権利には義務が伴います
全てが解決したのは三日後だった。
大勢が集まる謁見の間や執政を行う執務室ではなく、王の私室に集められた先日の面々。
三日三晩ほぼ不眠不休で魔物氾濫に対応していたのだろう、全員の顔には疲労の色が濃く装束はあの卒業パーティーの時のままで、所々が破け汗や埃や何の汚れだか考えたくもない赤褐色のものまである。
王の御前に出るには到底相応しくない格好ではあるが、第一王子でさえそうなのだからこの際仕方ないだろう。
順序も秩序もなくワラワラと森から溢れ出てくる小物の魔物を、魔法師団がそれぞれの魔法である程度薙ぎ払い、あぶれた魔物は騎士団と冒険者達それと腕に覚えのある戦闘経験者達が討ち果たす。
手傷を負った者は神官の治癒魔法や商人達が提供した体力回復薬で治し、魔力枯渇した者は魔法師団と冒険者組合から供出された魔力回復薬で回復する。
魔物氾濫が起こって二日と半日、ようやく一息ついたかと満身創痍の集団の前にその現象は起こった。
森の深部から凄まじい地鳴りと共に、木々が薙ぎ倒される音が響く。
音は次第に大きくなり、津波のように木々が盛り上がってその魔物が姿を現した。
「……九頭大蛇だ……」
誰かがポツリと、魔物の名を音として零す。
九頭大蛇、その名の通り巨大な胴体に九つの頭を持つ大蛇で、竜の亜種。
目の前の化け物は、高さも身幅も十メートルは優に超えていて、尻尾を含めた全長の長さなんて考えたくもない。
さらに厄介な事に九頭大蛇は全てが猛毒であり、吐く息を吸うだけで人は死に、住処に誤って踏み込んだ者は苦しみぬいて悶死することだろう。
大方の予想通り今回の魔物氾濫は、九頭大蛇が何らかの要因で森の深部から出てきてしまった事。
だから原因である九頭大蛇を倒せば万事解決……言うは易く行うは難し、である。
誰も彼も、己の死が脳裏に過ぎった。
「兄上がアレなのは仕方ないとして、父上もやり方が緩いからね。 契約で縛るだけじゃなくて、リー姉を崇め奉って雁字搦めにするとかできたし」
「いや、それはクレリット嬢が、断固として拒否したしな」
「なら裏から手を回すなり何なりして、リー姉の人質をバンバン量産すべきだったんだよ」
「知る者はクレリット嬢を畏怖しておったし、彼女も敢えて孤高を貫いておったからのぉ」
「もー完全掌握するつもりがないなら、生贄の鎖はこっちに渡してよぉっ」
「いや、それは、ホラ……レイモンドの目がな……その」
「チッ! 叔父上め」
何やら不穏な単語が飛び交っているが、それに口を挟めるほどの身分と元気のある人物はここ、というかこの国にはほぼいまい。
金髪緑目で天使のような容姿の第二王子、ジークフリード・エルドラドン。
若干、十四歳ながら『やる前から何でもできる天才』と言われ、九頭大蛇を一瞬の内に氷漬けにしてしまった、言うは易く行うも易い人物。
「大体、隣国に留学なんかしてなかったら、リー姉を国外出奔なんかさせなかったのに。 魔物氾濫がなかったらすぐ追いかけられたのに。 思わず九頭大蛇に八つ当たりしちゃったから、素材にもならなかったし」
八つ当たり、のジークフリードの言葉に、その時の光景を思い返して全員の背筋が冷える。
兇悪な九頭大蛇の姿を見て、大なり小なりそれぞれの脳裏に死が過ぎった。
最早これまで、と覚悟を決めた者もいた事だろう。
誰もが恐怖にかられ二の足を踏むような状態で、隊列の後ろから鼻歌交じりの軽快な足取りのまま、一歩も二歩も九頭大蛇の目の前に歩み出た者がいた。
突然目の前に現れた矮小なる生き物を、十八の縦長い瞳孔が一斉に射貫く。
だがそれに臆することなく、ジークフリードは溜息を吐いた。
「あのさぁ、リー姉がいなくなったからって早々に縄張り拡大に来ないでよ」
そう言って一睨み、次の瞬間、九頭大蛇は身動ぎ一つ許されず氷の彫像と化していた。
無詠唱の凍結魔法、しかもこれだけ巨大な魔物を一瞬でだ。
「お前の所為で、リー姉の後を追っかけられなかったじゃないか」
前に出した掌をギュッと握ると、氷の彫像は粉々に砕け崩れ落ち、砕氷の山となった。
その間、僅か数秒。
「迷惑だよ、ホント」
あどけない天使の容貌をした少年が、醜悪な悪魔の使いを容易く屠った。
それはあまりに圧倒的な力の差があり過ぎて、勝鬨さえも凍り付く。
ジークフリードは、パンパンと両手を叩きながら振り向いた。
「はーい、三日前の関係者全員、王の私室に招集ー」
そして、今現在である。
「大体さぁ九頭大蛇程度なら僕一人で何とでもなるけど、どの道、リー姉がいないと森の浸食は止まらないから、遅かれ早かれ王都は魔の森に沈むよ」
ジークフリードの放つその衝撃の真実に、知っている首脳陣は顔を伏せ、知らない面々は驚愕に顔を上げる。
「なっ、ジークフリード、それは一体何の話だ?」
「あれ、兄上知らなかったの? えっ騎士団長トコと魔術師団長トコのも!? まぁそこの神官と令嬢が知らないのは分かるけどさぁ、宰相息子ぐらいには教えときなよ。 だから馬鹿げた婚約破棄の茶番劇なんか企むんだよ」
「馬鹿げたとはなんだっ!」
「じゃぁ言い方を変えるよ、兄上は王都民全員の死刑執行状にサインをしたの」
「なん……だと……」
「まず確認事項、兄上とリー姉が七歳の時に婚約したのは、なーぜだ」
「大公家の血を王家に戻す為だろう」
「うん、それもあるけどね、本命はリー姉をずっと王都に留め置く為だったんだよね」
今一、意味が分からず首を捻る面々と、更に顔を伏せる首脳陣。
「更に確認事項、何故東の森が通称『魔の森』って呼ばれているか分かる?」
「普通の森より成長が早く、放っておくとどんどん侵食してくるからだろう」
「そう、十分に育った大きな木を建築なんかに使う分には問題がないけれど、無暗に切り倒したり浸食を防ごうと若木を切ったり燃やしたりしたら、その倍の速度で脅かされることになる。 だから誰も容易に手が出せず『魔の森』と呼ばれている」
「ふん、王都に住む者なら子供でも知ってる事だ」
「ならその浸食が、十年前からピタリと止まっているって知ってる?」
「はっ!?」
「兄上とリー姉が婚約したのが七歳、魔の森の浸食が止まったのが十年前、さてこの謎解きの答えは?」
「……クレリットが魔の森の浸食を止めている?」
「正ー解、良くできました」
「馬鹿な、普通の人間にそんな事できるわけがないっ!」
アーサーは声を振り絞って叫ぶが、ジークフリードはヘラリと笑う。
「あはは、じゃぁ、リー姉と僕と従者は普通の人間じゃないんだー」
「何だと」
「リー姉って年に一回一週間ぐらい学園休んでたでしょ。 あれ森の深層にいる樹人の長に挨拶に行ってたんだよ、途中の大型魔物の牽制も兼ねてね。 ここ数年は僕も一緒に行ってた、一週間、リー姉と森での野営はメチャ楽しくてさ……まぁ、従者が邪魔だけれどね」
樹人、森を守る役割を持つ木の姿をした魔物。
性格は慎重で、重大な事柄については仲間同士で寄合を開いて決めたり、善良な者にはその英知を授けたりもする。
堅固な岩でもたやすく砕く力を持っていて、弓矢も毒も効かない。
そんな魑魅魍魎が蠢く死地の森奥での野宿が、心底嬉しいと頬を染める外見のみ天使王子。
「なっ、何がそんなに楽しい」
「だって普段と全然違うリー姉が、間近でっ、誰にも邪魔されずっ、見れるんだよっ! 獲物を狩って捌くのはピカ一なのに料理とか味付けは大雑把とか、服が破れた時に繕うのは僕の方が断然上手いとか、僕と従者が先だって色々用意をしていると手持無沙汰のリー姉がオロオロしてて可愛いとか、好物のアップルパイを頬張る時の満面の笑顔とか、林檎ジャムが鼻の頭に付いてたりとか、パイ屑が唇の端に付いてたりとかっ!……あ゛-その至福を今は従者が独占しているかと思うと、心底妬ましいよ」
見た事もないほど楽しげに語っていたのに、急に声質と表情が一段も二段も低くなるものだから、周囲の表情も引き攣る。
だがその事よりも自分の失態を取り返したい人物は、弟に無理難題を吹っ掛ける。
「ならば、お前が森の浸食を阻めばいいではないか」
「樹人の長に気に入られているのはリー姉だし、魔物の牽制になっているのはリー姉の大太刀だよ」
「あれかっ!」
「兄上、吹っ飛ばされたんだってね。 良かったじゃんそれ位で済んでさ。 アレ元々は竜王の爪だから、リー姉がその気になったら人の体なんて塵芥も残らないよ。 九頭大蛇程度ならあの大太刀見ただけで尻尾撒いて逃げ出すね、上位種族のさらに最上位の爪だしさ」
「竜王の爪!?」
遙か山脈を超え世界一高い山の頂付近にある竜人中心の国、竜王国。
竜人は純粋な戦闘民族なので、強い者が正義で王となる。
基本弱い者に興味はない、が、好き好んで虐げるようなことはない。
魔物の竜と人間の子の子孫とも言われてるが、全ては御伽噺や絵本の中での話だ。
「竜王国があるというのか!?」
「あの御伽噺の?!」
「そんな報告は受けておりません!」
「……ジークフリード、それは真か」
流石にそこまでの情報は知らなかったのか、アーサーよりも首脳陣の方が驚いている。
「僕は会ったことはないけど、リー姉が六歳の時に会って、戦ったけど負けちゃって、でも気に入れられて爪を貰ったって。 あの爪ってリー姉が手にした時だけ大太刀に変化するんだよね、僕や従者か持ってみても爪のまんまだったし」
御伽噺の中の最強のである竜王と六歳の女児が戦った!?
で、負けた……虫けらの様に対応されたのではなく、対等に渡り合って負けたというのか!?
で、気に入られた……世界最強である竜王に気に入られた、と、人間の六歳の女児がっ!
言葉をなくす面々に対して、ジークフリードの言葉はあくまで軽い。
「大太刀の性能試しに魔の森に潜って、木の根を齧っている大蛇がいたから退治したら、その根の主が樹人の長で、礼代わりにリー姉が住んでいる場所には森の浸食をしないって約束してくれて……これ幸いと王家はリー姉を囲ったのさ」
「ならばアイツは、魔物氾濫や魔の森の浸食が再び始まると分かって、王都を見捨てたのかっ!」
「……リー姉は兄上と婚約することで王都に留め置かれた。 リー姉の自由を犠牲に王都は守られていた。 まぁ通常の政略結婚と言われればそれまでだろうけれどさぁ、その献身の代償があの茶番劇だもんねー見捨てられても当然じゃない」
「ぐっ! 私だって、話を聞いていれば分かっていれば、婚約破棄などしなかった」
自分だけが悪い訳ではないと、挑むような目で父である王を見たが、逆に王は遠い日に思いを馳せるような様子でアーサーを見る。
「魔の森の浸食が止まるとレイモンドからの報告を聞いて、儂はすぐにお前とクレリット嬢の婚約の旨を打診した。 だがレイモンドはそれに難色を示した。 理由は自由を好むクレリット嬢には、王妃教育どころか普通の令嬢の教育も難しいと、だから王都に住むことで容赦しろともな」
王は一呼吸、重々しく溜息を吐く。
「だから儂は、クレリット嬢を直接懐柔しようとした。 それでお前に会わせたのだがな、見事に目論見外れよ」
「あっあの時は、あいつも全然、令嬢らしくなかったからでっ!」
確かにあの日のクレリットは、蝶よ花よと育てられ屋敷の奥で大切に育てられた深窓の令嬢であろう姿ではなかった。
青白いほどの肌の白さが美しさとされているのに、彼女の肌は健康的にほんの少し日焼けしていた。
折れそうな細い手足に華奢な体が高位令嬢たる所以であろうに、無駄なく鍛えられたしなやかな筋が腕に見える。
梳られた髪は艶やかであろうはずなのに、どことなく荒れた感があった。
上等な生地のドレスも、着慣れていない感があり動作もぎこちない。
何より第一王子に紹介されたのに、媚び諂う事はおろかニコリとも微笑まない少女に、アーサーとてムッとしたのは事実。
だがそれでも
「お初にお目にかかります、アーサー殿下。 クレリット・エルランスと申します」
と、拙いながら淑女の礼をしているというのに
「ふん!」
と、鼻であしらって走り去ってしまわれては、父としても王としても何と声をかければいいものか。
そして、背後に控えているレイモンドから発せられる雰囲気が恐ろしくて、絶対振り返りたくない。
だがこの好機を逃すわけにはいかないと、背後は恐ろしいが王命を使うかと覚悟を決めかけた時、逃げていくアーサーの背をじっと見ていたクレリットが口を開いた。
「『王妃教育を求めない』『行動の強制をしない』『自分のこの力は隠匿とし、必要最小限以外に話さない、特に第一王子に』その三点を認めるのなら契約として交わしてもいいと。 ただしアーサーから婚約解消の旨あれば、契約を解消すると」
「成程、だから兄上は色々物事を知らないし、父上は契約で縛るしかできなかったのか」
「あいつ、契約をなくすために、私に嫌われようとあんな態度を取り続けていたというのか!?」
「ん゛ーそれにしても兄上の態度はないわー。 リー姉だって、話したらちゃんと相手してくれるモン。 無下に無視したりぞんざいに扱ったりしないよ。 むしろ戦闘とか剣技とか身体強化の魔法とかの話に食いついてくるから、よく一緒に行動してた第三騎士団とか魔法師団とかだとそれなりに親しくなった者もいたよ」
「ぐっ」
「婚約者に手紙も書かない贈り物をしない、エスコートもろくにしないしダンスも踊らない。 で、挙句の果てに堂々と不貞を働いて、勝手に正当化して馬鹿息子達と一緒に無実のリー姉を断罪するとか、ホント意味分かんない」
「お前に、あんな不愛想な女と婚姻する辛さが分かってたまるものかっ」
「むしろ大歓迎なのにぃ。 ってか、じゃぁ何で正当な手段で婚約解消して、僕にリー姉を譲ってくれなかったのさ」
「……」
黙り込むアーサーに、ジークフリードはさもありなんと畳みかける。
「うん分かってるー、第二王子と大公令嬢をくっつけたら、自分の王位継承権が脅かされると思ったんだよね。 だからリー姉を婚約破棄した上で王家に嫁ぐのに相応しくない人物としなければならなかった」
「うっ」
「でも本当に僕は王位なんて興味の欠片もないし、リー姉も権力欲なんてなかったし王妃とか国母とか柄でもないって笑ってたよ。 自由なリー姉を繋いで押し込めて閉じ込めて、籠の鳥にと望んだのは王家だ」
王もジークフリードが人を食ったような笑顔で、本気で責めているのを分かっている。
まだ自領に住んでいた幼い頃、時折、弟と一緒に顔を見せに来ていた姪。
恰好は令嬢のドレスなどではなく、ゆったりとしたチュニックにタイツ、それに肩をすっぽりと覆うケープ。
男装で、しかも貴族令息のそれではなく、まるで騎士と狩人の間のような恰好で、大公令嬢ではなく大公の護衛という立場で付き従ってきて、自領と王都までの旅の話をいい笑顔で嬉しそうに語るのだ。
そんな満面の笑顔など、いつ久しく見ていないか。
「……儂は、国の事を思って」
「為政者としての失策だよね。 叔父上の言う様に、王都で暮らしてもらうだけで良かったのに父上は確実を狙った、茨道ではなく安易な道を選んだ。 リー姉一人の肩に圧し掛かるのではなく、王都の民が自分の都を守るために努力すべきだったと思うよ」
「……」
「という訳で父上、叔父上も領地に引き籠っちゃったし、僕も国を出奔してもいい?」
「! ならん、ならんぞジークフリード、お前は王家の一員として民を守らねばならぬ」
「え゛-遅かれ早かれ、王都は森に沈むのにぃ。 兄上が王位を望むんだから王にすればいいし、で後は兄上とそこの令息達に任せればいいんじゃないの」
「ジークフリード、貴様っ! 私だけに責を押し付けて、王族として王都を守ろうという気概はないのか」
「うん、ない」
「はっ!?」
「リー姉がいない場所なんてどうでもいい、むしろ滅べばいいと思ってる。 ってか魔の森の浸食を待たずに、僕が滅ぼしたって構わないんだけど」
ユラリと不穏な気配を取り巻いて、ジークフリードは怪しく微笑む。
それは天使の微笑みというよりは、堕天使の嘲笑のようで。
「兄上は王都を守りたいの?」
「当然だ、尻尾を撒いて逃げたクレリットとは違うぞ、王都を守るのは王族の義務だからな」
「……ローズ嬢は?」
「もっ勿論です。 そして許されるのならアーサー殿下をお支えしたいと思っております」
「ローズ」
「アーサー殿下」
周囲の目も憚らずに、二人の世界を作ろうとする様子にげんなりする。
流石は、国益巻き込んだ茶番劇を繰り広げた情人共だ。
「あーハイハイ。 で、ジルベル・ローランド、ジャヌワン・グレゴリー、ライル・オリバー、アルラーズ・ミクルベ、君達は?」
「言うまでもなく」
「無論」
「当たり前」
「至極当然の事です」
「そ」
ジークフリードは打って変わって邪気なくニパと笑うと、ポケットをごそごそ探り出す。
「じゃぁ、安全に樹人の長の元に行けるようにしてあげるから、自分達で頼んでみるといいよ」
そう言いながら、次期首脳陣達の手に小さな黒い粒を乗せていく。
「何だこれは?」
「樹人の種だよ。 長の祝福が宿っているから、握りしめて祈ってみて」
ジークフリードに言われるがまま、種を握り締めて祈りを捧げる。
何に対しての祈りかは其々だったが、やがて体の中に何かが染み入るような感覚があって、手を開いてみれば種は消えていた。
不思議そうに首を捻る面々に、ジークフリードは拍手と共に驚愕の現実を告げる。
「おめでとう、これで君達は樹人になった。 長の元にも行けるし、同族だから魔の森の深層もへっちゃらさ」
「「「「「「……えっ……」」」」」」
「樹人になったら、睡眠も食事も必要なくなるそうだから、野営の用意はしなくていいよ」
「は!?」
「大体の魔物達にとっては家主みたいなものだから、襲ってはこないってさ。 ただ大型の魔物なんかは、襲うつもりはなくても移動だけで薙ぎ倒したりするから気を付けろって」
「ひぃ」
「樹人は丈夫で強靭な体を持ち、体内魔力を栄養としている種族だから、君達も魔法は使えなくなってると思う」
「ふぁ」
「成り立ての栄養接種方法は経口からの水分補給だけで大丈夫。 五年もしたら手や足からも水分補給できるし、日の光も栄養になるんだって」
「へっ」
「十年もしたら成体として熟して根を張るから、それまでに終生の居場所を確保するようにって」
「ほぁ」
「王都に根を張って護人になるもよし、魔の森の奥で穏やかに根を張るもよし、長みたいに過酷な環境をあえて選んでそこに根を張って新たな魔の森の長になるもよし」
「いっ」
「そうそう、成体の樹人になったら、寿命は数百年は余裕だってさー。 良かったね兄上、ローズ嬢、真実の愛が永久の愛になるかもー」
「「「「「「うわぁぁぁぁっ!」」」」」」
朗らかに笑いながらも驚愕の現実を突き付けてくる事態に、己の惨状を知ってしまった人物達の阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。
アーサーはジークフリードの胸倉をつかんで激しく揺さぶる。
「ジークフリード、お前、私を化け物にしただとっ!?」
「化け物じゃないよ、そりゃ見た目は樹木そのものだからそう思うかもしれないけれど、会話や意思疎通だってちゃんとに成立するのにさ。 とんでもなく長生きだから、下手したら知性や教養も人間よりも高い樹人だっているのに」
「そっそれでも、人でなくなったのなら化け物ではないかっ!」
「だって兄上達程度の戦力じゃぁ樹人にでもならないと、魔の森では数時間だって生きていられないよ。 王都を守るのは王族の義務なんでしょ? で、君達はそんな兄上を支えるんでしょ? リー姉の代わりに樹人の長の所に行くんでしょ?」
「……戻せっ、今すぐ人に戻せぇぇぇぇ!」
「ん゛-僕には無理だけど、長ならどうにかできるんじゃないかなー英知の塊だからね」
「どうすればいい、何処に長はいるんだっ!」
「兄上はもう同種族で繋がってる筈だから、魔の森に行ってみれば、自然と長の居場所は分かると思うよ」
「くっ!」
アーサーはジークフリードから手を離すと忌々しく睨み付けて、踵を返し王の私室から走り出て行った。
「アーサー殿下!?」
「お待ちくださいっ!」
「追うぞ」
「えっ、ちょっ」
「御前、失礼します」
取り残された面々も一瞬の空白の後、慌ててアーサーを追いかけて行った。
怒涛の展開の後、取り残された感のある王は重々しく口を開く。
「……ジークフリード」
「ん? 何、父上」
「先程までの話は」
「嘘偽り何一つないよー。 まぁでも、言ってない事もあるけど」
「言ってない事、とは」
「まず長が樹人から人に戻せるかどうかは分からないし、戻せても戻してくれるかは分からない。 大体戻せたとしても、今度は魔の森の深層からどうやって普通の人間が生きて戻ってこれるのさ」
「あ!」
「後、樹人に魔物は襲い掛からないけれど、成り立ての雌は要注意。 小鬼や豚頭にとっては、体のいい繁殖相手なんだよねー。 餌は水だけでいいし、体は丈夫で強靭だから成体になるまで、まず壊れないしさ。 ま、成体になったら適当にその辺に植えてもらえるって話だけど」
「……うわぁ……」
誰かは分からないが、若干の非難を含んだ声が上がるが、ジークフリードは何処吹く風だ。
「いかに樹人になろうと、兄上とアイツ等が魔の森の深層まで行けるとは思ってないけどねー。 浅い所でウロウロするか、森まで行かずに戻ってくるか……ま、王都に関してはアイツ等に譲ってもいいんじゃない。 でさ、父上」
「何だ」
「父上は、民を救いたいんだよね?」
「そうだが」
「じゃぁ、魔の森が簡単に浸食してこないような土地に、遷都すればいいんじゃないの?」
「「「「 ! 」」」」
不思議そうに首を傾げるジークフリードの提案に、首脳陣達の目から鱗が落ちる。
この場所が王都となったのは、初代王がこの場所で国を開いたからだ。
「魔だろうと何だろうと森は森だしさ、あまり乾燥が激しい土地や岩盤に浸食するのは難しいんだって。 別に王都をここに拘る必要はないんでしょ、魔の森に沈むまで十年ぐらいは猶予がありそうだしさ」
今から森の浸食を阻むことが可能な土地を探し、王都を建設し、民を移住させるには例え十年あってもギリギリかもしれないが……。
「南西に丸一日ぐらい行った場所に、岩山しかないいい感じの場所があるってリー姉が教えてくれたー、その距離なら十分に移動できるよね」
「あぁ、あの捨てられた地ですか」
宰相が自分の頭の中の王国の地図を合わせ、場所をはじき出す。
「あそこは本当に岩山しかないから、年一回の騎士団の合同演習の場になっているが」
「魔術師団の演習にも最適です……が、あの岩山では都として整備するには、あまり適さないかと」
騎士団長と魔術師団長が顔を合わせ難色を示す。
現場の状態を誰よりも知っているが故に、現実的ではない事も分かっているのだろう。
「明日にでもそこに偵察をやってみてよ、多分整備も兼ねてリー姉が岩山吹っ飛ばしてると思うよ」
「「「「はぁ!?」」」」
「……以前そんな話をしてたから、人に興味ないように見えて、意外とお人好しだからねー」
そうきっと、随分前から道は示されていたのだろう。
しかし、それならば……。
「ジークフリード、何故それをアーサーに話さなかった」
「何が? 兄上は王都を守りたかったんでしょ、だから王都を守る方法を教えてあげただけだよ。 まぁ、リー姉を侮辱した連中を許す気なんて微塵もないのが大多数だけど」
一切の表情が抜け落ちた顔でそう告げるジークフリードは、なまじ容貌が整っているだけに冷え冷えとしていて恐ろしい。
「樹人のまま戻ってきたらその身はここに縛られ、リー姉が下準備してくれた新しい都に行くことは出来ず、臍を噛みながら滅びる王都に根を張って数百年を生きればいい。 魔物に連れ去られでもしたら万々歳、 万が一にも人として戻ってきたなら」
うっすら微笑む第二王子。
「僕自ら、引導を渡してやるよ」
九頭大蛇に関しましては、若干難易度を下げました。
だって九の頭の真ん中が不死とか、八つの頭は切るとすぐに傷口から
新しい二つの頭が生えてくるとか、猛毒は解毒することが出来ないとか
無理ゲ。