決着
ブラックアウトのアジトへと向かって、イムは歩む。アメリアの持つ端末から出ている電波信号から、その居場所はわかっていた。
足取りは重い。
捨て身の一撃だった。反動に耐えきれず、バックパックの一部は跡形もなく消し飛んでいる。少なくとも本来は、あんな無茶な体勢で撃つものでも、近距離で使うものでもない。爆風のダメージは自分にも来るのだから。
多少の無茶をしなければ勝てない相手だった。一歩間違えていれば、倒れていたのはこちらの方だ。悔しさ、疲労、達成感。いくつかの感情が混ざった何かを噛み締めて、イムは一歩一歩進んでいく。
落ちた瓦礫を踏み砕いて、イムはようやく見覚えのある場所まで辿り着いた。錆びた鉄が山のように積み上がった廃鉄場。その、屍のように重なっている頂上に。
「やぁ、また会えて嬉しいよ」
レディが座っていた。
上半身の装甲は剥がれ落ち、滑らかな褐色を露わにしている。砲撃を受けた鳩尾はひしゃげ、それでも尚顔には笑みを浮かべていた。
膝に手を置いて立ち上がろうとして、力が余ったのかおっとっと、とバランスを崩す。そのまま地面へと落ちるように飛び降りた。
レディは受けたダメージの深さを痛感する。こんな状態では本来の出力の半分も出せるか怪しい。イムの体にある装甲を貫くことは到底できないだろう。挙げ句に飛ばされた衝撃でグラディウスを手放してしまった。命まで届く武器が無い。あまりにも勝算が薄い。しかし、それでも立ち上がる。
イムは全身を脱力させて、レディの方へ顔を向けていた。鉄仮面に隠れた感情が今は不思議と読み取れる。驚いている。未だ立ち塞がる敵に、唖然としている。
「どうした、何か聞きたいことでも?」
レディの呼びかけに我に返って、イムは握ったサーベルに顔を落とす。帯電していない刃は余りにも薄く、頼りないように見えた。
それをバックパックの中に納めてから、イムはその最後のバックパックをパージした。鋼鉄の翼を全て捨てた姿は、まさに飛び立ちそうな程軽快だ。
互いにファイティングポーズを取る。引き締まる空気に、舞い上がった砂が弾けた。
「質問がないならこちらから訊くけど、まだ君の名前を聞いてなかったね」
「製造番号016番。16」
「……そうか、わかった。ありがとう」
「私は名乗った。貴方も名乗るべきだ」
今までになかったイムのアプローチに、レディは軽く目を開いてから歓喜に口を歪める。
「製造番号01、01」
「そう」
言葉が止まる。互いに何かを考えるような間がある。
「やっぱりまだ死ねないな」
「やはりお前は執行対象だ」
目の前の相手に必ず勝利しなければならない。再び決意を固めた二人は、またもほぼ同時に踏み込んだ。
イムが拳を振り抜かんとするその一手前に、レディが素早く右のハイキックを繰り出す。イムはそれを左腕で弾いた。
大きな反動。しかしそれすら利用して、レディは左の中段蹴りを放った。両腕を固めてガードされる。それでも、レディの動きが止まることはない。
体を一回転させて背面蹴り。間一髪で躱したイムは、そのまま懐に潜り込んだ。拳の応酬。一転してレディが防御に回る。
イムが放った渾身の突きを、レディは両腕を使って流し、力の向きを変えた。直線から曲線へ。予期せず大振りとなった一撃に、体の動きが一瞬止まる。
それを逃さず、レディがイムの腹に膝を入れた。数センチほどイムの体が浮く。続けて拳を腰に溜め、正拳突きの構えを取る。
それが放たれる前に、イムは強引に右腕を振り払ってレディを突き飛ばした。再び距離が離れる。
半身になって、レディは軽くつま先立ちになるような姿勢を取る。いつでも蹴りを打てる構えだ。対して、イムは獣のように上体を下げ、前屈みになる。
一拍。イムの体がより深く沈み込んだ。
低姿勢の突撃。地を這うようにイムが迫る。合わせて、レディは踏みつけるように踵落としを放った。寸分違わないタイミングで繰り出されたそれは、イムの頭頂を正確に捉える。
確かな手応え。しかし。
「あああああああ!!」
その程度では勢いを殺しきれず、雄叫びと共にイムが拳を打ち込む。レディはガードを固めるが、その上からでも体が揺さぶられた。大振りな右のフック。ガードが緩む。
生まれた隙間を縫ってストレートが決まった。防御の姿勢が完全に崩れる。拳の乱打。その全てがレディの体に突き刺さった。
「ぐっ、がああ!」
放たれる拳を、レディは真正面から掴んで防いだ。手四つの体勢。純粋な力比べが始まる。
しかし、どちらが勝利するかはもはや明白だ。すぐにレディが押され始め、遂には片膝が落ちるまで押し込まれる。
このまま倒れれば負ける。しかし出力ではどう足掻いても向こうが上。ほぼ詰みと言って良い状況。
されど、解決策がないわけではない。
「許せよ、おやっさん」
弓状に体を逸らし、もう既に限界という体勢で、レディが呟いた。
体にはリミッターが掛かっている。あのパスワードを唱えても外せない、スミスが設定したものが。
「I am lady」
赤い光は宿らない。システムが今はこれが限界であることを表示する。この消耗した体では、寧ろ自分の方が壊れてしまうと。
人が兵器を従えるために着けたリミッター、それとは別の、限界出力を設定するためにある本来のリミッター。
レディは、それを外せるように仕掛けを仕込んでいた。
限界には先がある。
「overlay」
赤い光が一瞬、レディの体を駆け抜ける。警告するかのように激しく明滅。そして唐突に、システムダウンしたかのように止まった。
形勢は逆転している。
押さえ込まれていたレディが、イムに膝をつけさせていた。起きたことの理解ができず、イムは首を振って両腕を見やる。余りのパワーの違いに震える自分の手を。
そして、怯えきったようにゆっくりと、レディの顔を見上げた。
「ごめんね」
表情を見せる間を与えず、レディは両腕を捻った。不気味な音を立てて、イムの肩から先がねじ曲る。
動かなくなった腕が力なく垂れ下がる。イムにはもう、立ち上がる気力は残っていなかった。
「我慢してね」
宣言とほぼ同時、イムに拳が抉り込まれる。グラディウスでつけた胸の傷、その中央を捉えて。
装甲にヒビが走る。体が宙を舞うその途中で、剥がれたそれが涙のようにこぼれ落ちた。
ドサリ、と。殴り飛ばされたイムの体が落ちる音。動く気配はない。
「さて……」
殴った衝撃で砕け、動かなくなった右の拳を見やり、レディは呟く。こりゃあまたスミスのおやっさんに怒られるな、と一人で悪態をついた。
勝ったか。
確かな勝利を刻んで、それを握りしめて、離さぬように抱えたまま。
レディは地面に崩れ落ちた。
いくつか決着の方法は考えてましたが、結局これにしました。言いたいだけなので
01(Lay)、完成せずに死す(Die)。だから名前はLaDieとかも考えましたが強引すぎたので割愛しましたね




