大団円
硬い作業台の上で少女は目を覚ました。まず首だけで辺りを見回して、状況を把握する。薄暗い部屋。いくつもの作業用具と鈍色の部品が煩雑に置かれている。しかし埃っけは一切無く、良く整備されて使い込まれていることが窺えた。
取り敢えず周りに人は居ないらしい。
体を起こしながら、少女は自らの記憶を辿る。
負けた。破壊対象である敵に。となると、恐らくここは奴らのアジトだ。どれ程の間眠っていたかわからない。急いで脱出するべきだろう。
理性が下す判断に対して、体の動きは驚くほど鈍い。作業台から体を下ろすことはなく、ただぼうっと待ちぼうけていた。命令に従うべきだと頭では思うのに、動かない。虚無感と呼ばれるものが体を縛りつけているように思えるが、それはインストールされていないはずだ。
どれ程の時間そうしていただろうか。重い音を立てて部屋の扉が開き、外から誰かが入ってくる。ぼんやりと見えるシルエットは大柄だ。その人物は手探りで部屋の電気を点けて、姿を露わにする。
機械義足を着けた男性だった。
「起きていたか」
男性は少女に少しだけ驚いた表情を向けて、歩み寄る。
「調子はどうだ。少しお前の体をいじらせて貰ったが、ちゃんと動くか」
男性のぶっきらぼうな言葉に、声を返そうとして。
「あ……」
少女は、自分の顔が動くことに気付いた。
「スミスと呼べ。お前の名前はイムと聞いている」
不思議そうに顔を触ってから、イムはスミスのことを見上げた。その目は夢うつつの中に居るようで、どこか焦点が合っていない。
不服そうに一度スミスは鼻を鳴らして、少女の腕を強く引いた。
「自分で立って歩けるだろう。上で馬鹿共が騒いでる」
その言葉を残して、スミスは部屋の出口に向かっていく。
後に続けと言われている。
足りない言葉を補足して捉え、イムはその背中についていった。
「その……」
「なんだ」
話しかけるイムに顔だけを軽く振って、スミスは問い返す。
「私を治したのは、誰?」
「治してはいない。調整したのは俺だ。腕や足の出力を極端に下げてある。間違っても妙なことは考えるなよ」
「そう……ありがとう」
イムのお礼に、スミスの足の進みが鈍る。突然立ち止まられて、イムは額をぶつけかけた。一歩下がって、首を傾げる。
「何でもない。礼を言われて驚いただけだ」
そう言い残して、スミスは先程よりも早く先に進んでいく。
言葉からは、声の調子とは裏腹な喜びの色が感じられた。動く体の感触でわかる。目の前の人間の、丁寧な仕事ぶりが。
イムは、見られないとわかっていながら、穏やかな微笑みを返した。
「ついたぞ」
無言が続いて数分、スミスが1つのドアに手を掛けて、振り向く。イムの瞳は焦点を取り戻していて、そのままコクリと頷いた。
スミスがドアを開ける。イムもそのあとに続いた。
少し埃の目立つ大部屋。その中央にある大きなテーブルを3人で囲み、談笑が繰り広げられていた。女性が2人と男性が1人。全員見覚えがある。特に、女性の1人は。
その人物が目ざとくこちらに気付いて、満面の笑みで立ち上がる。周りの2人もこちらに顔を向けた。
「目が覚めたんだね」
「ああ」
スミスが半歩横にずれて、イムは再び、宿敵と顔を合わせた。
「やぁ、私の名前はレディ。そう呼んでくれ」
データにない名前。以前とは違う名前だ。
イムは考えを巡らせて、すぐに結論に到達する。
好きに名乗れ、ということなのだろう。
「私はイム。貴方はレディ。これでいい?」
「そうか、わかった。うん、上々だ」
にっこりと微笑んでから、レディは机に座る男性の方へ振り向く。イムの記憶が正しければ、ウェインと名乗っていたはずだ。
「お前に任せる」
「ありがとう」
最低限のやり取りを経てから、レディはおいで、とこちらに手招きをする。誘われるまま、テーブルの椅子に座った。
イムの対面に3人が並ぶ形。側面にスミスも加わる。
「さて、単刀直入に話そう」
中央、イムの目の前に座ったレディが口を開く。
「貴方の主人、ベニート・フェルセンは死んだ。だからもう従う必要は無い。私や、アメリアを殺せっていう命令にはね」
レディが順に、自分と隣に座る少女を指さす。イムは表情を変えずに聞いていた。
「だから貴方はもう自由の身だ。これからどう生きるか、どうしたいか、全部自分で決めていい」
「把握した」
「よし。じゃあ貴方は、これからどうしたい?」
唐突な問いに、イムは固まる。
自分はどうしたいか。
今まで考えてこなかったことだ。情報が足りない。信頼できるデータが何一つ無い。最適解を導き出すことができない。
数秒考えて、イムは情報を引き出すことにした。
「私は、貴方達に拘束されている訳では無い?」
「そんなことはしないさ。望むなら、手足の出力制限も外そう」
手足の制限を外す? ということはつまり、戦える状態に戻すということか。
あまりに合理的ではない判断に、イムは真っ先にウェインの表情へと視線を巡らせた。特に焦った様子は無い。ただ緩く腕を組んで、レディのことを見守っている。どうやら、レディの言葉に異論は無いらしい。
「何度挑んできても、私が勝つさ」
イムが訝しんでいるのを察したのか、レディは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「貴方が勝つまで何度でも挑んでくれていい。ここを出て、また誰かに雇われるのもいい。目的が見つかるまで、私達の傍に居てくれてもいい。貴方が自由に決めてくれ」
柔らかい声音に、イムは顎に手を当てた。
再びレディに挑みたいか? いや、戦う理由はもう無い。イムが仕える人間はもう居ないのだから。
ならば。
「命令があるまで休眠させて欲しい。もう用済みなら解体して、貴方のパーツに使ってくれて欲しい」
私はその為に作られた。それを全うできないなら破壊してくれ。
そんな意志が感じ取れる言葉に、レディは眉を寄せた。その表情に、イムの中で何かが燻る。
「……それはできない」
「これは私が決めた事だ」
「どう生きるか、は自由に決めて良い。でも死ぬのは駄目だ」
レディの言葉に、今度はイムがムッと顔を顰めて、口を閉じる。
「私の役目は終わった。必要ない。貴方と戦う理由も、もう無いんだ」
「今はそう思えるかもしれない。だけど、それでも生きて欲しい。これは、私のワガママだ」
「つまりそれは、私への命令か?」
言葉の隙をついた反撃とも言える問いに、レディは苦笑いと共に額を抑える。参ったね、と小さく呟いてから、イムの方へと向き直った。
「そうだね。これは私からのお願いだ。生きていてくれ、イム」
「承諾。なら、しばらくはここに居ても?」
「勿論。大歓迎だ」
よし、とレディが手を叩き、話を見守っていた全員が姿勢を崩す。ウェインは立ち上がり、アジトの外に向かって歩き出した。
話はついた。面倒な説明はレディがやってくれるだろう。
ドアに手を掛けて、外に出る。張り詰めた空気はまだ夜の凍てつきを残していた。太陽は既に昇ってるはずなのに、壁の奥に隠れてしまっている。ここの夜明けはもう少し後だろう。
ウェインは小さな段差に座り込んで、服の内側から電子煙草を取り出した。口に咥えてから、腰に提げたリボルバーを引き抜く。手の中で遊んで、それを壁の方へと向けた。
シリンダーを開く。残弾は5発、ベニートを殺した日から変わっていない。
「よう」
後ろから聞こえた声に振り向くと、そこにはスミスが立っていた。寒いな、と呟きながらドアを閉め、ウェインの隣に座る。
「珍しいな、おやっさんが外に出てくるなんて。何時ぶりだ?」
「さぁな。今のお前と比べれば、珍しくとも何ともない」
煙たい息を吹き出して、ウェインはリボルバーを腰に収める。
「俺が、珍しいか」
「ああ。何かあったか」
「特別なことは何も」
「俺に嘘は要らないだろ。一気に仲間を二人も増やすなんて、以前のお前だったら有り得ない」
「そうかもな」
微笑んで、ウェインは空を見上げた。遠くの赤が、静かに夜明けを告げる。それがどこか眩しく、ウェインは目を細めた。
「悪くないなと思えてきたんだよ」
「賑やかなのがか?」
「ああ。別に3人を貫いても良かったんだがな。賑やかなのも悪くない」
「沢山の人間を抱えれば、それだけ守る事が難しくなるぞ」
「それはまぁ、レディも居るからな。俺が居なくても必死で守ってくれるだろうよ。居なくなったとしても、また元に戻るだけだしな」
「変わりたくなったのか」
どこか確信を持った言葉に、ウェインは吹き出すように笑って、立ち上がる。
「そうだな」
壁の奥から、じわじわと太陽が顔を見せ始めていた。
「俺も、生きがいを決めた。それだけだ」
「そうか」
スミスは立ち上がり、アジトの中に消えていく。ウェインは太陽へと顔を向けたまま、立ち竦んでいた。立ち上る煙に光が指して、紫に彩る。
「ちょっとウェイン! 来てくれよ!」
中から聞こえる声に呼ばれて、ウェインは苦笑と共に煙草を服の中に戻した。
「すぐ行く。待ってろ」




