【第一部】絶望 二章 地上と地底 1
1
古くから、地球空洞説というものがある。
アジアではシャンバラ、日本では黄泉の国などと呼ばれ、地下には、地上とは異なる次元の世界が、存在するというものだ。
力学的に、地球には空洞など存在しないと言われていたのだが、二十一世紀になってもなお、その説は消えていない。
近年、亡命した元大国のスパイが、地底には、高度な文明が存在するという文書の存在を発表したが、真偽は不明である。
さて、恭介が、こんこんと湧く泉から、無限の知識を得ていた頃、地上では何が起こっていたのだろうか。
『日本の小学生男子、豪州沖で行方不明』
連日、マスコミは大々的に取り上げ、行方不明の小学生が、大企業の社長の一人息子ということが取材に拍車をかけた。
記者会見は、狩野学園で行われた。
藤影創介がマイクに向かって泣きながら「息子は、恭介は絶対生きています。私は信じています!」と熱弁。視聴者の涙を誘った。
一緒にフェリーに乗船し、からくも助かった子どもたちは、顔をモザイクで隠しながらも取材に応じ、「藤影くん、戻ってきて」と絶叫。
それらは諸外国にも発信され、オーストラリアの首相は日本の総理大臣に、解決に向けの全面的協力を約束した。
一方で、狩野学園小学部の語学研修のあり方には、次々と批判が生じた。
帯同する教員数が基準より少なかったことや、現地のガイドが必要な資格を持っていなかったことなどが、保護者から糾弾されたのだ。
学園の理事長と小学部の校長は、責任をとって辞任。
藤影恭介の担任は、体調不良で入院加療。その後退職。
新しい理事長に藤影創介が選ばれた頃には、日本は秋を迎えていた。
学園では、誰も恭介の安否を口にしなくなっていた。
たった一人をのぞいて…
―かげっち 早くもどって来い!
小沼悠斗はオパールの原石を握りしめる。
ほんのりと温かさを感じるオレンジの石。
この石から光が消えない限り、恭介は生きていると彼は信じていた。
そして、この一連の流れに疑問を持った人間が、一人いた。
フリーライターの島内仁という男である。
島内は、以前週刊誌の記者であったが、ある件で上層部と揉めて退職。
現役記者の時代は、その風貌と相まって、「猟犬」と呼ばれていた。その猟犬の勘がうずく。
―この小学生の行方不明は、単なる事故のなのだろうか―
島内は、己の勘を信じて、取材を開始した。




