まだ終わってない
壮絶な破壊音と共に入ってきたのは一台のスポーツカー。
赤く塗られた屋根の上に、確固たる決意の見える笑顔を浮かべて、一人の女性が立っている。
「やぁ、皆さんお久しぶり」
陽気な言葉とは裏腹な殺意を滲ませるレディに、ベニートは歯を食い縛りながら目を見開いた。
「貴様ら……何故!」
「お前が依頼したんだぜ。アメリアを保護しろってな。それ以外の理由がいるか?」
スポーツカーから降りながらウェインが答える。期待していた通りの動きに、ドイルは楽しげな笑みを浮かべた。
ベニートは細かく震え、怒りの矛先をドイルに向ける。
「お前、こうなることがわかっていたのか!」
「可能性の一つとして予測はしていました」
「ならば!」
「今更彼らが来たところでどうすることもできませんよ。貴方にはイムという自慢の護衛も居るのでしょう?」
涼しげに答えるドイルに、話にならん! と激昂して、ベニートはアメリアに近寄る。
その距離が充分に縮まるその前に、レディが間に割り込んだ。完全に力の抜けたアメリアを左手に抱え、右手は腿に下げた銃に伸びている。
「なんなんだ! お前らは!」
「yeah i`m lady」
「何だその答えは! ふざけているのか!」
「ちゃんと答えてるさ」
錯乱したように叫び続けていたベニートだったが、次第に体に赤い線が描かれていくレディに、その顔を呆けたような驚きに変えていく。
一度深く瞑目して、レディはフッと微笑んだ。
「お前らはなんなんだって質問みたいだけど」
再び開けた目は、鮮やかな紅蓮に輝いている。
「この顔、忘れたか?」
「きっ……貴様、貴様が! どこまで私を貶めれば気が済む!」
「地獄の底までに決まってるだろ」
素早くホルスターからハンドガンを抜く。流れるようにベニートの額に照準を合わせ、レディは銃を握りしめた。
銃口の先には、忌々しげに眉を寄せた、忘れたくても忘れられない宿敵の顔がある。
「あの日の忘れ物だ。受け取りな」
引き金を引く。
しかし、銃口から弾丸は出てこない。
一瞬で距離を詰めたイムが、弾丸ごと銃を握りつぶしていたのだ。衝撃にひしゃげた銃身は千切れ、無惨な切り口をその残骸が晒す。
予期していた通りの動きに、レディの口角が少し上がった。
「やっぱり優秀だな。私の妹だけある」
レディの言葉に、イムは答えない。凍り付いた表情は内面を浮かび上がらせることなく、ただ冷徹に瞑目している。
レディが手に残った残骸を捨てて半歩離れると、イムも構えを解いた。
「イム! そのまま奴を」
「少しお待ちください」
言葉の奥にある覇気に押され、ベニートは言葉を止める。声を発したドイルの方を見やって、苛立ちを抑えられないように吼える。
「今この場合は奴らを始末するのが先決だ!」
「貴方がそう思うなら命令を下せば良いですが、その距離だと確実に巻き込まれますよ」
ベニートはぎりぎりと歯を鳴らす。ややあって納得した理解したのか、忌々しげにレディを見てから吐き捨てた。
「出来損ない共め」
レディの体が前に出る。しかしその先を阻むようにイムが立ち塞がった。睨め上げるレディの目には静かな怒りが浮かんでいる。
再びの硬直。
「レディ」
「わかってるよ……」
全力でやれば突破はできるかもしれないけど、こっちにはアメリアがいる。今、無理はできない。
再び半歩、足の裏をするようにレディは距離を取る。その瞳はベニートを睨んだままで。
膠着状態になったのを見届けてから、ドイルは正面のウェインへと顔を向けた。
「良くここがわかったな」
「お陰様でな。お前にしては本当に、詰めが甘い」
答えながら腰のリボルバーを引き抜き、ウェインは片手でハンマーを起こす。
「前も言っただろう。私は関わっていない、と。私はただこの舞台を用意しただけだ。この場所はその特等席だよ」
「俺に嘘を吐いたことには違いねぇよな」
ウェインから放たれる絶対零度の殺意に、ドイルは実に楽しげに笑う。
「恐らくは、そこに居る少女から連絡を受けたのだろうが、迂闊に助けに来て良かったのか?」
「どういう意味だ」
「尊敬していた父に裏切られ、何を信じて良いかわからなくなった最後の状況で、彼女はお前達を頼った。それは結構。しかし……」
そこで言葉を切り、ドイルは口元の笑みを深くする。
「その最後の希望を潰せば、彼女はどんな表情をするのだろうな?」
悪寒を感じずには居られない、あまりにも歪んだ狂気の笑顔。
その言葉を聞いていたアメリアが、微かに我を取り戻してウェインへと顔を上げる。自分が巻き込んでしまったのなら、今度こそ謝らなければいけない。何よりこんな危険なことはやめろ、と言ったのは自分自身なのだから。
震える体を決意で固めて、乾ききった口を開きかけて、そして。
「うるせぇな」
その声が出る前に、再び静かに、口を閉じた。
「ほう?」
「今更そんなこと、聞くまでもねぇだろ。なぁ――」
そこでウェインは、こちらを見上げていたアメリアの方へ顔を向ける。
「アメリア!」
静かな意志を秘めた瞳を向けて、ウェインは強く呼びかけた。ビクッとアメリアの肩が跳ね、深い呼吸を一拍、体を落ち着かせる。
再び見上げると、射貫くような目がそこにある。
「お前はここで死んでも良いのか?」
その問いに、アメリアは答えるために用意していた息を飲み込んだ。
わからない。ずっと生きる目標にしていた物を失ったから、これからどう生きていけば良いのか、わからない。
ずっと信じていた物に裏切られたのだ。これから何を信じればいい? また自分の身勝手な理由で裏切るとも限らないのに。
脳裏には、傷口から湧く膿のように暗い言葉が溢れてくる。
だが。
「こんな所で、こんな下らねぇ理由で死んで良いのか?」
それは嫌だ。
ただ一つ、奥底に灯る光がある。
スッと頭が冴えていく。震えていた体が収まって、次第に熱を取り戻していく。脈を打つ。動く理由を失っていた心臓の炉に、新たな火種が注がれる。
しかし、それでも。
片方の意志が強くなるほど、もう片方の暗い感情がわき上がってくる。体が引き裂かれるような感覚に、アメリアは頭を抱えた。
「お前は」
「テメェは黙ってろ」
呻くアメリアにベニートが声を掛けようとして、すぐさまレディが銃を突きつける。
イムが間に入って射線を切るものの、その身震いするような殺気に、ベニートは押し黙った。
「答えろ! アメリア!」
ウェインは叫ぶ。頭を抱えたまま、アメリアはギュッと目を閉じて、嗚咽するように言葉を吐き出す。
「私は……私は……」
歯を食い縛り、泣き出しそうなほど眉を寄せ、絞り出して。
「私は生きていても、いいの?」
そうして出てきた言葉は、まだ何かに引っ張られるような弱々しい響きがあった。
何かで支えなければ崩れ落ちてしまいそうな、それに。
「当たり前だ」
「勿論」
レディとウェインが手を伸ばす。
最後に残った微かな手の震えを握り潰し、アメリアは顔を上げた。
「私は、生きる!」
腹の底から張り上げる、産声のような叫び。それを聞いた二人は、牙を剥くが如く、勝ち気な笑みを浮かべる。
「良く言った! レディ!」
「あいよ!」
答えながら、ウェインはスポーツカーに乗り込んだ。レディは目の前の敵へと素早く銃を抜く。
3連発。素早い動作で放つ弾丸の対処に、イムの動きが一瞬止まった。そうして生まれた隙に、レディは後ろ手に忍ばせていた閃光弾を投げる。
炸裂までのラグは最短。部屋の中を猛烈な光と音が包み込んで、一切の感覚が吹き飛んだ。
これに耐えられるのはレディとイムのみである。アメリアを抱え、この好機を逃すまいと地面を蹴るレディを、イムはただ見届けていた。
「行って!」
後部座席にアメリアを放り込みながら、レディは車の屋根に乗る。車内にいた事で閃光弾のダメージから逃れていたウェインは、合図と共にアクセルを踏んだ。
三人を乗せた車は薄暗い倉庫を抜け、日の光の下に飛び出る。




