ハッピーエンド
端末を操作しながら裏路地を出る。自動操縦で戻ってきていたスポーツカーが、ゆっくりとそのドアを開けた。
ウェインはすぐに乗り込んでアクセルを踏む。
「おいおやっさん。聞こえているか」
車の中にあった小型の通信機器を装着して、電源を入れる。ザザッという軽い雑音の後、いつものぶっきらぼうな声が返ってきた。
『聞こえている。何かあったか』
「レディの返事がない。そっちはどうなっている?」
数秒の沈黙。ウェインは叫びそうになるのを堪える。
『アイツがどうなったかどうかは、こっちも確認できない。ただもう、外から戦闘音は聞こえなくなっているな』
「何とかできないのか!?」
『無理だ。アイツがやられちまった事を考えると、俺達は迂闊に動けない。隠れるだけで精一杯だ』
ぐっ、とウェインは苦しげに息を吐く。レディがやられるなんて有り得ないと、そんな確証のない言葉を言えるわけがなかった。
本当にレディが勝てない相手だったのなら、もうウェイン達が太刀打ちできないことは目に見えている。
それでも、やるしかない。
『俺は、お前の判断に任せる』
「今すぐ行く。待ってろ」
心の底からの信頼が感じられるスミスの言葉に、ウェインは力強く答える。
時間にすれば短かったのかもしれない。だが、やっと終わったのだ。誰もが幸せになれる終わり方では無かったのかもしれない。それでも、きっと一番正しい形で。
正面の一点を見つめながら、ウェインはアジトに向かって急ぐ。
◇◆◇
沈んでいく太陽が、聳え立つ壁に差し掛かる頃。
戻ってきたウェインは、アジトの傍で倒れ込んでいる人間を見つけた。腰に収めたリボルバーに再び手を伸ばしながら、車を降りる。
動く気配はない。
リボルバーから手を離さず、早足でウェインは近付いた。しゃがみ込んで、うつぶせになった体をひっくり返す。頬にヒビの入った、温もりのない表情。レディではない。ウェインは一度腰のリボルバーを抜きかけて、小さく首を振った。
立ち上がって見回す。その少し先に、もう一人倒れて動かない人影を見つけた。
嫌な予感がして走り寄ると、それは確信に変わる。
「レディ」
横向きで倒れていたお陰で、その顔はすぐにわかった。何処か穏やかに見える表情が、やけに目について離れない。
「レディ」
体に触れながら呼びかけても返事はない。揺すってもカチャカチャと装甲が鳴るだけで、一向に目覚めそうになかった。
ウェインはレディの腋に肩を入れ込んで、軽く腰を浮かせた。ズシリと、明らかに人のものではない重さがのしかかる。生まれた地面との隙間に滑り込むようにしてレディをおぶり、立ち上がった。
疲労の残る体を叱咤して、一歩一歩進んでいく。
ややあって、その首筋に目覚めの吐息がかかった。横目だけで軽く後ろを見てから、ウェインは顔を正面に戻す。
「ウェインから寝込みを襲うだなんて、初めてじゃない?」
おどけているが、普段とは打って変わって弱々しい声。しかしそれは何処か、達成感に満ちている。
「ふざける余裕があるのなら、ちゃんと一人で歩けそうだな」
「えー、意地悪だなぁウェインは。私、頑張ったんだよ? 少しぐらい甘えても良いじゃないか」
何故か素っ気なくなってしまうウェインを意に介さず、レディは更に体重を預けてくる。ウェインの肩に、レディの顎が乗った。
「お前は絶対に倒れない筈じゃなかったのか」
ウェインの言葉に、レディは困ったように苦笑する。
「その筈だったんだけどね。少し無理しちゃった」
「せめて俺やおやっさんに確認を取れ」
「暇がなくてね。必死だったんだよ」
ウェインは言葉を返さず、沈黙が生まれる。すぐにレディが微笑んで、言葉を紡いだ。
「大丈夫。私は負けない。今回も勝ったよ」
「絶対だからな」
「ああ。だからご褒美に、少しお願いがあるんだけど、いいかな」
「聞いてやる。叶える保証はしない」
ありがとうと呟いて、レディは一度ゆっくりと息を吸った。いつもの笑顔ではない、優しげな表情で、それを吐き出す。
「妹は殺さないで欲しい」
アジトへ進む足取りが鈍る。平静を保とうと努めている目が、一瞬だけ鋭くなった。
「妹っていうのは、そこで倒れている奴か」
「そう」
「最初から殺すつもりなんかねぇよ。何の理由があるっていうんだ」
「嘘は良くないよ。ウェインは殺す。私をここまで追い詰めた相手だ。なんかの拍子に目覚められたらそれでおしまいだ。だから殺す。手遅れになる前に」
ウェインは答えない。
「私も、もう治らないかもしれないしね。そしたら尚更、ウェインは殺すしかなくなる」
「さっきの約束をもう破るのか」
「破らないように頑張ってこれなんだから、仕方ないだろ」
「それは良く、頑張ったな」
皮肉ったような言葉でやり取りは終わって。再び二人は口をつぐむ。眠るようにレディは姿勢を変えて、瞼を閉じた。
砂を踏む、前に進む音だけが聞こえる。
「やっと、やり直す事ができたんだ」
寝言のように、レディは呟く。
「私だけが助かってしまったと思っていた。全部失ったと思っていた。私が、奪ってしまったのかと思っていた」
ウェインの、レディを抱える腕に力が籠もる。
後悔に苛まれるのは、ウェインも同じ事だった。二人が持つ過去は近しい。今更語り合わずとも、その痛みは知っている。だからこうして、自然と居場所を同じくするようになった。
「だけど違った。まだ生きていてくれたんだ。それなら私は、まだやり直せる」
ウェインは何も言わない。同意も、賞賛も、激励も返すことができない。
思い返せば死んだ仲間の顔が浮かぶ。何度その死体を引きずったかわからない。生き残るために、何度その肉を食らったかわからない。
振り返りたくもない。そこには夥しい量の血だけがあるのだから。
「幸せ者だよ。私の人生は『薔薇色』だ」
未だ後悔の膿に囚われているウェインをよそにして、レディは満足げに独白を締めくくる。それで完全に力尽きたのか、額をウェインの肩に押し当てるようにして眠った。
「そうか」
返事が返ってこない確証を得てやっと、ウェインは言葉を返すことができる。沈んでいく日が景色を赤く焼いている。その中を、ウェインは確かな足取りで進み続ける。
気付けば、アジトの入り口はすぐ傍にあった。レディを片手で保持できるように体勢を変えて、空いた左手でドアを開ける。
錆び付いたそれを蹴破るようにして中に入ると、アメリアとスミスが待ち構えていた。
「お前だったか」
「レディ!? どうしたの!?」
慌ててアメリアが駆け寄る。それをウェインが大丈夫だ、と制して、スミスの元に歩み寄った。広げていた作業具を手早くどかして、スミスはテーブルの上を空ける。
「ずっとこの状態か」
「いや、さっきまで喋っていた。今のこれが寝たふりだとも思えねぇがな」
テーブルの上に投げ出されたレディに、スミスは口に手を当てて観察する。全身にまるで力が籠もっていない。ただ事ではない事態だ。それをウェインが冷静に見つめ、アメリアは落ち着かない様子で首を動かしていた。
そして、ウェインの左腕にこべりついた血を見つけて、ハッと息を呑む。話しかけようと手が伸びかけて、すぐに顔を逸らした。
「後で話す」
挙動から察したウェインが口を開く。冷静ではあるが、しかしそれには何処か余裕が無かった。レディの異変を探っていたスミスが、唐突に顔を上げる。
「コイツだけか。近くにもう一人いなかったか?」
「居た。今から連れてくる」
「そいつもぶっ倒れているんだよな?」
「ああ」
足早に去ろうとするウェインの背中に、スミスが問いかける。
「どちらが先だ?」
「レディだ」
考えるような間もなく、ウェインは淡々と単語だけを答える。わかった、と返したスミスは、作業具を広げ直して本格的な修理を始めた。
それを一度心配そうに見守ってから、アメリアは去って行くウェインへと走り寄る。
「私も手伝うわ」
「俺だけで充分だ」
そのアメリアの肩を軽く押して、ウェインは変わらない足取りで出て行った。
外からは赤い光が漏れている。もうすぐ、日が落ちて暗くなるだろう。




