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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
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 コール音が三回、スピーカーから鳴って、プツッという接続音と共に途切れた。


『はい。ベニート・フェルセンです』


 少ししわがれているが、威厳に満ちた声。アメリアの背に力が入る。


「ブラックアウトのウェインです。アメリア嬢を無事、保護しました」

『おお、そうですか。娘はそこに居ますか』

「すぐ近くに。声を聞きますか?」


 ウェインがアメリアを見ながら、端末越しに応答する。アメリアは深呼吸を繰り返そうとしたが、固まった体はぎこちない浅い呼吸しかできていなかった。過呼吸気味になって、苦しそうに息を吐き出す。

 待ちに待ったはずの家族との会話にしては、安心の色は全く見えない。


『大丈夫です。嘘をつくような方々ではないことはわかってますから。それより、するべきは今後の話です』


 軽く鼻につく、優位を見せつけるような言い方。訝しむようにアメリアの方を見ると、取り敢えずの重圧から解放されて安堵の息を吐いていた。

 何かあるな、これは。

 嫌な予感を覚えながらも、ウェインは上手く笑顔を作る。人に見せるためだけの綺麗な笑顔だ。


「そうですね。流石、話が早くて助かります」

『世辞もいりません。予定では明日、娘を渡していただけるのでしたよね』

「はい。準備は問題ないですか?」

『勿論。サルヴァトーレでしたかな、娘を攫った組織もこちらには来ていません』

「わかりました。では明日、予定通りですね。確認ですが――」


 素早く話は纏められていく。定型文のようなやり取りと注意を通して、通話は終わった。ウェインは端末の電源を落としてから、アメリアの方へ向き直る。

 途中でレディの方を見ると、まだ料理が出来上がるには時間がありそうだった。


「終わったの?」

「ああ」


 そう、と言いながらアメリアは残念そうに顔を背ける。あれ程までに緊張していたにしては、どこか歪んでいるとも言える姿だ。

 ウェインは机の上を指で叩きながら、アメリアの様子を(うかが)った。何か考え事をしているのか、帯びた憂いは一向に晴れそうな気配がない。揺れない表情はまさに絵画のようだ。美しくはあるが、それはこの場に相応しくない。

 弾けるように息を吐いてから、ウェインは切り出した。


「噂に聞くとおり立派なご両親じゃないか」


 皮肉るようだが、不思議と悪意は汲み取れない。どこか優しげで明るい声だった。アメリアが大きく目を見開いて、まじまじとウェインを見る。


「驚いたわ、思ってたよりも器用なのね」

「皮肉か? お嬢様も言うようになったな」

「まさか。今更お嬢様扱いはやめて。気持ち悪いわ」

「仰せのままに」

「本気で言ってるのよ。気分が悪いって」


 笑いを含んではいるが、その言葉には嘆願が宿っているように聞こえる。わかった、と声をいつもの調子に戻してから、ウェインはようやく本題を切り出した。


「ご自慢の両親にしては、あまり仲はよろしくないようだな」


 問いかける視線からアメリアは目を逸らす。数秒、受け答えにしてはやや長い間が空いた。ウェインは開きかけた口をすぐさま閉じる。

 詰問したいわけじゃない。そもそも俺達が知る必要は無い内容だ。

 いつの間にか体に入っていた力を抜くと、思いの外早く答えが返ってきた。


「そう、見えたかしら?」


 はぐらかしているのか、確認しているのか。困ったような微笑で、アメリアは答える。


「見えた。少なくとも俺にはな」

「あら。でも心配しないで、仲が悪いわけではないわ」

「そうか。そもそも見向きもされてないだけか」


 アメリアの表情が崩れる。驚きに固まってから、後悔や悲しみが滲み出したものへ。次第に歪んでいくそれを隠すように、アメリアは顔を伏せた。

 ウェインは左手で口を抑えて、何もない机の上に視線を落とす。

 抑える暇もないほどに、自然と口をついて出た。わかるはずもない事を勝手に決めつけて、勝手に傷つける言葉。今までの自分ならば有り得ないはずの出来事に、小刻みに視界が揺れる。

 変わらないではないか。自分が忌み嫌う人間達と。アメリアが嫌う壁の中の人間達と。

 歯を食い縛る音が、頭の中で耳障りに跳ね回る。口に当てた手を顔全体に広げて、震えた息を吐き出した。


「忘れろ」


 自由になった口が、不細工な言葉を吐露する。上手く震えは止まってくれていたが、絞り出した声は無様な程に小さかった。

 アメリアがゆっくりと顔を上げて、力の全く入っていない目でウェインを見る。合わさってしまう前に、ウェインは顔を横に向けた。行き場のなくなった左手が、握り拳のままテーブルに落ちる。


「今の言葉は、忘れてくれ」


 返事は返ってこない。今アメリアがどんな表情をしているのか、それがわからない。だが顔を戻すことも、言葉を続けることも、強張った体が許さない。

 どうすればいいのかすらわからない。グチャグチャになった思考は、まともな答えを吐き出してくれそうになかった。


「わかったわ」


 アメリアが答える。その声がどういうものだったかまでは、ウェインの耳には届かなかった。ただ言葉の上辺の意味だけ、ようやく理解できる。

 大きな雑音が、もう一度頭の中を跳ねた。立ち上がったウェインは、歩調だけいつもの調子で、奥の扉に向かっていく。

 その後ろ姿を、アメリアはただ見送った。


『ウェイン、ご飯もう少しでできるけど。鍵閉めてたらぶち壊すからね』


 機械のように冷静な声が、通信機越しでウェインに届く。だがそれに返事は返さず、ウェインは扉の奥に消えた。

 錆びた扉の重い音が響く。

 深いため息を吐いて、レディはガスのスイッチを切った。燃料の無くなった火はすぐに消えて、煮えたぎっていたスープは次第に泡を吐かなくなる。

 一人分に注ぎ分ける頃には、美味しそうな湯気を立ち上らせるのみだ。できあがった料理を4枚のトレイに乗せていく。作業の合間で、通信機のマイクを切った。


「さーて。苦虫のお口直しには少し勿体ないけど、仕方ないかな」


 ニッと口の端を吊り上げて、レディはトレイを持ち上げる。

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