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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
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完全主義

「人間は人間らしく、人間として完全であるべきだ。っていう考え方が、壁の中では当たり前だったの。完全主義と言われていたわ。私がここに来たのも、殆どこれが原因ね」


 ぽつぽつとしたアメリアの言葉を、三人はそれぞれの面持ちで聞いていた。


「最初はね、道徳観というか、ちょっとした宗教みたいなものだった。そういう考え方を持っている人が、自分を戒めるようなものだったの。

 けれど人数が増えるにつれて、その考え方はより過激になっていったわ。生まれつき障害のある人や、身寄りの無い子供まで差別するようになった。

 反対意見だって勿論あったわ。だけどね、声を大にしては言えなかった。言えば目の敵にされるもの。だから私も、その間違った考えに合わせた。

 幸せなことにね。普通以上に生まれて、普通以上に暮らすことができた私は、合わせていれば彼らの敵にはならなかったのよ」


 自虐的な笑みには深い悔いが見える。だが、そこにはどこか、自分ではどうしようもできなかったという諦めも見えた。

 気付かぬうちに、ウェインの腕に力が入る。


「結果、暴走した完全主義は止まらなかった。社会に生きる人間として社会に貢献する。貢献できない者は必要なくて、そういった者を排除することが社会の浄化に繋がる。互いが互いを監視し合うような、最悪の雰囲気だったわ」

「質問、いいかな」


 言葉の終わり際に滑り込ませるように、レディが小さく手を上げる。全員の視線が一度そちらに移った。


「どこかわかりづらい所があったかしら?」

「いや、そういうわけじゃなくってね。さっき、その完全主義がここに来た原因だって言ってたけど、どういうことかなって」

「……そうね。ごめんなさい、言わないつもりじゃなかったの」


 アメリアはぎこちなく笑ってから、言いづらそうに視線を落とした。太ももの上に置いた手を強く握って自らを鼓舞する。


「完全主義が徹底される前の話になるわ。壁の中でね、サイボーグ手術っていうのが話題になったことがあったの。

 生身の人の体じゃ、どうしても怪我や病気をしてしまう。手遅れになって一生元に戻らないような事になる前に、いっそ体の部位を人工物に入れ替えてしまおうって」


 察しがついたのか、レディがフッと小バカにしたような笑みを浮かべる。いつもの唇を吊り上げるようなものではなく、奥に引くような笑み。含みの感じられる顔を、ウェインは横目でチラリと見た。


「だけどこの手術はとても費用がかかるの。少なくとも私の家のような上流階級じゃない限り、手を出せなかったわ。それに、大きなメリットがあるとは言っても、勿論そればかりじゃなかった。

 上手く適合しないリスクやデメリットだってあった。手術に対する反発は、そのまま完全主義の増長に繋がっていったわ。

 一度サイボーグ手術が成功してしまったらもう元に戻すことはできない。体に機械を埋め込んだ、完全な人間じゃない人達は、強い差別の中で生きることになったわ」

「割り込むようで悪いが、アメリアはその手術を受けたのか?」


 ウェインの問いに、アメリアは目を閉じて首を横に振る。



「私は受けてないわ。体が弱くて耐えられないだろうって。でもお父様やお母様は違う。特にお父様は自身が医療機関に投資していたもの。

 自分から真っ先に手術を受けて、手術の素晴らしさを周りに広めようとしていた。でもそれが仇となったの。サイボーグ手術の象徴として、あらゆる全ての人から忌避されるようになったわ。

 凄く仲の良かったおじ様も、「お前のせいで仕事を失った。どうしてくれるんだ」って……壁の中に居場所は無くなったわ」


「それで壁の外に逃げてきたってオチ?」


「もっとオチは酷いわよ。その後も、お父様は何とか地位を取り戻そうと頑張っていたわ。サイボーグ手術で人々を救えると信じていたのだと思う。

 でも駄目だった。良くわからない理由で、お父様は捕まった。お父様の処分は一大ニュースになったわ。禁止されていた死刑を適用するべきだ、って声もあったぐらい。裁判はとても長く続いた。

 最終的に、お父様に言い渡された罪は「壁外追放」だったわ。まさしく、壁の外に追放するって事ね。それで、私達を置いていく訳にはいかないから、一緒にここに来たって訳」


 これで私の話は終わり、とアメリアは口を閉じる。長い話が終わった余韻の、深い沈黙が部屋に降りた。質問があれば答えるわ、という言葉にも答える者はいない。


「やっぱり、聞いててつまらない話よね。ごめんなさい」

「いや、1つ疑問が解けた。ありがとうな」

「そう……良かった」


 ウェインが机を見ながら答えると、アメリアは柔らかく微笑んだ。幾らかはマシになったが、その間にはやはり壁が感じられる。

 下を見てばかりの二人を上から見下ろしながら、レディは口元だけで笑っていた。


「そういえば、レディ。貴方はどうしてここに来たの?」


 唐突に投げられる質問にレディは目を丸くする。そうだねぇ、と顎に手を当てる仕草を取った。


「話すとそれはまぁ長くなるけど、そうだねぇ。この体を狙われてかな」

「体を狙われて……?」

「ほら、全身機械になったのは壁の中でだったんだよね。それでまぁ面倒くさい事になってさ。上手く外に逃げ出してきたのさ」

「なるほど。わかったわ」


 はぐらかすような言葉遣いに、アメリアは踏み込むことをやめる。ウェインが確認するような視線を向けるが、それはいつもの笑みに受け流された。

 話の終わりを予感して、腕を組んで地蔵の様に動かなかったスミスが立ち上がる。三人の視線が集まった。


「俺は戻るぞ。仕事が残ってる」

「んー、じゃあ私はご飯でも作ろうかな。おっさん、すぐに終わりそう?」

「無理だな。できたら上に持ってこい」


 あのさぁおっさん、と絡み始める二人に、アメリアとウェインは顔を見合わせた。どうするの? 大丈夫? という不安げな視線に、手をひらひらと振って答える。


「いつものことだ。おやっさんは一日中飯食わずに上で作業してることだってあるぐらいだからな。その分いい腕だから助かってるんだが」

「へぇ……」


 若干引いた風の苦笑いで、アメリアはスミスの後ろ姿を見る。レディが皮肉を入れて引き止めようとしているようだったが、まるで聞く耳を持っていない。

 さて、と一息ついてから、ウェインは目つきを真剣なものへと切り替えた。


「少し時間がある。今のうちにアメリアの両親に連絡を入れようと思ってるんだが、どうだ」

「ああ、忘れていたわ。早く連絡しないと。私の使う?」

「いい。しかし良く持ってたな。サルヴァトーレに取られなかったのか?」

「なんでか知らないけど、その時持っていた物は何も取られなかったわね。連絡は、何故か繋がらなかったけど」


 焦り気味の表情で通信端末を見せるアメリアに、ウェインは思わず呆れた声を出す。どいつもこいつ呑気なもんだな、と軽く額に手を当てた。

 スミスを引き止めることに失敗したレディが、珍しく真顔で戻ってくる。


「そっちは今からどうするの?」

「依頼主に連絡だ。レディも聞くか?」

「いいよ。料理の支度があるし。向こうは私よりウェインを気に入ってたみたいだからね、全く寂しいもんだよ」


 普段より粘り気の増した声を残して、レディは奥の扉に向かっていく。触れても面倒なので、ウェインは後ろ姿をただ見守った。

 アメリアの方に顔を戻し、「フェルセン家」と表示された画面を見せる。


「尊敬するお父様の声が久々に聞けるな」

「もう、茶化さないで」


 文句を言いはするものの、その背筋はピシャッと伸びている。強ばりの見えるその顔に、更に冗談をぶつけるべきか悩んで、止めた。

 行くぞ、と合図を入れてから、ウェインは端末の画面を叩く。

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