影を浮かべた。
吐き出す息もなくなっていく。
思考はとりとめもなく、ぐるぐる廻る。
こんなところで
死ぬのか、僕は…
「生きろ!」
誰かの声がした。
生きる?
父に疎まれ
同級生に排除され
海中で息も絶え絶えで
それでも
生きろと言うのか!
どうやって
何のために
恭介のウエストポーチから、一筋の光が放たれた。
その光に呼応するかのように、海中の潮の流れが急に変わる。
流れは一つの方向を目指して、恭介の身体を運ぶ。
そして、海中に散在する岩の隙間に、少年を抱えた激流が、なだれこんだ。




