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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
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それぞれの約束

『今どれ位出てる?』

「最高速だ。これ以上は俺も制御できねぇ!」


 アクセルを踏む足に精一杯の力を込めながら、ウェインはレディからの通信に答えた。

 車内に甲高い叫声を響かせるまでにモーターが唸り、タイヤは地面を抉って盛大な土煙を残す。


『そうか……わかった』


 そのスポーツカーの上で、長い髪をたなびかせながら、レディは一点を見つめていた。

 来るか。

 レディは腰のハンドガンを抜く。眉根を寄せ、視界を絞って見るのは舞い散る砂塵の後ろ側。何者かの気配がある。直感でわかる。


 ドッ!!


 激しい衝撃音を伴って煙の中から現れたのはイム。服は素肌の見えない執事服のままで、武装をしているようには見えない。

 全力疾走するスポーツカーの背後、イムは10メートルほどの距離を保って追い縋ってきた。


『イムが来た。私の妹だ』

「こっちは限界まで飛ばしてるんだが、随分と速いもんだな」

『たかが車の限界値なら、今の私でも追いつけるよ』


 淡々と答えるレディに舌打ちをして、ウェインはハンドルを握りしめる。本当はバックミラーで敵の姿を確認したいのだが、そんな余裕は残って無かった。

 細かい路地に入る事は論外だ。今のスピードを維持できなくなってはすぐに追いつかれる。そもそも小回りなら向こうの方が得意に決まっている。

 スペックがレディを越えているという話なら既に最悪の状況だが、今のままで走り続けることが最善の選択だろう。

 もう一度大きく舌打ちをしてから、ウェインは覚悟を決めた。


「このままアジトに向かう。レディ、任せるぞ」


 お前なら何とかできる。

 全幅の信頼を乗せたウェインの言葉に、レディは飄々と笑みを浮かべて応えた。


「勿論。任された」


 正面のイムは、未だ様子を窺うように距離を取っている。

 それもその筈だ。互いに装備は十全と言えない。ドイルに無駄な警戒をさせないため、イムは過剰な武装を排除してきている筈だ。

 となると必然的に近付かなければならず、狙いをスポーツカーに絞るしかないが、そうなると屋根の上に陣取る壁が邪魔だ。

 数秒の睨み合いが続いて、唐突にレディは声を張り上げた。


「おい! 聞こえるかな!」


 反響するほどの大音量は、恐らくイムにも届いた。

 返答するようにイムは服の内側から拳銃を取り出して、レディに向かって発砲する。眉間に向かってくる銃弾を手の甲で払って、レディはニヤリと笑った。


「おおかた、あのクソ野郎に私かアメリアを殺してこいって命令されて来たんだろうけど、この状況じゃ埒が明かないだろう?」


 イムは反応しない。握った銃も構える素振りはなく、ただ距離を保って走っている。

 これは「いいえ」って事かな。随分と強気なハッタリじゃないか。

 フッと口の片側を歪めるように笑い、レディは続ける。


「今はお互い万全じゃない。ちゃんと準備を整えてから、私達のアジトに攻めてくればいい。どうかな?」


 またも反応は返ってこない。

 イムはもう二度と開かない眼を、睨むようにレディの方に向けている。次の言葉を待っているのか、ただ静かに。


「大丈夫。逃げないよ。逃げる場所も、もう無いからね」


 返答が一発。

 今度は弾かずに、緩く握った指の隙間で、レディは弾丸を受け止めた。顔の向きを戻すと、そこにイムの姿は無くなっている。

 受け止めた弾丸をぐしゃりと潰してから、ふぅ、と軽く息を吐いて緊張の糸を解く。叫ぶために切っておいたマイクを繋ぎ直し、レディはウェインとの通信を再開した。


「こっちは終わったよ」

『上手く撒いたか?』

「一度引くみたいだ。すぐにアジトに襲撃してくるだろうけど、今は大丈夫」

『その場は凌いだって感じか』

「ああ」


 満足げなレディの言葉に、ウェインはアクセルを踏む力を弱める。モーターの駆動音が次第に低くなって、落ち着いた唸りへと収まった。

 やっと後ろを見る余裕ができたウェインが振り向くと、アメリアは死んでしまったかのように力なく俯いていた。聞こえない大きさのため息を一つして、ウェインは話し掛ける。


「依頼の内容は?」


 どこか的の外れた問いに、アメリアはゆっくりと顔を上げた。


「それは、どういうこと?」

「どういう事も何も、聞いていなかったからな。依頼の内容を」


 アメリアはこめかみに手を当てて思い返す。確かにそうだ。明確な願望を口に出して伝えたわけではない。「生きたいか」という問いには答えたものの、それは依頼と呼ぶには大雑把で、他力本願過ぎるものだ。

 頭痛を抑えるような姿勢のまま、アメリアは声を絞り出す。


「ごめんなさい。今、答えが出せそうにないわ」

「駄目だ。こっちも時間が無い。落ち着いて話せるのはこれが最後だ。ここで決めろ」


 アメリアに向けたことがないような強く厳しい言葉を使って、ウェインは叱責する。アメリアは体を縮め、ギュッと拳を握りしめた。


「お前が俺達を呼んだんだ。お前が決めろ」


 静かな問い。それで言葉が切れて、二人の間には車の駆動音だけが残る。


「私の、依頼は……」


 勢いに任せて答えてしまおうとしても、そこで言葉が途切れてしまう。アメリアは苦しいのを抑えるように、組んだ手を胸の前に当てた。

 ここでもし仮に「ベニートを殺して欲しい」とでも願ったら、確実にウェイン達は彼を殺すだろう。受けた依頼は絶対にやる、というポリシーは、既に痛いほど理解している。

 どんな困難な事を言っても頷きが返ってきそうな固い意志が、今のウェインからは感じ取れた。

 だからこそ、間違ってはならない。次の言葉は。


「お父様の本当の気持ちを、教えて欲しいの」


 一瞬、沈黙。わかった、という言葉はすぐに返ってこず、考えるような間が生まれる。


「それは本心でアメリアのことを裏切ったのかを聞きたいということか?」

「そう。私のことをずっと目障りに思っていたのか、とか、確かめたいの」

「そんなことで良いのか? 本当に」

「ええ、だから、お父様の事は殺さないで欲しい」


 アメリアの懇願にウェインから言葉は返ってこない。ギリギリ、という何かが擦れるような音は、ウェインの歯ぎしりか、或いはハンドルを握りしめる音か。

 再びの沈黙の後に、ウェインは口を開く。


「本当にそれで良いんだな」

「ええ」

「わかった。お前の父親は殺さない。約束しよう」


 平静を保った声でウェインは答える。それにアメリアは胸を撫で下ろして、細く息を吐いた。

 運転手の命令に従って再び加速するスポーツカーが、苛立つように吼え、駆ける。

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