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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
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対等

 俯いたアメリアの前に淡々と料理が並べられていく。匂い立つ湯気に誘われて、アメリアはゆっくりと顔を上げた。

 赤いスープと、厚く切った硬いパン。メインディッシュであろうステーキには野菜と芋が添えられている。目の前に並んだ料理と、その奥に置かれるレディの分の料理を見て、アメリアはぽつりと呟いた。


「貴方、あんまり食べないのね」

「そうかな」


 薄く笑いながらレディはベンチに座る。その前にある料理の量は、アメリアのそれの半分以下だ。


「そもそも私は食べなくても生きていけるからね。全く、機械の体は便利なもんだよ」

「……ごめんなさい」

「なんで謝るのさ。この言い方は癖だから、あんまり気にしないでよ」


 さ、食べよう。と促しながら、レディはパンをスープに浸ける。水分を吸い上げて赤く染まったその部分を、美味しそうに食い千切った。

 一連の流れを見てから、真似るようにアメリアもパンに口を付ける。


「おいしいわ」

「それは良かった。上流階級様の肥えた舌にも合うんなら、私もまだ捨てたもんじゃないね」


 心の底から嬉しそうな声に恐らく他意は無い。だがその言葉に少し前のやり取りを思い出して、思わず顔を逸らした。


「あの二人にも、持って行かなくていいの」

「私が食べ終わってからでいいさ。あの馬鹿共にはしっかり反省して貰わないとね」


 アメリアが顔を戻してレディを見つめる。後ろめたいような、しかし相手を責め立てるような、そんな表情だった。気にせずに笑顔を保って、レディは食事を進める。


「もしかして、聞こえてたの?」

「まぁね。生憎と耳も高性能に作られたからさ」


 その言い方は、聞こうとしなければ聞こえなかった、と言っているように聞こえる。

 だが責め立てるのはどう考えてもお門違いだ。そうわかっているアメリアは、上がってくる言葉を飲み込んで再び手を動かす。

 機械的な動作を終えて口に入れた食べ物は、美味しいとわかっているのに味がしなかった。


「気になるみたいだね」

「……何のこと?」

「何のことって、そりゃあウェインの事だよ。聞こえてたってさっき言っただろ?」


 そうね、と意味の無い返事を返してから、アメリアはステーキを口に入れる。時折食器がぶつかる音が鳴るだけの、静かな時間が続いた。


「明日になれば貴方は元の居場所に戻れる。だからこの関係は殆ど今日限りだ」


 またも、前の苦いやり取りを思い出させるような言葉。怪訝そうな目でアメリアがレディを見る。


「とはいえ私達は依頼業、評判が大事だ。悪い印象が広まれば少し困る」


 その目を真正面から受け止めて、レディは涼しく笑った。


「不満があるならこの私が聞くよ。こう見えて人生経験は豊富なんだ。任せて」

「不満は無いわよ。ただ……」


 咄嗟に答えるが、すぐにその言葉は勢いを失う。レディは口元は笑ったままでため息を吐いて、続けた。


「無いわけ無いだろう。ウェインの馬鹿があんな事まで言ったんだし、それに対する愚痴でもいいんだよ」

「それは、私だって同じ事をしてしまったわ。お互い様よ」


 一度言葉を詰まらせて、アメリアは再び顔を伏せた。

 その事ならばウェインから聞いている。どのような経緯で、どのようなことがあったか位は、大体察しがつく。だが。

 レディは一口分残ったパンを、手の中で転がした。


「お互い様か。それは違うかな」

「どこが違うっていうの?」

「その言葉は相手と自分が対等の時に使う言葉だ。私達と上流階級様とじゃあ対等じゃない。違うか?」


 嫌味っぽい言葉に、アメリアは絶望したように表情を歪めた。


「私はもう上流階級じゃないわ。だからこうやって壁の外に来たのよ」

「それでも違うさ。私達は壁の中の生活なんて知らないし、明日も安心して飯が食えるかすらわからない。それにそっちは客だ。身分も立場も何もかもが違うんだよ」


 どうしてそんな事を言うの、壁の中の現状だって話したのに、客って言うなら何故こんなに責めるの。

 怒りにまかせてぶちまけたい言葉達が、浮かんでは沈み、積もっていく。言ってしまえばまた同じ失敗を繰り返す、そんなことはわかっている。だからこそ何も言えずに居るのだ。

 動かない口と頭の代わりに、アメリアは訴えるようにレディを見る。だがそれも、軽く鼻で笑って受け流された。

 一度歯を食い縛って、アメリアは答える。


「私は、そうは思わないわ」

「そうかい。貴方の尊敬するお父様は、そういう所は(わきま)えてるみたいだったけど?」


 試すような瞳に覗き込まれ、アメリアは顔を引く。手はナイフとフォークを持ったまま固まっていた。


「決して対等じゃなくても、私は貴女達に助けられた。客と言っても、お父様とは違うわ」

「直接じゃなくても、娘を助けられたのは変わらないと思うけどね」


 言外に、自分に対する愛情の無さを指摘するような台詞。アメリアの目の色が変わり始める。


「こっちに来てから随分と気を病んでいたもの。私のことまで気にかける余裕が無かっただけよ」

「娘を気にする余裕が無いなんて、随分と立派な家族愛じゃないか」


 余りに露骨な皮肉に、アメリアがレディをキッと睨んだ。


「何が言いたいの」

「いや、ごめん。悪かったよ。面白くなっちゃってさ、悪い癖だ」


 本当にごめん、と謝る声と表情は白々しい。少なくとも今のアメリアにはそう見える。打って変わって睨まれたレディが、参ったなと頭を掻いた。


「何が言いたいの、か。そうだね。多分、ただ単に気にくわないんだよ」

「どこがどう気にくわないのよ」


 毛色の違う攻撃的なアメリアの問いに、レディは少しだけ目を細める。表情の機微を悟られないように軽く目を閉じて、声を切るように答えた。


「そもそもがね。壁の中から来た人らと私達は、根本的に仲良くないんだよ」

「何故? ここに来るような人は、その、訳ありの人ばかりだと思うけど」

「君は壁の中で、壁の外がどう呼ばれているだとか、知らないのかい?」


 言われてやっと気付いたアメリアは、ハッと表情を変えて顔を逸らした。


「ゴミ溜めとか、そう言われてた記憶があるわ」

「まさしくそうだ。現に壁の中で生まれたゴミの大半は、この外に向かって捨てられている」

「そういう話は、聞いたことだけはあるわね」

「ゴミが行き着くこの場所で、そのゴミを漁って生きてるような私達とは、そもそも関わり合いたくないんだろうさ。向こうさんは」


 自嘲気味に笑うレディを、アメリアがでも、と遮る。


「ここに来る人達は大体は完全主義の迫害を受けた人達でしょう? それなら、被害者であることは同じなはずじゃ」

「自分で言ってただろう。サイボーグ手術を受けられるのは一部の金持ちだけだって。そいつらからすれば、私達は見たくも無い汚物そのものなんだよ」

「そんなことないと思うわ」

「君はそう思っていても、他はそうじゃない。君がここに来るまでに、他に何人もの人間が壁の外に出てきて、そして私達を忌避した。そういうことだよ」


 鋭く冷たい、激しさはないが明確な拒絶が見える言い方に、アメリアは気圧される。おっと、といつもの気取った笑顔に表情を戻してから、レディは続けた。


「私達は自由にやってたんだ。それなのに勝手にやってきて、決めつけて、笑われたら腹も立つ。だから向こうのお望み通り、私達も壁の中の奴らとは距離を置いた」

「私はそんなこと思ってない。貴方達を避けようなんて、そんな」

「わかってる。でもね、私達は君を詳しくは知らない。ただ君に似た人間の事を知ってるだけだ」


 貴方にはどうしようもない問題だと言われて尚、アメリアは憂いを帯びた表情で考える素振りを見せる。しかし、簡単に適切な答えは見つからない。

 ごめんなさい、と口が動こうとしたその前をレディは制した。


「すぐ謝るのも止めた方が良いよ。今後のためにもね」

「な、どうして」

「素直で、高潔で、非を認められる。大いに結構、素晴らしいじゃないか。だけどこの場所は、そういったものが評価される場所じゃない」

「でも、貴女は印象が大事だって」

「表面上はね。一応は信頼第一だからさ」


 そう言って、レディは胡散臭く笑う。いつの間にか軽く腰を浮かせていたアメリアが、沈むように腰を下ろした。


「許してくれ。素直さとか、高潔さとか、そういうのはもう小さい頃に売っちゃったんだ。だからもう手元に残ってない。見せつけられても困る。特に君のは、私達のより価値があるからね」


 独り言のように言葉を溢しながら、レディは空になった自分の皿を重ねていく。アメリアの分の食事はまだ大半が残ってしまっていた。スープの表面をなぞると、湯気が微かに立ち上って、すぐに消えた。


「許してくれっていうのは、謝ってるの?」


 声を落として、脅かすようにアメリアは言う。だがそこに嫌味っぽさは一切無く、恐らく籠めたかった底意地の悪さも、そこにはない。


「表面上はね」


 そう言い残して、レディは立ち上がった。以降の返事を待たないまま奥の扉に向かっていく。

 トレイに乗った二人分の料理は、既に冷めてしまっていた。

 更新遅れてすいません。用事やらが重なってました

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