【第一部】絶望 一章 僕はまだ知らなかった 1
誤字報告、ありがとうございます。
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恭介らのオーストラリアでの研修は、つつがなく進んでいた。
観光名所めぐりや、ショッピングの時間もそれなりに設けられており、一週間はあっという間に過ぎた。
ホームステイの場所は、オーストラリアの南部、アデレードの郊外。
運よく、恭介と悠斗の宿泊場所が、隣りあわせであったためか、出発前に悠斗が危惧していたような、同じ班のメンバーからの嫌がらせなどは特になく過ぎた。
帰国前の一日は、班ごとに自由行動となっていて、恭介の班は、新堂侑太の強い推しにより、カンガルー島の散策に決まっていた。
自由行動の前の晩、恭介の宿泊場所に悠斗がやって来た。
「渡し忘れてたから」
そう言って、悠斗はゴツゴツとした赤銅色の石を恭介に差し出した。
何だろう、鉱石?
「プレシャス・オパールの原石だって」
原石の一部は街灯の光を受けて、赤っぽいオレンジ色に、キラっと輝いた。
「ありがとう。とても綺麗で気に入った…でも何で?」
恭介の問いに、悠斗はちょっとはにかんだように答える。
「エアーズロックの土産屋で、安かったから。あ、俺も一つ買った」
恭介の、「何で」の本質的な問いに、悠斗はあえて気づかないふりをした。
言ったら、恭介を不安にさせる。
いや、きっと自分が不安になってしまう。
それ以上、恭介は悠斗に問いを投げかけることなく、微笑んだ。
「大切にする。ずっと」
自身の宿泊所に戻りながら、悠斗は胸の奥のしこりが取れなかった。
あの日…
オーストラリアの名所見学として訪れた、エアーズロック空港を出たところで、悠斗は肩を叩かれた。
振り向くと、長いストールで顔を隠した(多分)女性が、早口で話しかけてきた。
なまりのきつい英語でしゃべりながら、その人は悠斗に、卵くらいの大きさの石を二つ押し付けた。
ほとんど聞き取れない内容のなかで、悠斗が認識できた単語は三つ。
「守る」
「あなた」
「あなたの大事な人」
えっ??
と思った瞬間に、そのひとはストールを翻し、人混みにまぎれた。
エアーズロックの見学後、休憩で訪れたホテルの宝飾店を眺めてから、渡された石はプレシャス・オパールの原石だと知った。
翌朝、恭介たちは、カンガルー島に向かう小型フェリーに乗り込んだ。




