表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
32/36

運命が選んだもの

「クソッタレが……」


 入り組んだ裏道を早足で歩きながら、ベニートは端末を耳に当てる。


『はい、また何かありましたか?』


 コール音が途切れる前にドイルが出た。


「お前が寄越した増援、やられたみたいだぞ」

『そうですか。相手の実力を見誤っていましたね。それで、今の状況は?』

「聞かなくてもわかっているんだろう。細い道に入っている、案内しろ」


 返ってくるのは唸るような沈黙。ベニートの苛立ちが募る。


「どうした、早くしろ」

『確かに私はそちらの位置を把握してはいますが、それも大雑把なものです。取り敢えずは大きな道に戻っていただかなくては』

「そこまでの案内もできないのか」

『不可能です。流石にこちらも、裏路地の構造まで把握しているわけではありませんから』

「チッ、わかった」

『一言申し上げるとすれば』


 ベニートが通信を切ろうとしたところで、ドイルが一言、呟く。一度耳から離した端末をもう一度あてがった。


「何だ」

『急いだ方がいいかもしれません。彼らは、それなりにしつこいですから』

「……まるで奴らに肩入れしているような口ぶりだな」

「それは有り得ねぇよ」


 唐突に後ろから響いた声にベニートは振り向く。そこにはウェインが、小さく肩を上下させながら立っていた。

 ベニートの表情から最後の余裕が消える。互いの殺意がぶつかり合い、空気を焼くようだった。


『神は、彼の方を選んだか』

「やはり繋がっていたみたいだな、貴様ら」

「俺はそんな奴の味方じゃないぞ」


 それぞれの言葉が交錯する。再び生まれる静寂を、スピーカーから生まれる音が裂いた。


『私はあくまで傍観者だ。どちらの味方になったつもりもない。舞台を整える手引きは行ったがね』

「何故だ……」


 気取ったようなドイルの言葉に、ベニートがわなわなと腕を震わせた。


「利害は一致していたはずだ! お前は、私の味方について然るべきだろう!」

『貴方と私の利害が一致している? 一方的な勘違いはやめていただきたい』

「何が言いたい」

『私は人の結末に最大の興味がある。他人を己の糧としか見ていない貴方と同じにするな』


 淡々と述べられるドイルの言葉が咄嗟に理解できず、ベニートは固まる。ウェインは静かに、リボルバーの撃鉄を起こした。


『最初から、私の興味は貴方の娘の方に向いていた。誰も貴方に関心など無かったのだよ。貴方がそうであるように』

「貴様ッ! 私の方がアイツより劣っているというのか!」

『そうは言っていない。単純な興味の話だ。最低限の協力はしてやっただろう』

「理解ができない。狂っているのか、貴様」

『そうかもしれないな。だが充分に、貴方のことも楽しませて貰ったよ』


 穏やかに微笑むような声。ベニートの顔が怒りから驚愕に変わる。


『まぁ、そうだな。だからこうして、貴方の結末に直面したわけだが』


 端末の奥から、微かに嘆息のような笑いが聞こえる。


『私が今まで見てきた人間と、何ら変わりは無かったな。正直、つまらなかったぞ』


 ぐしゃり、と。

 ドイルが言い切った直後に、ベニートは端末を握りつぶす。抑えきれない震えを、大きく肩を揺らすような呼吸で止めて、ウェインの方へと顔を戻した。

 暗い銃口の奥にある冷えた瞳と目が合う。


「下らない話は終わったか?」

「本当に、どいつもこいつも、私の道の邪魔をする……!」


 ギリギリと歯を鳴らしながら、ベニートは前傾姿勢になる。服の上からでもわかる程、構えた両腕は肥大化していた。

 相手の体は殆ど生身。唯一機械化している左手も、呆れるほどに古い形式だ。まさしくただの腕の代わり。こちらを超えるパワーがあるとは思えない。

 警戒するべきは右手の銃器だが、そんなものはとうの昔に克服している。


「貴様、そのちゃっちな銃で私を撃ち殺せると思っているな?」

「いいや。撃ち殺す気は毛頭無い」


 その言葉が心底想定外だったのか、ベニートの構えが少し後ろに下がる。


「俺はただ、お前から話を聞きたいだけだ」

「話だと?」

「ああ。それまではお前のことは、殺すなと言われている」


 その言葉で完全に構えを解いて、ベニートは腹を抱えてクツクツと笑い始めた。声は次第に大きくなって、派手な高笑いへと変貌する。


「ッハハハハ!! アメリアか! あの娘がそう言っていたのか!?」

「そうだ。お前の気持ちを訊くまでは、殺さないで欲しいってな」

「フフフ、あのバカはまだ、そんな事をほざいていたのか。滑稽だな」

「何がそんなに、面白いんだ?」


 湧き上がる怒りを抑えて、極めて冷徹さを保とうとした声で、ウェインは吼える。


「アイツはお前の娘だろうが」

「ふ、本気でそんなことを思っているのか? 貴様も救えないレベルの愚か者だな」


 ただ純粋な嘲笑。リボルバーを握った手が震える。引き金に指を掛けていたなら、恐らくは引いていただろう。

 怒れるウェインを横に、ベニートは嗤い続ける。


「あの娘と私に血の繋がりはない」


 何かの臨界を振り切れて、ウェインはギュッと目を閉じる。

 もしかしたらそうではないか、とは思っていた。真っ直ぐなアメリアを見ていると、考えたくもない可能性だった。

 裏切りなどという言葉では収まらない。他の全てを失っても、決して切れないはずの望みすら、作り上げられた幻だった。

 彼女は何に縋れば救われたんだ。


「アレは私が用意したモノだ。それを不要になったから捨てる。何の問題もない」

「救えないのは、お前の方だ」

「怒っているのか? 貴様が、私に? 笑わせるな、貴様らこそ他人を利用して薄汚く生き残ってきた人間ではないか」


 ウェインによぎるのは、トラウマとも言える過去の記憶。自分の代わりに死んでいった何人もの仲間の顔。

 それは、誰かに愚弄されて良いものではない。この左腕も、握りしめたリボルバーも、そして今の自分すらも、彼らから受け継いだものだ。

 ここまで来る道のりには、踏み越えてきた幾つもの屍がある。


「否定はしない。次はお前を殺して、俺はその先に行く」

「殺せると思っているのか? その屑鉄で」

「試してみるか? 生憎と俺は、それだけは得意だぜ」


 照準をピタリと額に合わせ、ウェインは右腕だけでリボルバーを構える。ベニートは再び腰を落とし、前傾姿勢を取った。

 道幅は狭い。攻撃を躱すという選択肢は生まれない。

 ベニートが地面を蹴る。人工筋肉による最大限の加速、大質量が迫りくる。ウェインは静かに、鋭く息を吐いてから、止めた。

 引き金を引く。爆発によって加速された弾丸は銃身で回転し、飛んでいく。撃ち出された弾丸は途中で弾けるように分解し、鋭く細い杭のような本体を晒した。超音速の弾丸が、合金の仕込まれた額に到達する。

 貫いた。

 制御を失って勢いのままに倒れる体を、ウェインは半歩身を逸らすことで避ける。額の風穴から弾け飛んだ血液が、左腕に貼り付いた。

 ゆっくりと振り向いて、ベニートがもう動かなくなったことを確認する。


「ごめんな、アメリア」


 小さく呟いてから、ウェインは小さな装置を耳につけて、操作する。


「レディ。聞こえるか。こっちは終わったぞ」


 左腕を払って壁に血の跡を残し、広がる血溜まりを踏み越えながら、ウェインはレディに語りかける。

 返答を待つこと数秒。それは聞こえてこない。


「レディ」


 二度目の呼びかけ。

 答えはない。


「冗談だろ……」


 苦し紛れに悪態をついてから、ウェインは走り出した。

 その後には、血の道が残る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ