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自由には責任が伴います

「こっ、これは一体、何としたことだ!?」


 驚愕に満ちた声がホールに響いたのは、奇跡でも偶然でもない。

 お忘れかもしれないが、今は卒業パーティーの真っ最中で成人の祝いも兼ねたパーティーに、言祝ぐ者が訪れない筈もなく。

 エルドラドン王と王妃、後ろには宰相のローラント卿が続き、護衛としてだろうグレゴリー騎士団長にオリバー魔術師団長、そして一番最後に王弟でありクレリットの父親のエルランス大公が付き従い、ホール中央まで足を進める。

 大公は無表情で内情は推し量れないが、他の者の態度は何事だっ!? と困惑気味だ。

 それもそうだろう、ダンスホールの床は若干の瓦礫が散乱し、窪んだ跡や亀裂の入った跡もあり、正面の壁はひび割れている。

 自分達の子供は一か所に固まって何やら治療を受けているし、他の貴族の子女達はホールの片隅に集まっている状態。

 祝いのはずの卒業パーティーが何故こんな修羅場と化しているのか、理解が追い付いていないのだろう。


 声の主を認識した皆は、さっと紳士淑女の礼をとる。


「よい、皆、顔を上げよ」


 一声で、全員が姿勢を正す。

 王は治療を受けている一向の前まで来ると、訝しげな視線を向ける。

 アーサーは宰相令息の肩を借りて、慌ててヨロヨロと立ち上がるが髪や服に赤ワインの染みまである。

 騎士団長令息は神官から両足の治療を受けている最中、魔術師団長令息はどこぞかの令嬢から喉の治療を受けている。

 まるでここだけ、野戦病院のようだ。


「これは一体どういうことだ、説明せよ」

「はい陛下、クレリット・エルランスが私に決闘を申し込み、この有り様になった次第です」

「決闘? 何故だ、何故そんな事になった? クレリット嬢は何処だ?」

「……そっ、それは」 


 言い淀むアーサーをおもんばかってか、ジルベルが口を開く。


「恐れながら陛下、私共が調査して分かった事なのですが、大公令嬢がそこの男爵令嬢を身分を笠に着て苛めていた事実がありましたので、それを問い詰めましたところ、名誉を回復すると言いアーサー殿下に決闘を挑んでまいりまして」

「クレリット嬢が苛めていたとした証拠は何だ? まさか、その男爵令嬢とやらの証言だけではなかろうな」

「いいえ、私共もその現場を見たり聞いたりしております」

「何時だ」

「はっ」

「何時の話だ」

「あっ……の」


 王が大公令嬢よりの発言をしていることに気付き、ジルベルは口籠る。

 それを制して、アーサーが声を上げる。 


「まずは、月ノ月三日の下校時間の裏庭です。 クレリットはローズのスカートに泥水をかけたのです」

「クレリット嬢はそれを認めたか」

「……いえ」

「ローズとは、そなたか」

「あっ、はい」

「クレリット嬢から、泥水をかけられたのか」

「……校舎角の出会い頭の出来事で、私にもよく分からず」

「一体なぜ、それでクレリット嬢の所為になるのだ」

「……ジャヌワンがそうだと申しておりましたので」


 アーサーの一言で、皆の視線が一斉に未だ治療を受けているジャヌワンに向けられ、騎士団長が一歩前に出る。


「何故そう判断したのだ。 己が剣にかけて、嘘偽る事無く陛下に申してみよ」

「アーサー殿下と仲の良いローズのことを、大公令嬢が嫉妬していると思ってました。 だからローズの汚れたスカートを見た時、大公令嬢がやったのだと思って」

「全てが、お前の思い込みだというのだな」

「思い込み?」

「そうだ、クレリット嬢が第一王子と男爵令嬢の間に嫉妬しているという思い込み、その現場を見た訳でもなく、男爵令嬢に犯人を聞いたわけでもなく、己の卑しい心根だけでクレリット嬢を犯人だと決めつけた思い込み」

「……」

「大体その日一日、クレリット嬢は第三騎士団と共に行動していて、学園には来ておらぬ」

「!」


 王族を警護する第一騎士団、王都を守護する第二騎士団、魔物退治を主とする第三騎士団。

 何故そんな部隊に大公令嬢がと一瞬思うが、あの剣技の冴えの一端を見せられれば理解できる。

 理解はできるが納得はしたくない、ギリと奥歯を噛み締めるジャヌワンを尻目に騎士団長は王に向かって膝をつき頭を下げる。


「此度の我が愚息が仕出かしました不始末、罪科は私共々如何様にもお受けいたします」

「なっ、父上、何を!?」

「黙れ、お前は国の根幹を揺るがしたのだぞ」

「騎士団長、その話は後にしよう。 まだ何かあるようだ」


 今までのやり取りを見聞きして、露骨に視線を逸らしだした令息達に対して王が告げる。


「アーサー『まず』と言っていたな、次は何だ」

「……星ノ月一日だと、ジルベルが」

「ほぅ、申してみよ」

「ローズ嬢の課題ノートが破られまして、 提出時の彼女のノートの下には、大公令嬢のノートがあったそうで……」


 言い淀みながら口を閉じるジルベルに、王ではなく宰相が声を上げる。


「まさか、それだけ? それだけの事で、クレリット嬢に罪を問うたと!? それをお前は調査というのですか、何と愚かな。 それにその日クレリット嬢は登城しておられた、私も同じ会議の席に着いていましたし他にもいました。 少し調べればわかる事なのに何故、冷静になって調べようとしなかったのですか」


 心疚しい者を見るかのような父親からの視線が耐えられなかったのか、ジルベルは視線を逸らす。


「この様子では他にもありそうだな、洗い浚い白状せよ」 

「……土ノ月一日、ローズのブローチが盗難に遭いました。 大公令嬢が一番最後に教室を出たという目撃者があります」

「白ノ月十日、淑女の所作の授業で貴女がローズ様にぶつかり、グラスのワインを彼女のドレスにかけたと」

「魔ノ月十一日の放課後、クレリットはローズを階段から突き落としたのです」


 ライルは喉を撫でながら掠れた声で王に答え、アルラーズは一時治療の手を止める。

 そしてアーサーは悔し気に声を震わせた。

 

「ふむ、ローズとやら」

「はい」

「クレリット嬢にブローチを盗られたのか? 態とドレスにワインを零されたのか? 突き落としたのはクレリット嬢だったのか?」

「……ブローチは誰に盗られたか分かりません。 ワインを零された時も態とかどうかは分かりません。 突き飛ばされたのも背後からで、誰か分かりませんでした」

「分からぬ、分からぬ、分からぬ……か、それでよくもまぁ」

「……」

「王よ、宜しいか」

「何だ、魔術師団長」


 王に許しを得ると、魔術師団長は一歩前に出て自分の息子を見る。


「ライル、何故『魔力索敵』をしなかった。 宝石や鉱物などには魔力が籠り易い、盗まれた直後というのなら痕跡なとが多少なりと分かる筈」

「……しました」

「それで」

「……痕跡はありませんでした」

「ならば元々ブローチなどなかったか、盗んだ者がお前より魔力操作が上手い者か。 クレリット嬢は魔法を扱えない、故に当てはまらぬ」

「でもアイツは、身体強化の魔法が使えた!」

「そう、クレリット嬢の魔法はそれだけだ、お前はそんな令嬢の魔力操作に劣るというのか」

「あっ……いや……」

「土ノ月一日、魔術師団で何があったか知っているな」

「王都周辺の街道に、魔物除けを施していたと」

「その日、クレリット嬢は我々と同行していた、用があり一度学園に戻ると言うので私が同行したが、教室を出た時に不要な魔力など帯びていなかった」

「……そっ、そんな」

「親の言葉も信じられぬか『麻疹』とはいえ末期だな」


 魔術師団長はローブに着けていた掌ほどの大きさのある勲章を取り外し、膝を着きながら王に差し出した。

 

「王よ、前団長より預かりし魔術師団長の座、今この場にて返上致します」

「父上!?」

「敬うべきクレリット嬢を蔑ろにした、私の首程度では追いつかぬ」

「まぁ、待て、まずは皆でクレリット嬢に頭を下げるのが先だ。 アーサーお前もだぞ」

「なっ! クレリットはローズを殺そうとした女です」

「何処に証拠がある」

「私が確かに、階段上に見ましたっ!」


 きっぱりと言い放つ第一王子に、王は首を横に振る。


「見間違いだ」

「何をっ!」

「その日、クレリット嬢は王城におった」

「……は?」

「儂の要件を頼まれてくれた、学園には行っておらぬ」

「そんな、馬鹿な」


 アーサーは自分の記憶を振り返る。

 教室にいた事、手洗いに行ったローズが戻ってくるのを待っていた事、廊下からローズの悲鳴が聞こえた事、階段下に倒れていたローズを抱き上げた事、腕の中のローズの視線を追えば階段上にクレリットがいた事。

 それが自分の目に映っていた事実だ……事実だったはずだ。

 瞬間、頭の中の映像がぼやける、腕の中のローズの視線を追えば……いや追ったか?……あの時はとにかく慌ててて、急いでローズを擁護室に抱きかかえて行った。

 いつだ、いつ、階段上にクレリットがいると思った?

 考え込むアーサーに王はさらに畳みかける。


「大体、それらの罪を突き付けてクレリット嬢が認めなかった故の、名誉回復の決闘なのだろうが。 クレリット嬢の無実は明かされ名誉は回復された、敗者がそれを蒸し返してどうする」


 王は荒れたホールを見渡し、負傷をしていたらしい二人を見て首を捻る。


「しかし一体、決闘の条件は何だったのだ? よもや令嬢相手に一対三とかありえぬだろうな」

「いえ、クレリットからの提案で、私と何でもありの一騎打ちでした」

「ならば何故、そこに二人が負傷しておるのだ」

「……アーサー殿下が害されて、思わず剣を抜き返り討ちに遭いました」

「……魔法を放とうとし、その前に首を絞められ落とされました」

「……ローズ様と我が身を守ろうとし、結界魔法を張りましたが剣圧一つで崩されました」


 決闘の作法として有り得ない報告に、大人たちの顔が白くなる。


「……つまりお前達は、正式な決闘の勝利者に、卑怯にも襲い掛かったというのだな」

「「「 っ! 」」」


 三人は改めて言われて初めて、自分達が何をしたかに思い至った。 

 最愛のひと愛しさで濁り切った目。

 公爵令嬢は敵だった、第一王子は味方だった、だから敵には何をしても許されると無意識に思い込んでいた。

 だが他人が『決闘の勝利者に、卑怯にも襲い掛かった』と聞けば、何と醜悪で愚かなと思うだろう。

 その、醜悪で愚かな事を仕出かしてしまっていたのだ。

 顔色をなくし言葉なく立ち尽くす三人を見ながら、王は深々と溜息を吐く。


「これは如何様にすれば納得してもらえるのか。 ともかく、クレリット嬢を連れてまいれ」

「クレリットはホールから出ていきました」

「何処に行ったのだ?」

「分かりません、ただ陛下に『契約は破棄されましたので、これからは自由にさせて頂きます』と言付けが」

「「「「 ! 」」」」


 アーサーのその言葉を聞いて、大人達が驚愕の目を剥き、顔が引き攣る。


「まっ、まさか、アーサーお前、クレリット嬢と婚約解消したのではあるまいな」

「いえ」

「そうか」

「婚約破棄しました」

「「「「 !! 」」」」

「クレリットと婚約破棄して、新たにローズを私の婚約者に……」


 アーサーは続きを懸命に話しているが、大人達は顔面蒼白になって聞く耳を持っていない。


「成程、漸く分かりました」


 今まで黙って事態を見守っていた大公が、ようやく口を開いた。


「どういうことだ、レイモンド」

「本日朝、クレリットに『必要とあれば使ってください』と白金貨を十数枚渡されましてね。 こういう事か、と」


 大公は兄である王の手に、持っていた白金貨を袋ごと全て手渡す。


「ホールの修繕には十分でしょう。 では契約は破棄されたようですので、私も領地に帰らせて頂きます」

「まっ待て、レイモンド。 クレリット嬢は何処に行ったのだ? 領地に戻ったのか?」

「さぁアーサー殿下に言付けた通りでしょう『自由にさせて頂きます』と、自由に旅に出ることに憧れがあったようですから、すでに国を出ているかもしれませんね」

「何と、それではこの国はどうなる!?」


 食い下がる王に、大公は虚無的な笑みを浮かべる。


「兄上、私は常々申しておりましたでしょう、クレリットを婚約の契約でここに縛り続けるのは無理があると。 国は大丈夫でしょうが、王都はどうでしょうね。 あの子は東の森への対応の脆弱性を常々憂いていましたが……では」


 大公は言うだけ言うと踵を返し、ホールから足早に去っていった。

 王の手は空を掴み、残された面子の顔色も冴えない。


「父ぅ……陛下、一体何事ですか?」

「アーサー……お前達の独断の行動の所為で、今この王都は危機に直面している」

「陛下、今は何よりも早急に手段を講じなければ」

「あぁ分かっている、騎士団長、魔術師団長、クレリット嬢の言っていた東の森の強化を」


 王が二人に打開策を命じようとしたその時、俄かにホールが騒然とした雰囲気に包まれる。

 騎士の一人が駆け込んできたのだ。


「王に急ぎご報告がっ!」

「何とした」

「東の森で突如、魔物氾濫スタンピードが起こりました」


 ホール内にいた全ての者が息を呑んだ。

 魔物氾濫スタンピードその名の通り、魔物が特定の場所から氾濫して人の領地まで溢れ出てくる現象だ。

 その原因は二種類考えられる。

 一つは、住処が魔物が多くなりすぎて住めなくなった為に、人の領域まで溢れてしまう。

 これはまだいい方で、溢れてくるのは住処での生存競争に負けた弱い個体の集団のみ。

 一般市民から見れば数の暴力で脅威だが、大きな冒険者組合(ギルド)や国単位の武力で見れば、討伐することは可能だ。 

 もう一つの恐れるべきものは、強大な力を有する魔物が己の陣地を広げようと住処から出てくる場合。

 その露払いの前段階として、強大な魔物から逃げようと弱い魔物が住処を捨て溢れる。

 そう同じ現象の魔物氾濫スタンピードでも、その後の意味合いが全く違う。

 そして東の森の表層部は、数か月前に第三騎士団と魔術師団である程度の魔物の数は駆逐されていて、ならば答えは一つ。


 危機を分かっている者の対応は早かった。


「第二騎士団、第三騎士団、出ますっ!」

「魔術師団も出よう」

「冒険者組合(ギルド)と神殿に招集をかけます」


 迅速に行動を開始した側近達を頼もしく思いながら、王は僅かに顔を横に向けると深々と溜息を吐いた。


「騎士団長よ」

「はっ!」

「そこで呆けている者共も前線で使ってやれ、己の自由と身勝手を履き違えた発言と行為の責任を取らせてやるといい」


 王の視線が指し示す先には、突然の展開に付いていけずに呆然と立ち尽くす次代を担うべき者達。

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