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冤罪? よろしいならば決闘だ

1/3ぐらいは「自力ガンバ」から流用。

温めですが、戦闘による残酷な描写があります。

「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」


 で、冒頭のアーサーの宣言である。


「私は真実の愛を見出した。 ここにいるローズ・リアン男爵令嬢を、私の婚約者とする」


 周囲を見回し得意げにアーサーは言い放ったが、扇で顔半分を隠したまま何の反応も示さないクレリットを見て、忌々しげに睨みつける。

 その背に庇われたローズが小刻みに震えながらこちらを見ており、傍には取り巻きとなった攻略対象者達が立ち並んでいる。

 彼らも、まるで親の敵でも見るかのような目でこちらを睨んでいた。 


 まるで魔女裁判。


 女一人に、向こうは六人。

 しかも、次期の国を担うべき高位貴族令息達。

 その人物達に敵視されるだなんて、覚悟なくばその威圧感は幾許のものか。

 普通の令嬢なら、耐えられるようなものではないだろう。

 それなのに、紳士な礼節は一体どこに行ったのだ。

 彼らの認識で言えば、自分達は被害者、こちらは加害者。

 しかも自分達の愛してやまない女性を害した、まさに魔女のような存在。

 同じ場所の空気を吸うことさえ、憎らしいと言うところか。


 さて、こんな茶番は早く終わらせてしまおう。 


 クレリットは扇を顔から離すと貴族令嬢らしく感情を表に出すことなく、涼しげな表情のままアーサーに向かって静かに淑女の礼をした。


「婚約破棄とローズ様とのご婚約、承知しました殿下。 では陛下にも、そうお伝えください」


 言うだけ言って、その背を翻したクレリットにアーサーの怒声が突き刺さる。


「逃げるのかクレリット、卑怯者め!」

「逃げる、とは」

「今から貴様が、貴族にあるまじき卑しき奴と知らしめるのだからな」

「卑しい、とは」

「大公令嬢という身分を笠に着て、ローズを苛めたであろうが」

「苛めた、とは」

「ローズが貴様に苛められて、嘆いていることは確固たる事実」


 クレリットは再び扇で顔を隠しながら、アーサーの背後に隠れているローズに視線を移す。

 視線の先を確認したからか、取り巻きと化した男達も次々と糾弾の声を上げる。


「泥水を掛けたのだろう」

「ノートを破ったとも聞きましたよ」

「ローズのお母さんの形見のブローチを盗んだんだって? 最低だね」

「ドレスにワインを零して汚しましたね」

「あまつさえ、ローズを階段から突き落としたではないか」 


 男達の怒声がクレリットに突き刺さるが、彼女にひるむ様子は微塵もない。

 一方で皆に庇われているローズは、胸前で手を組み震えながら訴えかけてきた。


「クレリット様、私、一言謝っていただければ、もうそれだけで」


 その儚げな様は男達の庇護欲をそそるらしい。


「愛しいローズ、安心するがいい」

「騎士の剣にかけて、お前を守る」

「可愛そうに、怖がらなくとも良いのですよ」

「でもローズは優しいね、謝るだけで許してやるなんてさ」

「神様は、いつも正しい者の味方ですから」


 怯える様子のヒロインを構い倒す攻略者達を尻目に、悪役令嬢は微動だにせず一言も発しない。

 そんなクレリットの振舞いに業を煮やし、男達のボルテージが跳ね上がる。


「貴様、何とか言ったらどうだ」

「無様だな」

「黙して語らずとは愚かなことを」

「やっぱり、アンタがやったんだろ」

「神は全てを見ておられます」


 それでも、クレリットは伏目がちの表情で何も答えない。

 埒が明かないと男達は思ったのだろう、具体的な日付を上げ糾弾を始めた。


「月ノ月三日、下校時間の裏庭だ。 ローズの悲鳴が聞こえて俺が駆けつけた時、彼女のスカートが泥水で濡れていたのだ」

「星ノ月一日の課題ノート提出日、ですよ。 折角提出した課題ノートをビリビリに破られてしまって。 提出時に彼女のノートの下には、貴女のノートがあったそうですが」

「ブローチの盗難! 土ノ月一日、課外授業のあった日。 アンタが一番最後に教室を出たって目撃者もいるんだ」

「白ノ月十日、淑女の所作の授業で貴女がローズ様にぶつかり、グラスのワインを彼女のドレスにかけたそうですね。 スカートの裾が赤く染まったドレスを、私は見ているのですよ」

「魔ノ月十一日の放課後、貴様はローズを階段から突き落としたではないか。 階段下に倒れたローズをこの腕に抱きかかえた感触、忘れはせぬぞ!」


 今にも噛みついてきそうな剣幕でがなり立てる男達。

 だがクレリットは扇の奥に顔半分を隠したまま、そっと溜息を吐いた。


「えぇい、忌々しい! 何も言う事がないのなら、泣き喚いて床に這いつくばって、許しでも乞うてみたらどうだ」


 とうとうそんなクレリットの態度に痺れを切らし、アーサーは彼女の扇を奪い取ろうとした、瞬間。

 ドシンッ!

 凄い音がして、アーサーは背中から床に落ちていた。

 一瞬過ぎてよく分からなかったが、扇を掴もうとしたアーサーの手を、クレリットがその扇を回転させながら足を払って転がしたのだ。


「ぐっ! なっ、クレリット、貴様っ」


 痛みに呻きながら下から睨み付けるアーサーを、クレリットは息一つ乱すことなく静かに見下ろしながら、自分の手袋を外し投げ落とす。


「婚約破棄は了承しました。 ですが不名誉な罪科を認めるわけにはまいりません、が今この場で冤罪だと証明するのも難しいでしょうから、殿下に決闘を申し込みます」 

 

 思いもかけない貴族令嬢の言葉に、周囲のどよめきがさざ波のように広がっていく。 

 自らの正しさが証明できない時などに、名誉を回復するため相手方に決闘を申し込む。

 白手袋を投げ、相手方が受け取れば了承したことになるのだが……。

 アーサーは、胸の上に落ちてきた手袋を握り潰しながら起き上がる。


「女が決闘だと!? ふざけるのも大概にしろっ!」

「ふざけてなどおりません。 殿下は代闘士チャンピオンを立てて頂いても構いません」


 年齢や性別や職業などで双方の力量に明らかな差がある時、自分の代わりに闘う者を選ぶことができた。


代闘士チャンピオンだと、どこまでこの私を馬鹿にする気だっ!」

「馬鹿になどしておりません。 大事なお体なのですから、怪我を負うわけにはいきませんでしょう」

「けっ怪我をするのが私の方だと言うのか、侮辱するのも大概にしろ。 許さん、この決闘受けてやるっ!」


 アーサーは激昂そのままに腰の洋刀サーベルを抜いて、クレリットに突き付けた。

 卒業パーティーの舞踏会で帯剣しているのもどうかと思うが、この場で帯剣している者が後一人いることを確認しつつ、クレリットは斜め後ろに目配せして一声かける。


「セレン」


 すると彼女の従者である黒髪黒目の青年が、音もなく近付く。


「何だ貴様、私にあれだけ偉そうに吹聴しておいて自分が代闘士チャンピオンを立てるのか」

「いえ、私の剣を」

「剣? あのやたらと貧弱な細剣レイピアか」


 アーサーの頭に浮かぶのは、クレリットが剣術の授業で使っていた通常より細めの細剣レイピアだ。

 授業用の剣が用意されているというのに、態々学園から許可まで取ってその細剣レイピアを使っていたのだ。

 それだけ大事にしているのならどれ程の業物かと思えばてんで鈍刀なまくらで、本来は両刃であるはずの細剣レイピアが只の三角の刀身でさらに刃が付いていないのだ。

 そんな杖にしかならないような剣で何をしようと言うのか、と嘲っていたのだが目の前の光景を見て口をあんぐりと開ける。

 クレリットの従者が魔法で作り出した、不思議に浮かび上がる白い空間。

 その空間に入れた手に握られていたものが、徐々に姿を現す。

 刀身は優にクレリットの身長を越えた長さで、片刃の身幅は易々と彼女の姿を隠す太さ、刃先は鋭く光り刃毀れ一つない。

 そんな巨大な人斬り包丁と言える刀を、クレリットは軽々と片手で振るい肩に担ぐように持つと、ブォン! ズゥン! と信じられない音がする。


「なっ、何だ、そのバカげた剣はっ!?」

「私の大太刀ですが、何か」

「何かって、じゃぁあの細剣レイピアは何だ」

「あれは鍛練用です」

「鍛錬!? あの貧弱な細剣レイピアが?」

「……持たれてみますか」


 クレリットはそう言い、再び従者が魔法で出した空間に左手を入れると、見るからに華奢な細剣レイピアを取り出しアーサーの方に放った。

 アーサーは反射的に手を出したが、支えた瞬間の有り得ない重さに思わず手を引いた。

 ズンッ、と重量級の音を響かせて細剣レイピアが床に落ちる。

 剣術の授業の成績はアーサーの方が遥かに上だ、クレリットと言えば騎士志願の女生徒にも紛れず、一人黙々と剣を振るっていた筈だが。


(まて、クレリットはこれをどう扱っていた? 授業中、軽々と片手で振るっていなかったか!?)


 足元に転がる細剣レイピアを唖然と眺めながら、アーサーの顔から次第に血の気が引いていく。


「殿下」

「なっ、何だ」

代闘士チャンピオン、立てて頂いても構いませんが」

「くっ!」


(落ち着け、成績は私の方が上だ、勝負は腕力のみで決まるものではない)


「いらん! 勝負は何とする」

「何でもありでよろしいでしょう、勝敗は相手が戦闘不能になった時で」


 何でもあり、その言葉にアーサーは勝利を確信する。

 クレリットは魔法が使えない。

 鍔迫り合いの間に近距離で魔法を打てば女一人を気絶させることは容易い、そう踏んで。


「了承した。 いざ、参る!」


 アーサーが洋刀サーベルを構え地面を蹴った瞬間、勝負はついた。

 ゴォウ! という音とともに風が生まれ、その風にアーサーはホール端まで吹っ飛ばされると壁に強かに背中を打ち付け、そのまま昏倒してしまった。

 クレリットが刀の横腹で払い、その剣圧でアーサーはいとも容易く薙ぎ払われてしまったのだ。

 全てが一瞬の事、周囲は唖然とするしかない、が


「おのれ、よくもアーサー殿下をっ!」


 そう言って腰の幅広剣ブロードソードを抜いたのは、もう一人の帯剣者であるジャヌワンだ。

 どうも脳筋の彼は将来の君主兼友がやられて、これが決闘であることを忘れてしまったらしい。

 しかし抜刀したのならば、それ即ち敵。


「うぉぉぉぉぉ!」


 勢いさながらに突っ込んでくる彼を紙一重で躱し、擦れ違いざまに太刀の峰で脛を打ち引く。


「ぐっ、ぎゃぁぁぁ、足がっ足がっ!」

「切断したりしていません、脛の骨を折っただけです。 後で神官にでも治療してもらえばいいでしょう、煩いです」


 この場にいる唯一の神官の方に顔を向けてみれば、その横で魔力が集まりつつあった。

 全くどいつもこいつも、これが決闘であることを覚えていないのか。

 クレリットは溜息一つ、足に力を籠めると一歩を蹴出す。

 たった一歩、その一歩で、詠唱を始めようとしていたライルの面前に躍り出る。

 左手一本で喉を鷲掴み、頭上まで持ち上げた。

 生身の人間としてあるまじきの身体能力に、魔法の申し子からある魔法の可能性が口をついて出た。


「っ……ア……タ、それ、身体、きょ……う、か……」

「正解です。 私に魔法を当てたいなら、無詠唱を会得してからにしてくださいな」

「ぐっ……」


 ほんの少しだけ指に力を籠め、頸動脈を絞めて落とす。

 床にライルを転がして、横を見れば神官の聖なる結界魔法が構築されていた。

 しかし守っているのは本人と、捨てられた子犬のようにブルブル震えている少女のみで、思わずすぐ側で腰を抜かしている男に苦笑いで話しかける。


「ひぃ!」

「あらあら、のけ者にされていまわれましたねジルベル様。 でもこれでお分かりですね、私が本気であの方を害そうと思えば『泥水を掛ける』必要も『ノートを破く』必要も『ブローチを盗む』必要も『ドレスにワインを零す』必要も『階段から突き落とす』必要もない。 こうして」

 

 手首を捻って太刀を振り下ろすと、切っ先から生まれる剣圧だけで結界魔法は粉々になった。


「これだけで簡単に済むのですよ」

「ひっ、ひう! 分かった、分かったからっ!」


 首が取れそうな勢いで頷き続けるジルベルを尻目に、結界の中にいた二人に目を向ける。

 

「かっ神よ、私共をお守りください」


 とかブツブツ拝み倒していたので、つい意地悪な気持ちになってしまった。

 少しぐらい言い返しても『神様』は許してくれるよね、とアルラーズの目の前の床にズン!と太刀を突き立てた。


「はうっ!」

「『神は全てを見ておられます』? 『神様は、いつも正しい者の味方ですから』? でしたら今ここで私がアルラーズ様の首を刎ねたら、それは神様のご意志という事でよろしいですか?」

「はっはっはっはっはっ────っ……」

「あら」


 緩く口角を上げただけなのに、アルラーズは過呼吸を起こし、そのまま失神してしまった。


「随分と、やわですのね……さて」

「っ!」


 自らを守る剣と盾を全て失って、哀れな位にガタガタと震えている、今世では初対面のローズ・リアン男爵令嬢。

 前世では、嬉々として鍛え上げていたヒロイン。

 うん、やはり可愛げなヒロインよりも、ある意味、根性逞しい悪役令嬢の方が鍛えがいがあったな、とクレリットは思う。




 クレリットはある程度の前世の記憶がある。

 運動が得意で自分を鍛えるのが好きな人間だったが、ゲームでもそうだった。

 普通ならば乙女ゲームに手を出すようなタイプではないが『君クレ』だけは別。

 ゲームソースを弄れたので、全てのキャラの戦闘能力の上限をできる限り引き上げたのだ。

 ただ残念ながら一部の固定キャラはその限りではなく、それが悪役令嬢クレリットであり、彼女の従者であったりした。

 ゲーム内ではローズの戦闘数値を上げまくった。

 『君クレ』の世界観には魔王や魔族と言った人型の魔物はいないが、動物型や昆虫型や不定形等の魔物はいる。

 冒険者組合(ギルド)も存在し、やりようによっては学園モノの乙女ゲームではなく、魔物を討伐しまくる狩りゲーにできるのだ。


 そうクレリットの前世は『君クレ』のデータを弄り倒して、ヒロインを鍛えるだけ鍛えて魔物を狩りまくった、戦闘狂バトルジャンキーだ。

 エンディングなど何周回ろうが、良くて『友情ED』大体が実家に一人で帰る『ぼっちED』しか迎えた事はない。

 だから、その場合の悪役令嬢がどのような結末を辿ったのか、よく知らないのだった。

 個別ルートに入れなかった時点で、恋愛系のイベントはそれ以降一切進まない。

 恐らく悪役令嬢は第一王子と結婚して王妃になるのだろうと思う……が、そんな情報もない。

 どうなるか、分からない。


 だが『君クレ』と似た世界に、転生したのだと分かった瞬間に感じた感情は、歓喜だった。

 今迄、全く手出しができなかった悪役令嬢クレリットを、好きなだけ鍛えることができる! と。

 ゲームの強制力か周囲の思惑と自分の都合から、第一王子との婚約は成り立った。

 だがそれも今日限り、これからは自由だ。





 クレリットは、今まさに悪漢に襲われ絶体絶命といった風のローズに、ふっと微笑む。


「ローズ様、後はお任せしますわ。 悪役令嬢は消えますから、ヒロイン頑張ってくださいね」

「……え?」


 クレリットは大太刀を引き抜くと踵を返し、床に転がったままの細剣レイピアを回収して、歩きながら従者の魔法の空間にしまう。

 途中でテーブルの上にあった赤ワインの入ったグラスを一つ失敬すると、ホールの端で気絶したままのアーサーの前に立つ。

 そして彼の顔面に、赤ワインを投げ掛けた。


「──ゴホッ……っ、な……んだ」


 アルコールの匂いで咽たのか、軽く咳をしながらも意識を浮上させたアーサーは、痛む背中を不思議に思いながらも現状を確認しようと顔を上げる。

 そこにあったのは今まで一度も見た事がない、悠然と微笑む元婚約者の姿。


「殿下、決闘は私の勝ちですので、名誉を回復させて頂きます。 陛下には『契約は破棄されましたので、これからは自由にさせて頂きます』と」

「……契……約?」  

「伝えてくださいましたら、お分かりいただけます。 では殿下、ごきげんよう」


 クレリットは一方的に言うだけ言うと、従者を伴いホールから出ていった。

 後に残されたのは、大公令嬢に心身ともに滅多打ちにされたという事実のみが刻み付けられた、第一王子と高位令息達そして男爵令嬢。

 全く蚊帳の外に追いやられた他の貴族子女達は、その現実を呆然と受け取るしかなかった。

剣の漢字は「ふりがな文庫」ってとこを利用。

でもブロードソードって、いい感じの漢字wが見当たらなかったので

まんま幅広剣で。


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