特別な存在
「待ってよ! 依頼って何!? 誰から!?」
踵を返してスポーツカーに戻ろうとするウェインを、今度はレディが呼び止める。
「アメリアからだ」
「内容は!」
「書いてない。今から聞きにいく。急いで乗れ」
さっさと車に乗り込んでエンジンをかけるウェインに絶句してから、レディもすぐに助手席に乗る。
題名や内容を書く暇さえ無かったということはかなりの緊急事態だろう。レディは険しい表情で、ウェインに問いかける。
「どういう事か説明してよ」
「それはこっちの台詞だ。レディ。知ってることを話せよ」
端末を操作して、先程の通信の発信源を特定しながら、ウェインは問い返した。これまでの反応から、レディの「用事」というのがアメリアに関係することは明白だ。
恐らくはウェインに対して、ずっと何かを隠していた。
鋭い目を向けられて、レディはグッと押し黙る。
「アメリアの居場所は」
「もうすぐわかる」
ウェインが口を閉じるのとほぼ同時に、端末が大雑把な距離と方角を表示する。そう遠くはない。が、少なくとも今さっきまでここにいた人間が移動するには、かなり急がないと無理な距離だ。
方角はサルヴァトーレの本拠地がある方向。
あの状況ですぐに連れ去られたなどとは考えにくいのだが、嫌な予感は拭えない。
ウェインはアメリアとの距離を常に表示するように端末を設定して、スポーツカーを前進させた。
「場所がわかったんだな?」
「大体だがな」
焦りの感情を表に出してレディは訊くが、ウェインは淡々と返した。横目で刺すような視線を送る。それでレディは言いかけた言葉を飲み込んで、悔いるようにポツポツと言葉を溢した。
「何処にいるって聞いても教えてくれないよね」
「まぁな」
「うん。全く、結局こうなるのか。私も不器用だな」
諦めのため息を1つ吐いてから、レディは気合いを入れ直すように自らの腿を叩く。澄んだ硬質な音が響いた。
少しの間下げていた顔を再び上げて、レディは語り始める。
「時間が無いだろうから手短に話す」
「頼むぜ」
「私の用事ってのは、アメリアの父親、ベニート・フェルセンと話をつけに行くことだ」
レディの言葉に眉を潜めて、ウェインは続けろ、と呟く。
「私が壁の中、良くわからない研究施設から抜け出してきたっていうのは覚えてる?」
「ああ」
「その研究施設に奴は良く来ていた。恐らく、私みたいな機械人間の研究を命じていたのはアイツだ」
絶句。想定しきれない事態の全容に、ウェインはただ押し黙る。わざわざ自分に隠すようなことだ。重大な内容だとは覚悟していたが、今までの想像を全て覆す物だとは思っていなかった。
「何で今まで黙ってたんだよ」
「ウェインを巻き込みたくなかった」
ウェインが歯ぎしりをすると、レディがごめんよ、と所在なさげに目を閉じる。
「アメリアの話と、随分と違うな?」
「あれは表の顔だ。それも剥がれてきてるみたいだったけど。ともかく、表では高潔な人間を気取っていたのは確かみたいだね」
「裏で兵器を開発していたのが本当の顔だってことか」
「そういうこと。私の他にも色々な子供達が、体を機械に作り替えられていた。大半は親に売られた子供だ」
聳える壁に向かって、遠い目を向けながらレディは吐き捨てる。外に向けられた顔はウェインの方向からは上手く窺えず、その口元だけしか見えなかった。
だが少なくとも、笑っていない事だけはわかる。
「あの研究所から、私だけが助かった。私だけが生かされた。だから私は」
「アメリアの父を殺すのか」
「ふふ、ウェイン、前も言っただろ? 私は仲間達を救いたいだけだよ。奴を殺すってのは、その方法の1つだ」
「そうか」
強い決意の見える言葉に、ウェインはただ相槌だけを返す。昔軽く聞いただけの彼女の願望が、ここに繋がってくるとは思っていなかった。
だから、とレディはウェインに向き直る。
「もう一度言うようだけど、ウェインが巻き込まれる必要は無いんだ。これは私の問題だから」
「仲間を救うんだろ?」
「そうだ」
「俺は仲間じゃないのか?」
冗談めかした物言いにレディは目を伏せる。譲れない何かと何かがぶつかって、その狭間で頭を抱えているようだった。
「言い方が悪かったな。仲間なら俺も救ってくれよ」
「どういう意味だ」
「お前の助けになれないのも。お前に見捨てられるのも。お前に勝手に死なれるのも。そのどれでも俺は、救われねぇんだよ」
「どうした。いつもみたいに格好つけなよ」
「たまにはこういうのもいいだろ。……お前にしか、見せないからな」
その困り果てたような姿は、レディ自身の写し鏡のようで、真っ直ぐ見続けることができずに正面へと顔の向きを戻す。
「もしかしたら、向こうも私と同じようなヤツを従えているかもしれない。何体もだ。ウェインどころか、私も太刀打ちできないかもしれないんだよ」
「心配するな。いつものことだろ」
飄々と答えるウェインに、レディは微かに笑ってそうだね。と呟く。
二人の顔は既に引き締まった物に変わっていた。
「そろそろだ」
ウェインが端末に目線を落とすと、アメリアからの発信源はすぐ近くを示していた。始めの位置から移動していない。恐らくはその場所に、アメリアが居る。
「ふぅ、死ぬには良い日かもね」
「ああ」
強く答えながら、ウェインはアクセルを踏み抜いた。




