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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
23/36

まだ終わってない

 壮絶な破壊音と共に入ってきたのは一台のスポーツカー。

 赤く塗られた屋根の上に、確固たる決意の見える笑顔を浮かべて、一人の女性が立っている。


「やぁ、皆さんお久しぶり」


 陽気な言葉とは裏腹な殺意を滲ませるレディに、ベニートは歯を食い縛りながら目を見開いた。


「貴様ら……何故!」

「お前が依頼したんだぜ。アメリアを保護しろってな。それ以外の理由がいるか?」


 スポーツカーから降りながらウェインが答える。期待していた通りの動きに、ドイルは楽しげな笑みを浮かべた。

 ベニートは細かく震え、怒りの矛先をドイルに向ける。


「お前、こうなることがわかっていたのか!」

「可能性の一つとして予測はしていました」

「ならば!」

「今更彼らが来たところでどうすることもできませんよ。貴方にはイムという自慢の護衛も居るのでしょう?」


 涼しげに答えるドイルに、話にならん! と激昂して、ベニートはアメリアに近寄る。

 その距離が充分に縮まるその前に、レディが間に割り込んだ。完全に力の抜けたアメリアを左手に抱え、右手は腿に下げた銃に伸びている。


「なんなんだ! お前らは!」

「yeah i`m lady」

「何だその答えは! ふざけているのか!」

「ちゃんと答えてるさ」


 錯乱したように叫び続けていたベニートだったが、次第に体に赤い線が描かれていくレディに、その顔を呆けたような驚きに変えていく。

 一度深く瞑目して、レディはフッと微笑んだ。


「お前らはなんなんだって質問みたいだけど」


 再び開けた目は、鮮やかな紅蓮に輝いている。


「この顔、忘れたか?」

「きっ……貴様、貴様が! どこまで私を(おとし)めれば気が済む!」

「地獄の底までに決まってるだろ」


 素早くホルスターからハンドガンを抜く。流れるようにベニートの額に照準を合わせ、レディは銃を握りしめた。

 銃口の先には、忌々しげに眉を寄せた、忘れたくても忘れられない宿敵の顔がある。


「あの日の忘れ物だ。受け取りな」


 引き金を引く。

 しかし、銃口から弾丸は出てこない。

 一瞬で距離を詰めたイムが、弾丸ごと銃を握りつぶしていたのだ。衝撃にひしゃげた銃身は千切れ、無惨な切り口をその残骸が晒す。

 予期していた通りの動きに、レディの口角が少し上がった。


「やっぱり優秀だな。私の妹だけある」


 レディの言葉に、イムは答えない。凍り付いた表情は内面を浮かび上がらせることなく、ただ冷徹に瞑目している。

 レディが手に残った残骸を捨てて半歩離れると、イムも構えを解いた。


「イム! そのまま奴を」

「少しお待ちください」


 言葉の奥にある覇気に押され、ベニートは言葉を止める。声を発したドイルの方を見やって、苛立ちを抑えられないように吼える。


「今この場合は奴らを始末するのが先決だ!」

「貴方がそう思うなら命令を下せば良いですが、その距離だと確実に巻き込まれますよ」


 ベニートはぎりぎりと歯を鳴らす。ややあって納得した理解したのか、忌々しげにレディを見てから吐き捨てた。


「出来損ない共め」


 レディの体が前に出る。しかしその先を阻むようにイムが立ち塞がった。睨め上げるレディの目には静かな怒りが浮かんでいる。

 再びの硬直。


「レディ」

「わかってるよ……」


 全力でやれば突破はできるかもしれないけど、こっちにはアメリアがいる。今、無理はできない。

 再び半歩、足の裏をするようにレディは距離を取る。その瞳はベニートを睨んだままで。


 膠着状態になったのを見届けてから、ドイルは正面のウェインへと顔を向けた。


「良くここがわかったな」

「お陰様でな。お前にしては本当に、詰めが甘い」


 答えながら腰のリボルバーを引き抜き、ウェインは片手でハンマーを起こす。


「前も言っただろう。私は関わっていない、と。私はただこの舞台を用意しただけだ。この場所はその特等席だよ」

「俺に嘘を吐いたことには違いねぇよな」


 ウェインから放たれる絶対零度の殺意に、ドイルは実に楽しげに笑う。


「恐らくは、そこに居る少女から連絡を受けたのだろうが、迂闊に助けに来て良かったのか?」

「どういう意味だ」

「尊敬していた父に裏切られ、何を信じて良いかわからなくなった最後の状況で、彼女はお前達を頼った。それは結構。しかし……」


 そこで言葉を切り、ドイルは口元の笑みを深くする。


「その最後の希望を潰せば、彼女はどんな表情をするのだろうな?」


 悪寒を感じずには居られない、あまりにも歪んだ狂気の笑顔。

 その言葉を聞いていたアメリアが、微かに我を取り戻してウェインへと顔を上げる。自分が巻き込んでしまったのなら、今度こそ謝らなければいけない。何よりこんな危険なことはやめろ、と言ったのは自分自身なのだから。

 震える体を決意で固めて、乾ききった口を開きかけて、そして。


「うるせぇな」


 その声が出る前に、再び静かに、口を閉じた。


「ほう?」

「今更そんなこと、聞くまでもねぇだろ。なぁ――」


 そこでウェインは、こちらを見上げていたアメリアの方へ顔を向ける。


「アメリア!」


 静かな意志を秘めた瞳を向けて、ウェインは強く呼びかけた。ビクッとアメリアの肩が跳ね、深い呼吸を一拍、体を落ち着かせる。

 再び見上げると、射貫くような目がそこにある。


「お前はここで死んでも良いのか?」


 その問いに、アメリアは答えるために用意していた息を飲み込んだ。

 わからない。ずっと生きる目標にしていた物を失ったから、これからどう生きていけば良いのか、わからない。

 ずっと信じていた物に裏切られたのだ。これから何を信じればいい? また自分の身勝手な理由で裏切るとも限らないのに。

 脳裏には、傷口から湧く膿のように暗い言葉が溢れてくる。

 だが。


「こんな所で、こんな下らねぇ理由で死んで良いのか?」


 それは嫌だ。

 ただ一つ、奥底に灯る光がある。

 スッと頭が冴えていく。震えていた体が収まって、次第に熱を取り戻していく。脈を打つ。動く理由を失っていた心臓の炉に、新たな火種が注がれる。

 しかし、それでも。

 片方の意志が強くなるほど、もう片方の暗い感情がわき上がってくる。体が引き裂かれるような感覚に、アメリアは頭を抱えた。


「お前は」

「テメェは黙ってろ」


 呻くアメリアにベニートが声を掛けようとして、すぐさまレディが銃を突きつける。

 イムが間に入って射線を切るものの、その身震いするような殺気に、ベニートは押し黙った。


「答えろ! アメリア!」


 ウェインは叫ぶ。頭を抱えたまま、アメリアはギュッと目を閉じて、嗚咽するように言葉を吐き出す。


「私は……私は……」


 歯を食い縛り、泣き出しそうなほど眉を寄せ、絞り出して。


「私は生きていても、いいの?」


 そうして出てきた言葉は、まだ何かに引っ張られるような弱々しい響きがあった。

 何かで支えなければ崩れ落ちてしまいそうな、それに。


「当たり前だ」

「勿論」


 レディとウェインが手を伸ばす。

 最後に残った微かな手の震えを握り潰し、アメリアは顔を上げた。


「私は、生きる!」


 腹の底から張り上げる、産声のような叫び。それを聞いた二人は、牙を剥くが如く、勝ち気な笑みを浮かべる。


「良く言った! レディ!」

「あいよ!」


 答えながら、ウェインはスポーツカーに乗り込んだ。レディは目の前の敵へと素早く銃を抜く。

 3連発。素早い動作で放つ弾丸の対処に、イムの動きが一瞬止まった。そうして生まれた隙に、レディは後ろ手に忍ばせていた閃光弾を投げる。

 炸裂までのラグは最短。部屋の中を猛烈な光と音が包み込んで、一切の感覚が吹き飛んだ。

 これに耐えられるのはレディとイムのみである。アメリアを抱え、この好機を逃すまいと地面を蹴るレディを、イムはただ見届けていた。


「行って!」


 後部座席にアメリアを放り込みながら、レディは車の屋根に乗る。車内にいた事で閃光弾のダメージから逃れていたウェインは、合図と共にアクセルを踏んだ。

 三人を乗せた車は薄暗い倉庫を抜け、日の光の下に飛び出る。

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