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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
33/36

ハッピーエンド

 端末を操作しながら裏路地を出る。自動操縦で戻ってきていたスポーツカーが、ゆっくりとそのドアを開けた。

 ウェインはすぐに乗り込んでアクセルを踏む。


「おいおやっさん。聞こえているか」


 車の中にあった小型の通信機器を装着して、電源を入れる。ザザッという軽い雑音の後、いつものぶっきらぼうな声が返ってきた。


『聞こえている。何かあったか』

「レディの返事がない。そっちはどうなっている?」


 数秒の沈黙。ウェインは叫びそうになるのを堪える。


『アイツがどうなったかどうかは、こっちも確認できない。ただもう、外から戦闘音は聞こえなくなっているな』

「何とかできないのか!?」

『無理だ。アイツがやられちまった事を考えると、俺達は迂闊に動けない。隠れるだけで精一杯だ』


 ぐっ、とウェインは苦しげに息を吐く。レディがやられるなんて有り得ないと、そんな確証のない言葉を言えるわけがなかった。

 本当にレディが勝てない相手だったのなら、もうウェイン達が太刀打ちできないことは目に見えている。

 それでも、やるしかない。


『俺は、お前の判断に任せる』

「今すぐ行く。待ってろ」


 心の底からの信頼が感じられるスミスの言葉に、ウェインは力強く答える。

 時間にすれば短かったのかもしれない。だが、やっと終わったのだ。誰もが幸せになれる終わり方では無かったのかもしれない。それでも、きっと一番正しい形で。

 正面の一点を見つめながら、ウェインはアジトに向かって急ぐ。


◇◆◇


 沈んでいく太陽が、聳え立つ壁に差し掛かる頃。

 戻ってきたウェインは、アジトの傍で倒れ込んでいる人間を見つけた。腰に収めたリボルバーに再び手を伸ばしながら、車を降りる。

 動く気配はない。

 リボルバーから手を離さず、早足でウェインは近付いた。しゃがみ込んで、うつぶせになった体をひっくり返す。頬にヒビの入った、温もりのない表情。レディではない。ウェインは一度腰のリボルバーを抜きかけて、小さく首を振った。

 立ち上がって見回す。その少し先に、もう一人倒れて動かない人影を見つけた。

 嫌な予感がして走り寄ると、それは確信に変わる。


「レディ」


 横向きで倒れていたお陰で、その顔はすぐにわかった。何処か穏やかに見える表情が、やけに目について離れない。


「レディ」


 体に触れながら呼びかけても返事はない。揺すってもカチャカチャと装甲が鳴るだけで、一向に目覚めそうになかった。

 ウェインはレディの腋に肩を入れ込んで、軽く腰を浮かせた。ズシリと、明らかに人のものではない重さがのしかかる。生まれた地面との隙間に滑り込むようにしてレディをおぶり、立ち上がった。

 疲労の残る体を叱咤して、一歩一歩進んでいく。

 ややあって、その首筋に目覚めの吐息がかかった。横目だけで軽く後ろを見てから、ウェインは顔を正面に戻す。


「ウェインから寝込みを襲うだなんて、初めてじゃない?」


 おどけているが、普段とは打って変わって弱々しい声。しかしそれは何処か、達成感に満ちている。


「ふざける余裕があるのなら、ちゃんと一人で歩けそうだな」

「えー、意地悪だなぁウェインは。私、頑張ったんだよ? 少しぐらい甘えても良いじゃないか」


 何故か素っ気なくなってしまうウェインを意に介さず、レディは更に体重を預けてくる。ウェインの肩に、レディの顎が乗った。


「お前は絶対に倒れない筈じゃなかったのか」


 ウェインの言葉に、レディは困ったように苦笑する。


「その筈だったんだけどね。少し無理しちゃった」

「せめて俺やおやっさんに確認を取れ」

「暇がなくてね。必死だったんだよ」


 ウェインは言葉を返さず、沈黙が生まれる。すぐにレディが微笑んで、言葉を紡いだ。


「大丈夫。私は負けない。今回も勝ったよ」

「絶対だからな」

「ああ。だからご褒美に、少しお願いがあるんだけど、いいかな」

「聞いてやる。叶える保証はしない」


 ありがとうと呟いて、レディは一度ゆっくりと息を吸った。いつもの笑顔ではない、優しげな表情で、それを吐き出す。


「妹は殺さないで欲しい」


 アジトへ進む足取りが鈍る。平静を保とうと努めている目が、一瞬だけ鋭くなった。


「妹っていうのは、そこで倒れている奴か」

「そう」

「最初から殺すつもりなんかねぇよ。何の理由があるっていうんだ」

「嘘は良くないよ。ウェインは殺す。私をここまで追い詰めた相手だ。なんかの拍子に目覚められたらそれでおしまいだ。だから殺す。手遅れになる前に」


 ウェインは答えない。


「私も、もう治らないかもしれないしね。そしたら尚更、ウェインは殺すしかなくなる」

「さっきの約束をもう破るのか」

「破らないように頑張ってこれなんだから、仕方ないだろ」

「それは良く、頑張ったな」


 皮肉ったような言葉でやり取りは終わって。再び二人は口をつぐむ。眠るようにレディは姿勢を変えて、瞼を閉じた。

 砂を踏む、前に進む音だけが聞こえる。


「やっと、やり直す事ができたんだ」


 寝言のように、レディは呟く。


「私だけが助かってしまったと思っていた。全部失ったと思っていた。私が、奪ってしまったのかと思っていた」


 ウェインの、レディを抱える腕に力が籠もる。

 後悔に苛まれるのは、ウェインも同じ事だった。二人が持つ過去は近しい。今更語り合わずとも、その痛みは知っている。だからこうして、自然と居場所を同じくするようになった。


「だけど違った。まだ生きていてくれたんだ。それなら私は、まだやり直せる」


 ウェインは何も言わない。同意も、賞賛も、激励も返すことができない。

 思い返せば死んだ仲間の顔が浮かぶ。何度その死体を引きずったかわからない。生き残るために、何度その肉を食らったかわからない。

 振り返りたくもない。そこには夥しい量の血だけがあるのだから。


「幸せ者だよ。私の人生は『薔薇色』だ」


 未だ後悔の膿に囚われているウェインをよそにして、レディは満足げに独白を締めくくる。それで完全に力尽きたのか、額をウェインの肩に押し当てるようにして眠った。


「そうか」


 返事が返ってこない確証を得てやっと、ウェインは言葉を返すことができる。沈んでいく日が景色を赤く焼いている。その中を、ウェインは確かな足取りで進み続ける。


 気付けば、アジトの入り口はすぐ傍にあった。レディを片手で保持できるように体勢を変えて、空いた左手でドアを開ける。

 錆び付いたそれを蹴破るようにして中に入ると、アメリアとスミスが待ち構えていた。


「お前だったか」

「レディ!? どうしたの!?」


 慌ててアメリアが駆け寄る。それをウェインが大丈夫だ、と制して、スミスの元に歩み寄った。広げていた作業具を手早くどかして、スミスはテーブルの上を空ける。


「ずっとこの状態か」

「いや、さっきまで喋っていた。今のこれが寝たふりだとも思えねぇがな」


 テーブルの上に投げ出されたレディに、スミスは口に手を当てて観察する。全身にまるで力が籠もっていない。ただ事ではない事態だ。それをウェインが冷静に見つめ、アメリアは落ち着かない様子で首を動かしていた。

 そして、ウェインの左腕にこべりついた血を見つけて、ハッと息を呑む。話しかけようと手が伸びかけて、すぐに顔を逸らした。


「後で話す」


 挙動から察したウェインが口を開く。冷静ではあるが、しかしそれには何処か余裕が無かった。レディの異変を探っていたスミスが、唐突に顔を上げる。


「コイツだけか。近くにもう一人いなかったか?」

「居た。今から連れてくる」

「そいつもぶっ倒れているんだよな?」

「ああ」


 足早に去ろうとするウェインの背中に、スミスが問いかける。


「どちらが先だ?」

「レディだ」


 考えるような間もなく、ウェインは淡々と単語だけを答える。わかった、と返したスミスは、作業具を広げ直して本格的な修理を始めた。

 それを一度心配そうに見守ってから、アメリアは去って行くウェインへと走り寄る。


「私も手伝うわ」

「俺だけで充分だ」


 そのアメリアの肩を軽く押して、ウェインは変わらない足取りで出て行った。

 外からは赤い光が漏れている。もうすぐ、日が落ちて暗くなるだろう。

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