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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
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答え合わせ

「さて」


 口に含んだ液体をゆっくりと嚥下して、ドイルは口を開いた。こちらを睨み続ける目に視線を合わせる。


「君が好きだと言うから淹れたんだ。冷めてしまっては勿体ないだろう」


 対面に座るウェインの前に、真っ黒なコーヒーが湯気を立てて置かれていた。それに目を落とすことはなく、ウェインは重たげに喋り始める。


「お前は何処まで知っていて、何処まで計算していたんだ?」

「何の話かわからないな」

「とぼけるのは無理があるだろう。ベニートの件だ」


 詰め寄るウェインに笑みを溢して、ベニートは右手のカップを元の位置に戻す。


「君が聞きたいのはそこじゃない。自分達と、アメリア嬢の処遇を知りたい。でなければ、事件が終わったその翌日に私の元まで出向くはずがない」

「俺の質問に答えろ」

「レディという君の友人は、目が覚めたか?」


 噛み合わない、いや、噛み合わせる気のない会話。数秒睨み合う時間が流れて、それを笑いを含んだ吐息が破った。


「大丈夫だ。安心したまえ。これ以上君達に手を出すつもりはない。もうすぐ友人も目覚めるだろう」

「何故それがわかる」

「ベニートから貰った貴金属があっただろう。あれは都市の研究で使われている合金だ。以前よりも丈夫な体が手に入る」


 まるで自分が手配した、とでも言うような言葉遣い。浮かべた笑顔には底が見えない。


「君の所にいる整備士は優秀だ。部品さえ用意すれば問題ないだろう」

「最初の質問に答えろ」

「わかった。だがその前に、君が思う今回の真相を聞きたい。君の質問には、私が補足して答えよう」


 ドイルは喋り終わるまでの時間をたっぷりと使って足を組み直す。その様子はまるで熟成させたワインの蓋を開ける前のように、待ちわびたかのような喜びが窺える。

 得体が知れない。不気味だ。

 両手を握りしめて、ウェインは語り始める。


「本来は、フェルセン家は全員殺すつもりだったんだろ?」

「ほう。何故そう思う」

「いくら外に追い出したとはいえ、あの家族は都市の奴らにとって邪魔な存在だ。徹底した手段を取るなら、一度壁の外に追い出してそこで殺す。それが一番安全な手段だ。だから中の奴らは、お前にフェルセン家の抹殺を命じた」

「続けたまえ」


 楽しそうな声音で相づちを入れ、ドイルはコーヒーカップを口に傾ける。


「だがお前はアメリアと母親を殺さなかった。その理由は……二人にはまだ、利用価値があるから」

「利用価値か」

「ああ。中の奴らが最も殺しておきたいのはベニートだ。他の二人はついで、そこまで注意はしていない。だから生かしておいた。お前がいつか、中の奴らに対して切るカードとして」

「私がアメリア嬢を狙った理由は?」

「ベニートと中の奴らを騙すためのブラフ。ベニートには『都市の人間は貴方よりも娘を警戒している』とでも言って、プライドを逆撫でさせた。……アメリアに対して憎しみを抱かせるために」

「ほう。そこまで読んだか」


 素晴らしい、と呟いてから、讃えるように3回拍手をする。ドイルの挑発じみた動きに、ウェインは更に目を鋭くさせて睨んだ。


「大筋は正解だ。だが惜しいな、間違いが二つある」

「二つか」

「1つは、私が都市から受けたのは命令ではないということだ。君達と同じで、これは依頼だ。似ているようで少し違う。2つ目は、アメリア嬢の母親は死んでいる、という点だ」


 さらりと告げられる言葉に、ウェインは目を見開く。


「君達は彼らの家に直接行ったのだろう。そこで、何かおかしいとは思わなかったのかね」

「それは」


 思い返せば、そうだ。アメリアの出迎えにだって来なかった。ベニートを追ったときだって傍に居なかった。アメリアの口から確かに居ると聞いていたのに、一度はその目で見たはずなのに、頭の中から消え去っていた。


「いつ、殺した」

「アメリア嬢を捕らえて、ベニートが君達に救出を依頼した直後。つまりは、君達と会った後すぐに殺している」

「殺す必要があったのか!」

「あったとも。都市は私を信用しきってはいない。依頼を果たす意志を見せなければならなかった」


 ウェインは拳を机に叩きつけた。陶器の器が跳ねて、耳障りな音を立てる。そこで初めて、ドイルは微笑を歪めた。

 弄んでいる。ウェインがこの結論に辿り着いたとき、こうして馬鹿にするために。でなければ、ウェインと会った直後に殺す必要などない。

 きっと、アメリアは気付いていた。昨晩の夜、ウェインに話しかけたときに。あれだけ、家族というものを大切にしていたのだから。

 なにがここよりもっと良い居場所が有るかもしれない、だ……!

 ウェイン達の傍以外に、もう既に無かったのだ。アメリアの居場所は。一度訪れたあの家に、まだアメリアを出迎える誰かが残っているだろうと、そんな幻想を抱いていた。

 そう、だからこそ、否定した。アメリアはとっくに気付いていて、選択肢など無かったはずなのに。それを無慈悲に払いのけかけた。

 ただ自分のエゴで。


「お前は!!」


 やるせない怒りに立ち上がるウェインを、下から見上げる目は何処までも深く、冷たい。


「どうしてそこまで怒っているのかね」

「わからないのか!」


 ドイルの元まで詰め寄り、その胸ぐらを掴み上げる。激しい衝撃にテーブルが揺れ、コーヒーがカーペットに染みを作った。


「わからないな。他人の事で怒る理由が、私には心底理解できない」

「こッのッ!」


 拳を振り上げる。しかしそれは高く掲げられたままで、下ろされることはない。暗い双眸がウェインをじっと見つめる。


「殴らないのか」


 ウェインは答えることができない。

 それが無意味なことはわかっている。やったところで多少憂さが晴れるだけのこと。何の解決にもなりはしない。或いは、この状況が更に悪くなるだけだ。

 感情では到底動かない、頑とした自分がどこかにいる。


「そうか」


 固まるウェインに、ドイルは再び微笑みを浮かべた。それにウェインは睨みを返そうとして、唐突に視界がブレる。

 激しい回転。ドイルが胸ぐらを掴んでいた手を取り、足を払ったのだと気づいた時には、ウェインはうつ伏せで床に伏していた。

 咄嗟に立ち上がろうとする背中を、滑らかな革靴が踏みつける。肺から空気が押し出され、喉と擦れて音が鳴った。


「君に1つ依頼をすると言っていたな。丁度良い、床が汚れたから拭いてもらおうか。報酬は、そうだな。丁度大量の(きん)がある。持っていくといい」


 それはコーヒーの染みについてか、ウェインの事を指しての発言か。眼前に真っ白なハンカチが投げられる。首と瞳を限界まで捻らせて、ウェインはドイルを睨んだ。


「不満かね」


 言葉と共に、ウェインの背中にのし掛かる重みが増える。丁度息を吸い込もうとしていた矢先の衝撃に、空の咳が2回出た。


「アメリア嬢には新しい居場所をやった。友人には更に強力な体を渡した。君には、当面の活動資金を。それぞれが一番望むものを用意したつもりだ。それで何が不満なんだ?」

「お前のことが、気に食わないんだよ……!」


 苦しげな言葉を吐きながら、ウェインは落ちたハンカチを掴んで、全身に力を込めようともがく。

 その様に愉快げな笑みを深めて、ドイルはウェインの背から足をどかした。


「ああ、やはり君は良いな。頭が良い。悪態をついて、私のことを打算に入れながらも、結果的には私の思うとおりに動いてくれる」


 元の椅子に大仰に座り直して、ドイルはカップを口に運ぶ。穏やかな表情は、紅茶も良いがコーヒーも悪くないと語っているようだ。

 ウェインはハンカチを握りしめて、立ち上がる。

 もがいた時に付いたのだろう。ハンカチには染みや汚れが幾つもこべりついていた。


「余裕ぶっこいてると、いつか足元を掬われるぜ」

「それは楽しみだな。その時が来るまで期待して待つとしよう」


 部屋の扉が重厚な音を立てて開き、そこからスーツを着た男が入ってくる。手にはアタッシュケースを提げていて、ウェインの方へ歩み寄ると、片膝を立ててそれを開いて見せた。

 中には長方形に形を整えられた黄金が3枚。まばゆい輝きを持って収まっている。


「持っていきたまえ」


 立ち竦むようにして動かないウェインの背に、ドイルが嘲笑うかのように喋りかける。ややあって、ウェインが無言でアタッシュケースを取り、扉に向かって歩き始めた。


「どうしようもない敗北も、君にはいいプレゼントだっただろう」


 今度は、確かに聞こえるように。

 背後から投げかけられた言葉に、ウェインは歯ぎしりを返すことしかできなかった。

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