追う者
アジトを離れてすぐ後、ウェインは遠くに聳え立つ壁に向かっていた。表情には強い使命感と、微かな怒りが見て取れる。
広い道の中央を駆け抜ける最中、顔を顰めながら端末を操作する。助手席に乱暴に投げられた画面には、ドイル・サルヴァトーレの文字が浮かんでいた。
短いコール音が2回、電子音が止む。
『どうした』
「ベニート・フェルセンの居場所を教えろ」
『フ、随分と焦っているみたいだな』
重たい声の他に、ギィ、という椅子に体重を預ける音が聞こえる。余裕を見せつけるようなそれに、ウェインは大きく舌打ちをした。
「質問に答えろ」
『それには答えられないな。私にも立場がある』
頑とした答え。ウェインは強く歯を噛む。
「質問以外なら答えるのか」
『ほう。何が言いたい』
「俺がお前を脅せば、お前は答えるのか?」
数秒、沈黙。
やがて、水の底から浮かんだ泡が上に昇って弾けるように。端末の奥から、不気味な笑い声が聞こえてきた。
『それは、お前が一番わかっていることだろう?』
勿論、不可能だ。ウェイン達はドイルにとって脅威になり得ない。そんな小さな存在が脅したところで、全くもって意味がない。ドイルの元に乗り込んだ時だって、本来はいつ殺されるかわからない状況だったのだ。
圧倒的なのだ。戦力差が。生殺与奪の権は全て向こうにある。
しかし、それでも。
「お前は俺に借りがある」
『そうだな』
「もう一度言う。俺はお前を脅すぜ」
『クク、つまりは、なんだ。俺と敵になりたくなければ教えろ、と言っているのか?』
ウェインは答えない。こめかみから一筋、汗が垂れて落ちた。ハンドルを握る手に力が籠もり、擦れて音が鳴る。
鈍く響くドイルの言葉。のしかかる重い沈黙。やや時間が合って、端末から声が届く。
『いいだろう。面白い』
「お前ならそう言うと思っていた」
『君が私を信頼していると?』
「打算だ」
ドイル・サルヴァトーレは感情で動く人間ではない。その点においては信頼していると言える。そのドイルが完全にベニート側につくのではなく、こちら側にも情報を流すと言った。
それが嘘の情報でないのなら、まだ手遅れではない。そして、或いは。
『どこまで考えを巡らせての行動かはわからないが、やはりお前は面白い』
ほくそ笑むような声は、ウェインの行動を全て読んでいたのかとすら思える。
それでもいい。乗ってやる。
グッと唇を引き結んで、ウェインは正面を睨んだ。
「早く場所を教えろ」
『そう急かすな。向こうも移動中だ』
「目的地は」
『北にある壁の大門だ。6つ先の道を左に曲がれ』
まるで双方の居場所を把握しているような、具体的な指示。
流れる景色の中、ウェインはハンドルを切った。
◇◆◇
「もっと急げないのか」
全長の長い、黒く塗られた高級車の中で、ベニート・フェルセンは口を開いた。
運転席に座っている、サルヴァトーレのマークをつけた厳つい運転手と、ルームミラー越しに目が合う。
「万が一があってはいけませんから」
物腰の柔らかい、なだめるような声。それがどこか馬鹿にされているようで、ベニートは鼻を鳴らした。どいつもこいつもわかっていない。事と時の重大さが。
使えないな。
感情が口に出ないよう代わりのため息を吐いて、ベニートは背もたれに体重を預け直した。
弛緩した時間。ベニートにとっては無駄な時間が続く。
その途中で、唐突に運転手が後ろに振り向いた。
「何事だ?」
不機嫌さを隠さずに聞くが、運転手は答えない。一瞬表情を焦ったものに歪めてから、すぐ正面に向き直った。何かあったのかと、ベニートも後ろを向く。
ガラス越しに見えるのは、全く舗装のされていない道と汚らしいコンクリート群。
その奥に、こちらへと迫るスポーツカーの影があった。まだ距離がある。目測では300m程だろうか。しかし、距離はぐんぐんと縮まっている。
「どういう事だ!」
ベニートは運転手へと向き直り、怒鳴った。
「わかりません。こちらを追ってきたのでしょうが、何故正確な位置が……」
「どうでも良いことを気にするな! 早くスピードを上げろ!」
「限界があります。スピードが出る車種ではないので」
おどおどと答える運転手に舌打ちをして、ベニートは後部座席から助手席へと、無理矢理体を割り込ませるように移動する。
表情を隠す余裕を失った運転手が、信じられないというような目でこちらを見ていた。ベニートは悪意を滲ませながら睨みつける。
「どうかなさいましたか?」
「どうしたもこうしたもあるか。この車ではスピードが出せないのだろう?」
「はい。限界があります」
運転手の気に入らない答えに、ベニートは再び鼻を鳴らす。
「代われ」
呟くように放たれた言葉に運転手が聞き返そうとして、できなかった。
力強く払われた右腕が、クッションごと運転手の頭を跳ね飛ばしていた。弾けた血と微妙に形の残った頭部のなれの果てが、広い後部座席に散乱する。
運転席に残った無惨な首無し死体を、ベニートは外に蹴り飛ばした。死体は地面にぶつかって、血肉の赤を撒き散らしながら転がっていく。
「無駄な重りがあるから遅いのだ」
ベニートは忌々しげに呟いてから、壊すほどの勢いでアクセルを踏み入れる。急速な回転にタイヤが空回りして、焦げたゴムが煙を上げた。
加速は緩やかに、されど少しずつ最高速に近付いていく。後ろから追うスポーツカーの影は先程よりも確実に大きくなっているが、まだ遠くにあるように見えた。
このままのスピードを保てば壁まで先に辿り着くことができる。後は壁の中の者に協力を仰げば良い。
「絶対に、何としても、辿り着かなければならん」
絞り出すような声と表情には、鬼気迫るものが宿っていた。妄執とも言える、壁の中へ戻るという意志。自分をこんな場所に追いやった者達への憎悪、怨念、復讐。
突き動かされるがままに、ベニートは進む。
一話が短くなってきていますが、キリの良いところで切っているだけのつもりです。やる気はあるから……




