【第四部】 追跡 二章 先人の涙 12
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それから一週間。
恭介は絵本のシナリオ制作に着手していた。
とはいえ、高校も始まっており、簡単な作業ではない。
文章を書く機会は今までのあったが、絵本となると文の質が変わる。
悠斗は毎晩、恭介の住まいに寄って、食べ物を差し入れしていた。
白井は、祖母の柏内に、『物体に神聖な気を宿らせる方法』を聞き出し、そのための訓練を行っていた。
当初、白井は柏内にお願いしようとしたのだが
「自分でやりなさい。今のお前ならできるはず」
そう突っぱねられた。
綿貫に愚痴ると
「私も白井君なら、きっとできると思う」
励まされたので、白井は俄然、やる気になった。
しかしながら、訓練の第一歩は、毎日スクワット百回と柏内から指示され、二日目でくじけそうになっていた。
新作絵本のあらすじが出来た頃、恭介のもとに、ふらりとやって来た初老の男性。
「畑野さん! どうしたんですか?」
「こっちに用事があってね。ついでに瑠香と君の生活も、見てみようかと」
「良かった。俺も畑野さんに、直接聞きたいことがありましたから」
恭介は畑野に、これまであった出来事を語った。
特に、夏の海で見た「ミサキ」のことと、その存在を柏内が解除したこと。
更に、最近の新堂香弥子との戦いについては、詳しく伝えた。
畑野は頷きながら聞いていたが、時折、質問や感想を述べた。
「柏内さんは、日本でも指折りの、まっとうな霊能者だからな」
「瑠香さんも、そう言っていたそうです」
「ああ、瑠香には、俺のところに来てから、その辺の修行をさせてたからな」
やはり、白井の言った通り、瑠香にも呪いを解除する能力があるのか。
「では、畑野さんにも、同じように呪いを解くような能力が、あるのですね」
畑野はじっと恭介を見た。
「なぜ、そう思う?」
「実は先日、母に会いました。そこで、畑野さんから渡された、絵本のことを聞いたのです」
「何を、聞いたのかな」
「絵本の作者は、セッコク島に、所縁がある人であったということです」
なるほど
もう、そこまで行きついたか。
畑野は目を細めて言う。
「俺には、大した能力はないよ。あれは遺伝ではなく、環境と、想いの強さで培われるものだから」
むしろ、瑠香の方が、呪いや邪気を祓う力は強いだろう。
そう畑野は言った。
「では、教えてください。絵本の作者が、母以外に絵本のモデルにした人は、一体誰ですか?」
真っすぐな恭介の目は、そっくりだと畑野は思う。
若い頃の、藤影創介に。
二人で酒を飲んだ夜、創介はいなくなった息子のことを、こう評していた。
「あいつの資質は、高かった。俺は、あいつに嫉妬したんだ」
『嫉妬』
その言葉を口に出した創介の目は、少々潤んでいた。
二人して、飲みすぎていたのかもしれない。
そんな創介のことを、まだ恭介には伝えられない。
二人で会った、ということさえ。




