唯一無二の俺のご主人様
「精一杯、楽しい」後半をセレン目線で
とっても、とっても短いです
「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」
── アア、ヤットオワッタ ──
「殿下、決闘は私の勝ちですので、名誉を回復させて頂きます。 陛下には『契約は破棄されましたので、これからは自由にさせて頂きます』と」
「……契……約?」
「伝えてくださいましたら、お分かりいただけます。 では殿下、ごきげんよう」
お嬢様は一方的に言うだけ言うと、俺を伴いホールから出る。
そのまま廊下を歩き、教育棟を抜け、中庭を通り過ぎ、裏庭に辿り着く。
裏庭は普段から人気のない場所ではあるが、今日は卒業パーティで三年生と担当する教師ぐらいしかいないので、本当に人の気配もない。
一回、深呼吸するとお嬢様は王都では常に被っていた、最後の猫を脱いだ。
「セレン、今までありがとうね。 爪と魔法鞄出してくれる?」
お嬢様は手を出し、いつものように俺が宝物箱を使うのを待っているが、その前に確認しておかなければならないことがある。
「お嬢様、どうされるおつもりですか」
「『立つ鳥跡を濁さず』ってね、国から出る前にやれる事はやっておくの」
「捨てられた地に行かれるのですか」
「そう、岩山を薙ぎ払って平らにしとくわ。 払った岩山は煉瓦位の大きさに斬り揃えておけば、後々建材に使えるでしょ。 王都に森が迫ってきたら留学から戻ったジークフリード殿下が思い出すでしょうし、遅くとも騎士団か魔法師団が演習に行けば事は発覚するわね」
「どうやって、捨てられた地まで行かれるおつもりで」
「え、走って」
お嬢様は「今更、何を言っているの?」とでも言いたげに首を傾げる。
俺にしてみれば此方が溜息をつきたいぐらいだ、何故に従者を使わないのか。
「お一人で行かれるおつもりですか」
「えっ、でも、私は国を出るつもりだから、セレンに付いてきてもらう訳には」
お嬢様が王都から帰ってこなくて、第一王子の婚約者になったと聞いて、慌てて街屋敷に跳んだ。
樹人の長の加護のせいで王都から離れられなくなったと聞いた時、正直、王都を全て焼き尽くそうと思ったのだが、お嬢様が
「領でも王都でも、やる事は変わらないわ。 まぁ学園を卒業する頃には婚約破棄するだろうから、それまで良い子で我慢してね」
と言うものだから、俺は良い従者に擬態して一人称も私に変えた。
だけど……。
「私は……いえ、俺はもう用なしですか。 将来、捨てるつもりなら、何故こんな特殊な魔法を仕込んだのですか」
「セレンは優秀だから、きっとすぐにいい主人が見つかるわ」
「『黒髪黒目の大公令嬢の従者』として有名な俺がですか」
「う゛っ」
それは申し訳ない、と思わなくてもいい感情を抱いていることを俺は知っている。
お嬢様愛用の大太刀の鞘は、未だに宝物箱だけなので、俺を傍に置くしかない。
しかし領ではある程度受け入れられていた黒髪黒目も、王都の貴族連中には受け入れ難く思っている者も多く、実際に様々な体験をさせてもらったものだ。
まぁ、あまりに目に余るような場合は、キッチリと人知れずに処理しておいたが。
「じゃっ、じゃぁ、魔術師団に就職したらいいわ。 勧誘されているのでしょう」
お嬢様は、良い事を思いついた!みたいに言うが、実際のところは……。
「大公家の庇護がなくなったら、俺なんて一瞬で実験動物扱いですよ」
「そっ、そんな事はないと思うけれど」
俺は溢れ出る怒りを抑えて、ニィと口角を上げる。
「それに大公家の籍がなくなるのなら、俺は容赦しませんけど」
そう、あんな奴等、細切れに切り刻んでも、地獄の業火で灰も残らず焼き尽くしても飽き足らないのに。
「なっ、何を?」
お嬢様は俺の意図を正確に理解した上で忙しなく視線を泳がせ、やがて大きな溜息を吐いた。
「あのねセレン、私は自由になったの。 だから貴方も自由になっていいのよ」
「自由に、ですか」
「そう、もう私に付き合う必要なんかないのよ」
自由に、そう自由に……俺の心の赴くままに。
「……お嬢様は捨てられた地を整備したら、国を出るのですか」
「うーん、そうね、竜王国に行ってみようかと」
「竜王に会いに、ですか」
「えぇ、今度こそ勝って見せるわ!」
フンス!と鼻息荒く両手を握って力説するお嬢様は可愛らしいが、少し心配な事がある。
まぁ竜王との戦闘はいい線いけるだろうし、何なら勝つことだって不可能じゃないんじゃないかとも思う。
俺の支援が認められれば、絶対に勝たせてみせるが……。
それはともかく、お嬢様は少々色々残念で大雑把なところが多い、特に自分の事柄に関しては。
「竜王国の場所は分かるのですか」
「御伽噺だと『北の世界一高い山の頂付近』って言われてるから、その辺を目指そうかと」
「なら、幾日も野営になりますよね。 天幕や食料や衣装はどうされるのですか」
「私には身体強化があるから、天幕も衣装もいらないわ。 魔法鞄に食料だけは、入れるだけ入れるつもりだけど」
ほら、やはりと、俺は肺の空気を全て吐き出した。
「妙齢な女性が何を言っているのですか。 大体、北は寒いのでコートも必要でしょうし、身一つで野外に寝る事などお嬢様にさせられません。 それに魔法鞄の容量はそんなにありません、精々小部屋一つ分で大した量は入りません」
「私の能力を知っても女性扱いするのは、お父様とセレンとジークフリード殿下くらいなものよ」
いえ沢山いました、お嬢様に懸想していた男は第一・第二・第三騎士団にも、魔術師段にも、学園にもいたんですよ……とは敢えて言う必要もないことだ。
「結局、ジークフリード殿下もセレンも、私と手合わせしてくれなかったわね。 二人は仲良く手合わせしてたのに、ずるいわ」
腰に手を当てて上目遣いで睨まれても、無理を言わないで下さいとしか言えない。
年に一回一週間ぐらい学園休んで森の深層まで潜る。
深層まで行くのに俺の転移で行けるが、大型魔物への牽制や討伐も兼ねて大太刀を晒しながら森の中を進む。
道中、幾分開けた場所で、お嬢様は存分に大太刀を振るう。
周囲に人的被害を与えないから、俺に本気での手合わせを申し込み、ジークフリード殿下には視線で戦いたいと訴えていたが、もちろん却下一択だ。
どうして己の全てである主に切っ先を向けることが出来ようか。
それ位なら不敬罪を覚悟の上で、ジークフリード殿下に魔法をぶちかました方がはるかにマシだ。
ただ俺も殿下も魔法特化なので、中々決着がつかないのが面倒なのだが。
「まぁ、殿下とは痛み分けですが、今この場にいれるだけ俺が有利です」
「?」
「ともかく、お嬢様が俺に自由にしろとおっしゃるなら、俺は自由にお嬢様に付き従います」
「それ、意味ないような」
納得しかねるお嬢様に、俺は最強の切り札を切る。
「……では、このアップルパイは誰が食べるのですか」
「え!?」
「焼いてきてますよ、お嬢様が自由になれるかもしれないお祝いの日ですから。 林檎増し増しでジャムもたっぷり詰め込んだアップルパイを」
大雑把なところも多いお嬢様だが繊細で細やかな場合もあって、一つは魔法に対する興味や考察。
そしてもう一つは、食に対する味覚だ。
出汁や、僅かな酸味や、微かな雑味、俺達には分かりにくい所謂『旨味』と呼ばれるものに敏感なのだ。
流石に大公家の料理人ほどの料理は作れないが、アップルパイだけは誰にも負けない自信があって、お嬢様の胃袋をがっちりと掴んでいるのだ。
お嬢様が「食べたい! でも、連れて行くわけには」と葛藤して、はわはわと狼狽える様がお可愛らしい。
懸想している男達も知らない、お嬢様が少数の心許した者だけに見せる表情だ。
「……嫌になったらいつでも言ってよ、もうセレンは自由なんだからね」
「はい、お嬢様」
いつもこんな風に、俺の都合のいいようにお嬢様を丸め込む。
お嬢様の隣にいられる権利を、俺が手放すなんて天地がひっくり返ろうともありえない。
「むぅぅぅぅ」
眉を顰めるお嬢さまの手に、俺はクスクスと笑いながらそっと自分の手を添える。
「まずは、捨てられた地に跳びます。 そして整地を済ませたら、北の国境砦まで跳びますよ。 国境を抜け国を出たら、お祝いにアップルパイを食べましょう」
「じゃっ、チャッチャと済ませるわ」
「了解です、お嬢様」
そして俺は従者としてはあるまじき行動にでる。
ダンスを踊るかのようにお嬢様の腰に手を添えて、そのまま転移した。
お嬢様、俺がいらなくなった時は、お嬢様の手で俺の息の根を止めてください。
自死なんか許さない、と言った責任は取ってくださいね。
拾って懐かせてしまった猛犬の処理は、ご主人様の義務ですよ。
え? アレ? こっちのセレンはヤンデレか!?