運命が選んだもの
「クソッタレが……」
入り組んだ裏道を早足で歩きながら、ベニートは端末を耳に当てる。
『はい、また何かありましたか?』
コール音が途切れる前にドイルが出た。
「お前が寄越した増援、やられたみたいだぞ」
『そうですか。相手の実力を見誤っていましたね。それで、今の状況は?』
「聞かなくてもわかっているんだろう。細い道に入っている、案内しろ」
返ってくるのは唸るような沈黙。ベニートの苛立ちが募る。
「どうした、早くしろ」
『確かに私はそちらの位置を把握してはいますが、それも大雑把なものです。取り敢えずは大きな道に戻っていただかなくては』
「そこまでの案内もできないのか」
『不可能です。流石にこちらも、裏路地の構造まで把握しているわけではありませんから』
「チッ、わかった」
『一言申し上げるとすれば』
ベニートが通信を切ろうとしたところで、ドイルが一言、呟く。一度耳から離した端末をもう一度あてがった。
「何だ」
『急いだ方がいいかもしれません。彼らは、それなりにしつこいですから』
「……まるで奴らに肩入れしているような口ぶりだな」
「それは有り得ねぇよ」
唐突に後ろから響いた声にベニートは振り向く。そこにはウェインが、小さく肩を上下させながら立っていた。
ベニートの表情から最後の余裕が消える。互いの殺意がぶつかり合い、空気を焼くようだった。
『神は、彼の方を選んだか』
「やはり繋がっていたみたいだな、貴様ら」
「俺はそんな奴の味方じゃないぞ」
それぞれの言葉が交錯する。再び生まれる静寂を、スピーカーから生まれる音が裂いた。
『私はあくまで傍観者だ。どちらの味方になったつもりもない。舞台を整える手引きは行ったがね』
「何故だ……」
気取ったようなドイルの言葉に、ベニートがわなわなと腕を震わせた。
「利害は一致していたはずだ! お前は、私の味方について然るべきだろう!」
『貴方と私の利害が一致している? 一方的な勘違いはやめていただきたい』
「何が言いたい」
『私は人の結末に最大の興味がある。他人を己の糧としか見ていない貴方と同じにするな』
淡々と述べられるドイルの言葉が咄嗟に理解できず、ベニートは固まる。ウェインは静かに、リボルバーの撃鉄を起こした。
『最初から、私の興味は貴方の娘の方に向いていた。誰も貴方に関心など無かったのだよ。貴方がそうであるように』
「貴様ッ! 私の方がアイツより劣っているというのか!」
『そうは言っていない。単純な興味の話だ。最低限の協力はしてやっただろう』
「理解ができない。狂っているのか、貴様」
『そうかもしれないな。だが充分に、貴方のことも楽しませて貰ったよ』
穏やかに微笑むような声。ベニートの顔が怒りから驚愕に変わる。
『まぁ、そうだな。だからこうして、貴方の結末に直面したわけだが』
端末の奥から、微かに嘆息のような笑いが聞こえる。
『私が今まで見てきた人間と、何ら変わりは無かったな。正直、つまらなかったぞ』
ぐしゃり、と。
ドイルが言い切った直後に、ベニートは端末を握りつぶす。抑えきれない震えを、大きく肩を揺らすような呼吸で止めて、ウェインの方へと顔を戻した。
暗い銃口の奥にある冷えた瞳と目が合う。
「下らない話は終わったか?」
「本当に、どいつもこいつも、私の道の邪魔をする……!」
ギリギリと歯を鳴らしながら、ベニートは前傾姿勢になる。服の上からでもわかる程、構えた両腕は肥大化していた。
相手の体は殆ど生身。唯一機械化している左手も、呆れるほどに古い形式だ。まさしくただの腕の代わり。こちらを超えるパワーがあるとは思えない。
警戒するべきは右手の銃器だが、そんなものはとうの昔に克服している。
「貴様、そのちゃっちな銃で私を撃ち殺せると思っているな?」
「いいや。撃ち殺す気は毛頭無い」
その言葉が心底想定外だったのか、ベニートの構えが少し後ろに下がる。
「俺はただ、お前から話を聞きたいだけだ」
「話だと?」
「ああ。それまではお前のことは、殺すなと言われている」
その言葉で完全に構えを解いて、ベニートは腹を抱えてクツクツと笑い始めた。声は次第に大きくなって、派手な高笑いへと変貌する。
「ッハハハハ!! アメリアか! あの娘がそう言っていたのか!?」
「そうだ。お前の気持ちを訊くまでは、殺さないで欲しいってな」
「フフフ、あのバカはまだ、そんな事をほざいていたのか。滑稽だな」
「何がそんなに、面白いんだ?」
湧き上がる怒りを抑えて、極めて冷徹さを保とうとした声で、ウェインは吼える。
「アイツはお前の娘だろうが」
「ふ、本気でそんなことを思っているのか? 貴様も救えないレベルの愚か者だな」
ただ純粋な嘲笑。リボルバーを握った手が震える。引き金に指を掛けていたなら、恐らくは引いていただろう。
怒れるウェインを横に、ベニートは嗤い続ける。
「あの娘と私に血の繋がりはない」
何かの臨界を振り切れて、ウェインはギュッと目を閉じる。
もしかしたらそうではないか、とは思っていた。真っ直ぐなアメリアを見ていると、考えたくもない可能性だった。
裏切りなどという言葉では収まらない。他の全てを失っても、決して切れないはずの望みすら、作り上げられた幻だった。
彼女は何に縋れば救われたんだ。
「アレは私が用意したモノだ。それを不要になったから捨てる。何の問題もない」
「救えないのは、お前の方だ」
「怒っているのか? 貴様が、私に? 笑わせるな、貴様らこそ他人を利用して薄汚く生き残ってきた人間ではないか」
ウェインによぎるのは、トラウマとも言える過去の記憶。自分の代わりに死んでいった何人もの仲間の顔。
それは、誰かに愚弄されて良いものではない。この左腕も、握りしめたリボルバーも、そして今の自分すらも、彼らから受け継いだものだ。
ここまで来る道のりには、踏み越えてきた幾つもの屍がある。
「否定はしない。次はお前を殺して、俺はその先に行く」
「殺せると思っているのか? その屑鉄で」
「試してみるか? 生憎と俺は、それだけは得意だぜ」
照準をピタリと額に合わせ、ウェインは右腕だけでリボルバーを構える。ベニートは再び腰を落とし、前傾姿勢を取った。
道幅は狭い。攻撃を躱すという選択肢は生まれない。
ベニートが地面を蹴る。人工筋肉による最大限の加速、大質量が迫りくる。ウェインは静かに、鋭く息を吐いてから、止めた。
引き金を引く。爆発によって加速された弾丸は銃身で回転し、飛んでいく。撃ち出された弾丸は途中で弾けるように分解し、鋭く細い杭のような本体を晒した。超音速の弾丸が、合金の仕込まれた額に到達する。
貫いた。
制御を失って勢いのままに倒れる体を、ウェインは半歩身を逸らすことで避ける。額の風穴から弾け飛んだ血液が、左腕に貼り付いた。
ゆっくりと振り向いて、ベニートがもう動かなくなったことを確認する。
「ごめんな、アメリア」
小さく呟いてから、ウェインは小さな装置を耳につけて、操作する。
「レディ。聞こえるか。こっちは終わったぞ」
左腕を払って壁に血の跡を残し、広がる血溜まりを踏み越えながら、ウェインはレディに語りかける。
返答を待つこと数秒。それは聞こえてこない。
「レディ」
二度目の呼びかけ。
答えはない。
「冗談だろ……」
苦し紛れに悪態をついてから、ウェインは走り出した。
その後には、血の道が残る。




