炎の上がる冷たい道
『後方に2台。やっぱり追ってきた』
「了解」
屋根の上に居るレディの報告を聞いてから、ウェインはアクセルを踏む足に力を込める。サイドミラーに目を向けると、黒く塗られた自動車が小さく映った。
「距離はどうだ」
『狙おうと思えば、狙えるけど?』
「詰められているか離せているかを訊いているんだ」
『詰められている。回り込まれると厄介だね』
「そうか、少し荒れるぞ」
『問題ない』
少し焦りが滲む声に、平静な答えが返る。だがそれとは別に、文句をつける声が後ろから上がった。
「荒れるって、追われてるの?」
「そりゃあそう簡単には逃がしてくれないだろうよ」
「私は助かったって言ったじゃない……!」
「安心しろ、依頼は最後までやり遂げるのが俺達のポリシーだ」
変わらない調子で答えながら、ウェインは勢いよくハンドルを切る。タイヤが滑る特有の音が鳴って、慣性に振り回されたアメリアが情けない声を出した。
大きく90度向きを変えたスポーツカーは、再び地面を掴んで加速する。
「有効射程に敵が入って来たら、次は遠慮なく撃って良いぞ」
『ほいきた』
待ちわびていた指示に、レディは細かく揺れる車体の上で緩やかに立ち上がる。マイクを通して聞こえる車内のいざこざに微笑を浮かべて、銃のコッキングレバーを引いた。金属同士が噛み合う軽快な音が鳴って、初弾が薬室に送り込まれる。
長いバレルが特徴的な、細身のセミオートライフルだ。膝立ちに構えを整えてから、固定させたスコープを覗き込む。
浅い呼吸を繰り返すこと数度。後を追ってきた敵の車両が、大きくカーブして躍り出る。微調整。照準を運転手に合わせて、引き金を引いた。
派手なマズルフラッシュを伴って放たれた弾丸は、フロントガラスに白い亀裂を走らせる。間断なく更に2発。的確な狙いは、車の両前輪に穴を穿つ。
だが、それでも相手の動きが止まることは無い。舌打ちと共にライフルを下げて、下に居る相棒に指示を仰ぐ。
『やっぱり防弾仕様、しかも中々良い奴だ。タイヤに撃ちまくるなら無効化できるけど?』
「2台相手だろ? グレネードは?」
『ある。使って良いんだね?』
「気にすんな、ぶっ放せ」
最高速にギアを合わせながらウェインは答える。スペックの限界を指示された喜びか、モーターは高低入り混じった雄叫びを放った。
「気にすんなってどういうこと!?」
「少し揺れるかもしれないって事だ」
「ま、巻き込まれないわよね?」
「日頃の行いが良ければな。神様にでも祈っとけ」
ひええ、とアメリアが頭を抱えたその後ろで、激しい爆発音が鳴り響く。宣言通りではない、安定した走行を見せるスポーツカーの上で、レディは狂気を滲ませて笑う。
「楽しくなってきたじゃないか。この場合はエネミーダウン、でいいのかな?」
『好きにしろ』
独り言に対して返される、ぶっきらぼうな答え。上機嫌な笑みを崩さず、撃ち終わったライフルグレネードを付け替える。
視線の先では、無惨に焦げた車両が黒煙を吹き出していた。いつその奥から敵が現れても良いように、狙いを外さずに構える。
『曲がるぞ』
だが、そこから敵が出てくることは無かった。構えを解いて遠心力に備える。
「敵はもう1台いたと思うけど、諦めたか?」
『サルヴァトーレの奴らだぞ? そう簡単に帰してくれるとは思えないが』
「だよね。警戒はしておくけれど」
短いやり取りを終えて、二人はそれぞれの役割に集中する。精密な狙いの先には、走り抜けた後の土煙だけが残った。
◇◆◇
飲食店や雑貨屋が並ぶ繁華街。その裏の道の、更に奥の暗い影。人ならざるものの住処であろうそこに、ウェインは車を止める。
軽くボタンを操作して、それぞれのドアが縦に開いた。
「着いたぞ。窮屈かもしれないが、降りてくれ」
「ええ……」
不安を抱えたままアメリアは降りる。見上げると、ビルに挟まれた狭い空は赤く焼けていた。盗み見るようにウェインを見れば、薄暗くよく見えない表情の、白い目だけがハッキリとわかる。
視線に気付いたのか、その白い目がアメリアへと向き直った。思わず、サッと顔を背ける。
「悪かったな」
考えるような微妙な時間があって、出てきたのは謝罪の言葉だった。アメリアは逸らしていた顔を、真っ直ぐにこちらを見つめる顔に戻す。
「ろくに説明もしないで、危ない橋を渡らせた」
「な、何? いきなり謝られても不気味なだけよ」
「……そうか。あと少しの辛抱だ。着いてきてくれるか?」
「ええ、まぁ」
スッと伸ばされた右手は、先程とは違う生身の腕だった。恐る恐るその手を取ろうとして、その途中で向こうから掴まれる。
伝わる感触は、人肌特有の温かさがあった。
「ヒューヒュー、苦手なくせに頑張っちゃってぇ」
屋根から降りていたらしいレディが、いつもの笑顔でヤジを飛ばす。
「お陰様でな。レディの扱いは、昔より慣れた」
「なるほど、言うじゃないか。合格点をあげた覚えはないけど?」
「正解があるなら教えてくれ。ああそれと、せめてここで血を落とせよ」
「はいはい。車の偽装も任せといていいよ」
ひらひらと手を振って、レディは道の中央から体をどける。呆れるようなため息を吐いてから、ウェインは右手を引いて歩き始めた。
隣に続く人間より半歩だけ先を行くような位置取りで、薄暗い道を進んでいく。
「ねぇ、どこに向かってるの?」
機敏な足取りに必死に合わせながら、アメリアは訊いた。
「俺達のアジトだ」
「アジトって、こんな場所にあるの?」
「明るいところに住めるような人間じゃないからな」
「そ、そんな」
「不満なのはわかる。だが、息苦しいのは我慢して貰うしかない」
言葉を切ると共にウェインは立ち止まり、アメリアの手を離した。入り組んだ道を通って辿り着いたのは、まるで代わり栄えのない突き当たりだ。ついさっき車を止めた場所と違う部分を探す方が難しい。
アメリアが不安そうに見回している内に、ウェインはしゃがんで地面を漁る。すぐに何かを見つけたようで、左手でそれを取って持ち上げた。
「この先にアジトがある。少し急だぞ」
そうやって現れた先程と違う部分を、ウェインは指し示す。
地面が大きく捲り上がり、深い穴が現れている。上手く擬態させていたのだろう。周りの踏み固められた大地とは違う、ほぐされた土が四角い縁を象っていた。
真下に落ちるように続く階段は、暗闇に飲まれて先が見えない。
「灯りが、欲しいのだけど」
「ああ」
言いづらそうな要求に、ウェインは失念していたという呟きを漏らして、左の手首を捻る。軽い音が鳴って、機械義手がパッと輝いた。
鉄の継ぎ目から漏れ出す青白い光。強い光量ではないが、狭い通路を照らすには充分だ。その機械義手にアメリアは目を見開く。
至る所に走る傷と、光沢を失った鉄の色。使い込んだ時間を思わせるが、動きに一切の不自然さはない。
それは、アメリアにとって思い出したくない記憶を呼び起こすものだった。
「気になるか」
力のこもったウェインの言葉に、アメリアはハッと顔を上げる。目を合わせれば、いつもと変わりない表情の、どこかに怒りがこもっているような気がした。
「いえ、別に。珍しかっただけよ」
「珍しいか」
「ええ。壁の中には、そういうものは無かったから」
何か言葉を続けようとする素振りを見せてから、ウェインは取り消すように頭を横に振った。行くぞ、と振り返って先に階段を降りていく。
アメリアが一段後に続いて、ゆっくりと足を進める。行く先を辿るために手をつけた壁は、ひたすらに冷たかった。
「壁の中の話は、俺は全く知らないが」
独り言じみたウェインの言葉は、それでも狭い壁に反射して、アメリアの耳に届く。
「機械義手ぐらい、こっちじゃ当たり前だぜ」
今度はしっかりと聞こえるように。声は小さいながらも、アメリアに振り向いてウェインは続ける。単純に先程の会話の続き。その筈の内容は、何故かアメリアの足を止めさせた。正面に首を戻したウェインは
再び歩き始める。
アメリアがまた足を踏み出す頃に、二人の距離はもう一段空いていた。




