宿命の対決
「来たか」
微かな砂埃の奥から、大きな影が形を見せる。鉄くずの山に座り込んでいたレディは、立ち上がって一歩踏み出した。
煙を裂いて現れたのは異形。全身を追加装甲で硬め、背中に翼の如く広がった巨大なバックパックとガトリング砲を背負った、人型の戦闘兵器。人間の顔を正確に模した鉄仮面だけが、違和感となって不気味に映る。
確かな足取りでこちらに近付くイムを中央に見据えながら、レディは自分の耳の後ろに手を当てた。
「準備はまだ?」
『あと少しだ』
「了解。用意ができ次第こっちに寄越して」
苦しげなスミスの答えに、尚もニヤリとした笑みを浮かべて、レディはマイクを切る。リミッターを解くパスワードを呟いて、そのまま自らもイムの方へ歩き始めた。
一陣、風が凪ぐ。
「やぁ、また会えて嬉しいよ」
掻き消されない声量で、レディは陽気な言葉を投げる。
返事はない。
「装備も完璧みたいだね。合格だ」
今度は挑発するようにおどけて。
返事はない。ただ凍てついた時間が、静かに漂った。
「そうだね……今更無意味に喋るのも野暮か。始めよう」
返事はあった。
イムの背中にあったガトリング砲がニ門、激しい回転を始めながら腰の付近まで移動する。そこからせり出したハンドルを掴んで、イムは銃口をレディへと向けた。
マズい。
腰のハンドガンを抜きながら、レディは素早く地面を蹴った。さっきまで自分がいた空間を、弾丸の嵐が突き抜ける。
赤く、スローになった視界の中で、レディはこちらを向く銃口へと弾丸を放った。だがそれは薙ぎ払うように放たれたガトリング砲に撃ち落とされる。
レディの着地に合わせて、イムは弾丸を撒き散らした。
無差別、広範囲の攻撃。避けられない。
「ぐ、うっ」
数発、体に銃弾を受けて、レディの動きが鈍る。追い打ちを掛けるように、イムは再びガトリング砲を唸らせた。
高密度の弾幕が形成される。逃げ切れないと悟ったレディは、顔とハンドガンを塞ぐように両腕を上げた。
金属のぶつかる激しい音が連なる。一発一発は装甲を貫くほどではないが、衝撃はその表面を削り取り、内部の機構に細かいダメージを与える。雨垂れが石を穿つように、いつかは耐えきれなくなるだろう。
だけど、そんなつまらないやり方で終わりじゃないだろ?
レディの予感は的中した。
イムのバックパックが開き、中から黒く小さな三角柱が現れる。サブアームによって保持されたそれは、底面をレディの方に向けて止まった。
中には三つの暗い穴が覗く。
「そういうことか……!」
レディが苦々しく呟くと同時に三角柱が火を噴いた。内部から小型ミサイルを三つ。順に射出されたそれらは、正確な動きでレディに迫る。
ガトリング砲で動きを止めて、爆発物で仕留める。最初からそのつもりの重装備なのだろう。
よし、やるしかない。
鋭く口角を上げたレディは、銃口だけを晒すようにハンドガンを構えた。
素早いニ連射。撃ち出された弾丸は弾幕の1つにぶつかり、その軌道を変える。歪んだ、しかし計算され尽くした軌跡を辿った弾丸は、小型ミサイルへと着弾した。
爆発、誘爆して三回。それは赤い炎を吐き出して空気を震わせ、辺りにある物を吹き飛ばす。
弾幕は晴れた。
爆炎の中を潜り抜けたレディが、そのままの勢いでイムに迫る。ガトリング砲の照準が再び自分へと向く前に、素早くその内側へと潜り込んだ。
間合いは既に、レディの手が届くほどに詰まっている。
ヒュドッ!
流れるような拳の連撃。空気を引き裂く音すら伴うそれを、イムは全て受け止める。
それだけの装備を背負ってこれか。笑えないな。
口の端を奥に引くように笑みを深めて、レディは猛攻を続ける。織り交ぜて放ったローキックは、足の捻りで弾かれた。
生まれる一瞬の隙。
イムのバックパックから伸びた三角のミサイルポッドが、鎌首をもたげるようにレディを捉えた。
堪らずレディは後退の為に地面を蹴る。至近距離で喰らえばひとたまりもない。
が、距離を取ろうと下がったはずなのに、イムとの距離は変わっていなかった。
先程のミサイルポッドがブラフだと気付いた頃には既に遅く、加速の乗ったイムの蹴りが、レディの腹に突き刺さる。
「がっ、はっ」
体に残った人としての機能が、押された空気を吐き出した。
弾き飛ばされた体が跳ねる。バランスを失った体は、地面に手足を無理矢理接触させることで止まった。
レディは数回、肩を上下させて息を取り戻す。正面に視線を戻すと、イムはこちらの様子を窺うように佇んでいた。
距離を取ればジリ貧、近付いても向こうが一枚上手。このままでは埒が明かない。
そう、このままでは。
『用意ができた。待たせたな』
スミスからの通信が入る。レディは全身の埃を軽く払って、意気揚々と両手を広げた。
「ドレスコードは満たしてきたみたいだね。本当に嬉しいよ」
勝ち気な笑みを絶やさずにレディは語りかける。その背後で、大きなツメを持った廃鉄場の重機が、錆び付いた雄叫びを上げた。
ギリギリと不安になる音を立てながら、それはレディの頭上へとツメを動かす。
「そんな貴方に、私がこんな格好でお相手するのは些か無礼だろう」
ツメが開く。中にあった柩のような黒い箱が2つ、重力に引かれて地面に落ち、衝撃で蓋が落ちた。
ぶちまけられた中身が、吸い付くようにレディの体を覆う。あるべき物が、あるべき場所に。藍色の合金が定まった位置へと移動し、そのままボディに固定される。頭部を兜のような装甲で隠し、長い髪が騎士の装飾のように後ろに伸びた。
褐色の肌から暗い藍色へ。人らしさを捨てた「完全」な装甲の隙間から、鮮やかな赤い光が漏れる。
「お待たせ」
右手に握ったプロテクターを顔にあてがい、レディは呟く。装甲の最後のパーツとして収まったそれは、甲高い起動音と共に輝いた。
全体のシルエットは力強く。女性的な腰の細さを残しながら、分厚い鎧を纏った騎士の姿へと変貌する。左腕には盾のように巨大な追加装甲を纏わせていた。
レディは更に黒い柩の中に手を伸ばし、幅広のグラディウスを引き抜く。
「さぁ、勝負服でお相手だ」




