戦いへ
猛スピードを出していた車のスピードが次第に緩まり、止まる。トタン造りの粗野なアジトの前に再び戻っていた。
「アメリア。降りろ」
「ええ」
ウェインが呼びかけると共に後部座席のドアが開く。促されるままにアメリアが外に出ると、待ち受けていたレディが力の入っていない手を取った。
中からウェインがドアを開けて、レディに問う。
「話は聞いていたよな」
「ああ。ウェインはアイツと話をつけに行くんだろう?」
「そうだ。アメリアのことは任せる」
「OK。私も、任せるよ。ウェイン」
どこか含みのあるレディの言葉に、アメリアはゆっくりとその顔を見上げた。いつも通りの薄く微笑んだ笑みが、何故か不気味に映る。
ウェインは伏せるように顔を逸らして、正面を向いた。行こうか、とレディがアメリアの手を引いて、アジトに戻るため進み始める。
「アメリア」
その後ろ姿をウェインが呼び止めて、アメリアは振り向いた。少し離れた距離からでは、ウェインの伏せた表情は窺えない。
「俺達を頼ったのは、正しい判断だ」
数秒の逡巡を伴って届いた言葉の意味を、アメリアはすぐに理解できなかった。聞き返す前にウェインはドアを閉めて、スポーツカーを発進させる。
立ち止まってしまったアメリアの手を再び軽く引きながら、レディは口を開いた。
「ああいう言い方しかできない所が、ウェインの悪いところだよね」
「どういう事?」
ゆっくりとアジトに向かって歩き始めたレディに追いついて、アメリアは問いかける。
「ただ間違ってないって言いたかったんだと思うよ。アメリアがまだ悩んでるみたいだったから」
アメリアは静かに口を結んだ。
こうして一度落ち着いても、考えることはやはり父のことばかりだった。自分があれほど父に恨まれることをしたか、或いは何故父のここまでの変貌に気づけなかったかを悔いて、悔いて、ただ悔いている。
しかしどれ程考えようと、どうすれば良かったか、という具体的な答えは浮かんでこなかった。
「すぐに割り切れることじゃないだろうさ」
辿り着いた錆び付いた扉の取っ手を握って、レディは優しい声で語る。アメリアの額に浮かんでいた皺の数が少し減った。
「でも、生きるって決めたなら、いつかは割り切らなきゃいけない」
アメリアに聞き返される前に、レディは勢いよく扉を開けた。広いアジトの中では机を使ってスミスが作業をしている。棺桶のような大きな鉄の箱が二個、スミスを挟むように直立していた。
鉄同士が擦れる嫌な音が響いても聞こえないのか、スミスは落とした顔を上げない。
「おーい、おやっさん。聞こえてる?」
「レディか。早かったな」
呼びかけにも顔を上げず、ただぶっきらぼうな声が返ってくるだけだ。半分笑ったようなため息を吐いてから、レディは中に入る。そのあとにアメリアも続いた。
「色々事情があってね。依頼は続行だ」
その言葉でようやくスミスは顔を上げて、アメリアの姿を捉える。はぁ、とため息ともつかない呆れのような息を溢してから、両手に持った工具を机に置いた。
「またお前らは面倒ごとに首を突っ込んだのか?」
「文句はウェインに言ってくれ。私は関係ないよ」
「今回はお前も原因だろ。薄々察しはつくぞ」
「はいはい、それはどうでもいい事だろ。それで、私のアーマーの整備はどんな感じ?」
スミスの表情が渋くなる。疑るような眼で、レディを見上げた。
「使うのか」
「私の妹が来る。丁重におもてなしをしないと、私にも姉としての面目があるからね」
「妹ってこたぁ、向こうの最新型か!? やるのか、それと!」
「勿論。あと少しでやってくると思うよ」
涼しげな顔で答えるレディに、スミスは口元を抑えて唸った。アメリアも心配そうな顔を向ける。
考えてみればそう、ウェインよりも危ないのはこちらの方だ。レディが十分強いことは今までの事で理解しているが、そのレディよりも確実に強い敵が来る。確実に、だ。
「……まだ時間がかかる。特に相手が最新なら、手を抜いた調整はできない」
「そう。敵が来たら連絡する。調整が終わったら言って。アメリアは、頼んだよ」
そう言ってレディはトランシーバーのような通信機を机の上に置いた。血盟した顔立ちを、アメリアはただ不安そうに見つめる。
その視線に顔を向けて、レディは笑った。
「私も、ケリをつけてくるよ」
何に、とは聞かずともわかっている。再び引き締まった顔に戻ったレディは、そのまま出口へと歩き始めた。
静かな部屋の中に、硬い靴音と、そして扉を閉める音が響いて、静かになる。
スミスは既に作業に戻っていて、アメリアは立ち竦んでいた。
「座らないのか」
「え、ああ、座って良いなら」
放たれた言葉に一瞬たじろいて、アメリアはスミスの前に座る。その程度のことでは、集中は途切れないようだった。
「ウェインの野郎はどうした」
「私のお父様の所に向かったわ」
「そうか」
「ごめんなさい」
「謝る必要は無い。アイツらが決めたことだ」
静かな作業音の中で、視線の合わない口だけの会話が続いていく。
「俺もアイツらに救われてここに居る。その点はお前と一緒だ」
「それは、どういう?」
「前はサルヴァトーレに居た。そこで軽くやらかしたときに、アイツらが俺を救って、そのまま居着いた」
あの時も正面切ってサルヴァトーレに喧嘩を売ったのはアイツらだけだったな、と続けて、スミスは口を閉じる。アメリアは静かに目を見開いて、息を呑んだ。
「今回もなんだかんだ生きて帰ってくるだろう。安心しろ」
「でも……」
「お前が心配するべきなのは、お前のことだと思うぞ」
相変わらずぶっきらぼうに、だからこそ責め立てる様子も無く、独り言のようにスミスは言う。
「救った分の人生を、無駄に生きられると困るからな」
「救われた分の人生……」
「俺はそうやってグズグズしてる時間は、無駄だと思うタイプだ」
それを最後に部屋の中から言葉がなくなる。鉄と鉄が触れ合う何処か心地の良い音だけが、カチャカチャと響いた。
地面に落とした目を、アメリアはギュッと閉じる。
ウェインとレディそれぞれの話に続きますが、レディの方を先に書くと思います。それが一番書きたいシーンだったので




